サクラはもういらない?
「え?あのカップルすごくない?」
「美男美女じゃん。」
「待って、瑠菜さんじゃん。女の人。」
「うわっ、俺狙ってたのに。」
「でも、お相手あの赤の王子よ?」
「くっそ、寝とることもできねぇ。」
「いいですよねぇ、姫様と王子様みたいです。」
「手、止まってんぞ。」
「いいじゃないですかぁ!少しくらい。」
サクラは龍子に言われて手を動かし始めるが、どこか浮ついていてパソコンに打った文字は読めるようなものじゃなくなっていた。
「あの二人が外を歩くたびに外からキャーキャー聞こえてくるし、仕方ないよ。あ、龍子君ここどうするの?」
「ん?あぁ。これはこうして終わり。リナは仕事が早いな。」
「そんなことないよ。瑠菜が簡単なものをくれただけ。」
「あいつよりは相当難しいのを渡されてんぞ。」
龍子は二人に見とれて手が止まったサクラを見ながらそう言った。
今日からリナは仕事を始めることになったのだが、楓李や瑠菜が教えられなくなったため龍子が教えることとなった。
いつもは人通りが少ない道なのにもかかわらず、今日は師匠たちが集まる会議が夕方からあるということで、準備をさぼりたいと思う人たちで外が騒がしくなっている。
あとは、師匠と名のつく人を一目見ようと待ち伏せをする人が朝から絶えないのだ。
「サクラ、お前このままだと夕方の会議に出られなくなるぞ。」
「え?私たちも行けるの?」
「一人は連れて行ける規則だから、瑠菜さんに頼めば行けるだろ?俺は昨日のうちに楓李様について来てくれって頼まれたけど。」
「えー?いいなぁ。」
「いいですね。でも瑠菜さんはずっと愚痴ばかりだったので連れて行ってはくれないです。」
サクラが言うと、龍子は馬鹿にするような目でサクラを見た。
「まぁ、お前を連れて行きたいとは思わねーしな。仕事をしっかりとこなす方が好かれるだろ。」
龍子はそういってリナのほうを見た。
サクラの顔を見てしまうと謝ってしまい、自分の立場が低くなってしまいそうだった。
その理由は、今にも泣きそうなのを歯を食いしばって我慢しているような表情をサクラがしていたからだ。それを見たリナは心配になり、龍子の袖を引っ張って謝るように無言で訴える。
もちろん、龍子はそれすらも無視した。
「もういいです……。」
「え?」
「もういいです!!」
「ちょっ……おまっ!」
「あーぁ……。」
サクラは我慢できなくなり、パソコンを床に投げつけてから部屋を出て行ってしまった。
「お前、仕事!」
龍子はそう言ったが、サクラは振り返ることもなく外へと出て行ってしまった。
「初日の僕が言えることじゃないけど、どうするの?これ。」
「……っ、いや……。どうしようも……。」
リナがやっちゃったねと言いながらパソコンを拾い、電源ボタンを押したが、真っ暗なまま画面はつかなくなっていた。
「龍子君。壊れちゃったみたいだよ?パソコンも、関係も。」
「……うるせー……。」
「うーん、とりあえず瑠菜呼ぶね。」
「……。」
リナは瑠菜からもらったスマホで瑠菜に電話をかけて、サクラが出て行ったこととパソコンが壊れたことを伝えた。
そして、瑠菜と楓李が二人の所へ来るのに十五分もかからなかった。
「あらら。」
「僕が机の上に置いたんだけど、画面がつかなくて。」
「ありがとう、リナ。うーん、ここかなぁ?」
ゴンっと鈍い音と同時にパソコンの画面が一瞬起動したようにちかちかと光ったが、それは本当に一瞬だった。
「無理ね。」
「瑠菜、機械を叩くな。あとでひかるのとこに持って行ってもらうか。それは。……で?龍子、何があったのか説明できるな?」
「……すみませんでした。」
龍子は下を向いたまま楓李にそう言った。
「謝ればいいと思ってんのか?何したんだ?」
「まぁまぁ。別にサクラは小さい子供じゃないんだし、外に出たくらい大丈夫よ。もし、何日も帰ってこないとかなったらさすがに心配だけど。」
龍子を叩こうとした楓李の手に瑠菜はそっと手を添えてそう言った。
ニッコリと笑ってはいるが、内心は心配しているのだろう。
「それに龍子君が百%悪いわけでもないでしょうし。謝る必要なんてないわよ。」
瑠菜が言い終わってもなお、下を向いたまま動かない龍子を見て、楓李は昔の自分と重ね合わせた。
「龍子、今日の会議は夕方五時からだ。」
「はい……。」
「りゅう……。」
「リナ、何があったのか言えるな?」
走って部屋を出て行った龍子を追いかけようとするリナに楓李は声をかけた。
しかし、リナは楓李と瑠菜をまっすぐ見たまま言いにくそうにする。
「……あ、えっと。……ごめんなさい!」
リナはそう叫んでそのまま龍子を追いかけてしまった。
「あらあら、いいわねぇ。サクラ。」
「……いいのか?行かせても。」
「良くはないわね。」
瑠菜は少し低い声でそう言った。
瑠菜自身、リナを弟子にしたことを少し後悔していた。
サクラとの関係もまだ薄いうちに、サクラもあまり良いと思っていないようなリナを弟子にすると、サクラの精神状態がどうなるか。瑠菜は想像できていた。
だからと言って、リナを放っておくほど瑠菜は無責任ではない。
「かえ、やっぱり私間違ってたかな?」
「雪紀兄さんがやったように、一番上の弟子を特別にかわいがるしかねーな。それぞれが居場所を感じねぇとやる気も起きなくなるし。」
「だよね……。私もサクラを探しに行きたいんだけど……。」
「やめてくれ。師匠会議前にいなくなられると本気で……。」
「わかってるわよ。他のメンバーを困らせるわけないでしょう?」
そうは言うが、瑠菜は窓の外を見て龍子とリナの影を目で追う。
「……アリス……。」
「え?」
「あいつなら、車持ってたし。探すことくらいできるんじゃねえの?」
「……そう……かな?いや、大丈夫よ。龍子君ならきっと。」
瑠菜はそう言いながら窓から離れて資料に目を通し始めた。
(怒っているでしょうか……。瑠菜さん。)
「サクラちゃん……だっけ?はい。これでも飲みな。」
「チカさん、ありがとうございます。二回も助けてもらうなんて……。」
「大丈夫だよ。女の子ちゃんを一人にはできないし。」
サクラはホテルのベッドに腰を掛けていた。
横ではサクラからチカさんと呼ばれた男が水を片手に立っている。
チカという男は、前にナンパ男に絡まれたサクラを助けた男だ。
今回は泣きながら歩くサクラを保護した。
「どうかしたの?もしかして、この前の男と何かあった?」
「あ、いえ。楓李兄さんは別に……瑠菜さんの彼氏ですし。ただ……ちょっと言い合いになってしまって……。」
「別の人と?」
「はい……。」
チカは自分のことを正直に話すサクラに質問をしていった。
(これで中のことがわかるならいいか。)
「どんな人なの?その人は。」
「……龍子……君は、意地悪です。きっと、私のことが嫌いなんです。楓李兄さんのことをすごく慕っていて、格好良くて、アドバイスをくれたりするんです。優しくて、私のことを守ってくれて。
でも、私がおっちょこちょいで失敗ばかりするから。瑠菜さんもきっと失望していますよね。私がいなければ、瑠菜さんも龍子君ももっと仕事に集中できるはずですし。」
サクラは大粒の涙とともに泣きながら思ったことを口からこぼす。
チカはサクラの頭をなでながら「大丈夫。」と繰り返した。
「大丈夫。サクラちゃんは一人じゃないから。いい?初めて何でもできる人なんてそうそういないし、人には得意不得意があるから。瑠菜ちゃんだってそれはわかっているだろうし。安心して、主人について行けばいいんだよ。」
「そ……うです……か?」
「そうだよ。君のために頑張ってくれる人もいるから。君も誰かのためになって、自分に自信を持てばいい。君の主のようにね。」
「瑠菜さんのように……。」
「じゃあ、はい。これ、僕の番号ね。」
「へ?」
「僕はもう帰るから、君も気持ちが落ち着いたら帰りな。」
チカはそういってさっさとホテルの部屋を出て行ってしまった。
「どうやって……お金、私持っていないんですけど……。」
サクラが迷って、困り果ててチカからもらったメモを見ると、『鍵だけ返せばいいから。』と書いてあった。
サクラはすぐに追いかけてホテルのお姉さんに鍵を返した後、外に出たがもうチカの姿はなかった。
「あれ……?」
「サクラ!」
「龍子君?」
サクラがキョロキョロしていると、龍子はサクラを抱きしめた。
「ちょ、やめて下さ……。こんな道の真ん中で。」
「なんでホテルから出てきてんだ?……いや、違うか……。ごめん。ひどいこと言った。」
「え?」
龍子はサクラの肩をつかみながらサクラに言った。
サクラは意味が分からないというように首をかしげている。
「龍子君。本気で結構探し回ってたんだよ。僕ももう疲れちゃった。」
「リナ……君も、探してくれていたんですか?」
「当たり前じゃん。とりあえず、瑠菜に見つかったって伝えるね。」
「三時か……。歩いて帰ると三時間はかかるな。」
龍子がそう言うとサクラは少し申し訳なさそうにする。
お互いに何も言わないため少し気まずい時間が流れる。
(リナ君、早く帰ってきて……。)
(さすがに気まずい……。)
二人してそんなことを思いながら下を向くため、顔すらもみない。
「迎え来てくれるって。」
電話をし終えたリナはにこにこしながらそう言って帰ってきた。
瑠菜や楓李、雪機などの弟子を持つものがバタバタと忙しくしているのを知っている龍子は少し驚く。
「迎えって……誰が?」
「瑠菜の知り合いだって。」
「知り……合い?」
龍子とサクラが仲良く首をかしげる。
それから十分もかからないうちに、三人の後ろからクラクションが鳴った。
「乗って。」
「あっ……えっと。」
サクラはその見た目に見覚えがあった。
「誰だ?」
「さぁ?」
龍子とリナは、急に声をかけてきた女に警戒心をむき出しにした。
「えっと……あぁ!アリスさん!」
「やっと思い出したのか。失礼なお前らを乗せて行くのは少し癪に障るが、瑠菜さんに頼まれたからな。さっさと乗れ。」
「はいっ!」
サクラが思い出したかのようにアリスの名前を呼んで車に乗り込むと、その後ろからリナと龍子も乗り込んだ。
「ボス、見つけました。これから瑠菜への接触を図ります。そちらは処分して大丈夫です。」
暗い路地裏で電話をしている男が一人。
先ほどまで優しい顔をしてサクラと一緒にいた男だった。
サクラといる時とは違う、落ち着いた声で淡々と言っている。
「よくやった。こちらで処分しよう。」
「はい。」
男は電話を切ると、路地裏の奥へと進み始めた。
(弟子をかばって死んでしまうなんて、本当にバカらしいなぁ。)
男の耳にかすかに聞こえた銃声が、消えるまで歩き続けようと男は思った。
それから十分間歩き続け、男が家のように使っていた施設のような建物へと帰ると、仲間の姿も人質の姿もなかった。あるのは飛び散った血の付いた縄のみだ。
「バカらしいな。」
男はそういって縄を外へと捨てた。
「サクラだったか?お前、瑠菜さんに心配かけてんじゃねぇよ。お前は愛されてて、選ばれたからで子になれたんだろ?」
「ごめんなさ……。」
「謝るなら、瑠菜さんに謝れよ。」
アリスは車のスピードをあげながらサクラにそう言った。
「……愛されて、選ばれんのは相当すごいことだからな。」
「え?なんですか?」
「なんでもねぇよ。」
エンジンの音にかき消されてしまいサクラにはアリスが何を言ったのか聞こえていなかったが、龍子とリナには聞こえていた。
愛されてはいても弟子としては選ばれず、下につくことさえもできなかったアリス。
愛され、弟子として今手伝っているサクラ。
アリスが瑠菜の弟子になりたかったとは知らない、龍子とリナは何となく想像がつく部分もあった。
「うまく事が進んだものは、レールをいくつもの分岐点付きでしかれ、その分岐点で選択しながら未来へと進む。しかし、うまく事が進まなかった者にはそれがない。真っ暗な道を一人で進む。間違っていようと、正解の道であろうと、それを教えてはもらえない。あなたは、どっちですか?」
「瑠菜さんの受け売りか?」
「俺は楓李様の弟子です。」
「あぁ、楓李のか。」
龍子の問いかけに、アリスは少し考えた。
確かに、瑠菜に対して弟子にしてほしいと伝えたあの日、アリスの人生は一つの分岐点を超えていた。瑠菜に弟子入りできていれば、今頃とても楽しかっただろう。瑠菜の仕事中の横顔を見て、幸せな気持ちになりながら、瑠菜の後ろをついて回っていただろう。
「……いや、ないな。」
「え?」
アリスが鼻で笑いながら言ったその言葉に、龍子はもちろんサクラやリナも興味津々だった。
「君が言う、うまく事が進まなかった者にも二種類いるんだ。
一つ目はそのまま落ちぶれていった者。二つ目はその後うまく事が進んだ者だ。もちろん、落ちぶれていった者はキミが言っていた通りだ。しかし、その後うまくいった者は変わることができる。
レールがなくても照らしてもらえば一人でもやっていけるし、周りに人がいることもわかる。一人じゃないということを知ることができるんだ。
それだけで、人間はどこまでも進めるんだよな。」
アリスはそういって笑った。
サクラはそれを聞いて少し勇気がもらえた気がした。
(そっか、一人じゃないんだ。頑張らないと。瑠菜さんが照らしてくれてるんだから。)
「アリスさん、私……」
「お前は選ばれたんだから、最初からうまく進んだものだろう?ほら、さっさと降りろ。目的地に着いたぞ。」
そういってアリスは三人を車から追い出すと、さっさと車を走らせた。
降ろされた三人は周りをきょろきょろと見回した。
「ここって?」
「さぁ……?」
サクラとリナは大きな建物を見て首をかしげた。
「会議の会場だな。」
「え?瑠菜たちが出るって言ってたやつ?」
「え?」
龍子の一言に、リナとサクラは驚いた。
その大きな建物は総会議の時ほど華やかで華やかな雰囲気ではなく、どちらかというとTシャツとズボンなどの軽い服装で来ることができそうな場所だった。
「サクラ!」
瑠菜が息を切らしながらサクラに抱き着く。
それを見て龍子はサクラが瑠菜にどう思われているのかすぐにわかった。
「龍子、よく帰ってきたな。おかえり。」
「た、ただいまです……。」
「お疲れ。」
瑠菜の後ろから歩いてきた楓李に声をかけられて龍子は飛び上がった。
楓李は笑って龍子の頭をなでる。
「瑠菜さん、……ごめんなさい。ご心配をおかけして……。」
「サクラが帰ってきただけで十分よ。それより、大丈夫?怪我とかしてない?」
「はい、大丈夫です。チカさんに助けてもらったので。」
「チカ?……そう、良かったわ。さぁ、早く中に入って。おいしいご飯もあるから。」
「じゃぁ、僕はここで。」
「何言ってるの?リナも早く入って。おなかすいたでしょう?」
瑠菜は帰ろうとするリナに声をかけると、サクラとリナの手を握って会場の中へと入らせた。
「え?だって一人の主につき一人の弟子って……。」
「一人の主につき一人前の弟子を連れるってことよ。私はあんたらを一人前だとは認めないわよ。」
「え?」
瑠菜が頬をっ膨らませながら言うと、サクラとリナは首をかしげた。
「龍子君みたいに一人でいろいろできるようになってから一人前だと言ってちょうだい。仕事で失敗しない。すぐ気持ちを表情に出さない。年上には敬語でしゃべる。全て当てはまるようになるまでは一人前ではないわよ。」
「……一生無理そうです。」
「瑠菜、たぶん無理かも。」
瑠菜の言葉を聞いて二人がしゅんとなったのを見て瑠菜は少し笑った。
「あんたらは二人で一人前だよ。」
「二人を足してやっとクリアだもんな。」
笑いながら言う瑠菜の横で楓李は頭を抱えながらそう言った。
サクラとリナもそれを見てお互いに相手を見る。
「こんなやつと同じにしないでください!」
「はぁ?こんなやつって何?僕だって我慢してるのに!」
「我慢って何ですか?我慢って!」
バチバチににらみ合う二人を見て、龍子は止めようか少し悩んだが、楓李と瑠菜が無視をしていたのでと目には入らなかった。
「瑠菜さん!おいてかないでください。」
「あ、瑠菜こんなやつと二人にしないで。」
「今こんなやつって言いました?」
「言われた言葉をそのまま使っただけだよ?」
「最低です!女子に向かって。」
「え?女子って瑠菜のこと?」
「キィ―ッ!リナ君!」