第一章第八話:脱出
継承システム、先に書きあげました…疲れた~
時間の流れというのは案外早いものである。前世では考えたこともなかったが、今はそれを痛感している。
深夜。照明が消された暗い部屋で、寝ているウィスティーの頭を撫でる。
…幸せそうな寝顔だ。どんな夢をみているのだろうか。
俺、アスルは今晩で…10歳。そして妹のウィスティーは9歳。
族長一派に俺の魔法がばれることなく、今日まで成長することができた。幼いうちに襲撃されるという最悪の事態は回避されたようだ。
…それでも、現在、事態は俺が当初思い描いたよりもはるかに逼迫しているが。
妹の長い耳の付け根を優しく撫でる。エルフはここが弱いのだ。
「…んぅ…むぅぅ…Zzz」
…この8年間で俺ら兄妹は急速に成長した。
身長は俺がリーザとほぼ一緒、妹はそれより頭一つ分ほど小さいところまで。
魔力も、俺はほぼ底無しになり、リーザは24時間以上、妹は8時間程度は浮いていられるぐらいにはなっている。この【浮遊】の魔法はそこらの攻撃魔法と同程度の魔力消費らしいから、妹は9歳にしては魔力に恵まれたと言ってもいいだろう。妹の魔力の成長にはちょっとした秘密があるのだが…これは大して重要ではない。
ただ、大問題が三つ。
一つはここにあった魔法解説本の少なさ。
正確には、日常生活で使うような些細なものばかりで、戦闘で使えるような魔法が載っている本がほとんど無かったのだ。…考えてみれば当たり前のこと。こんな所に戦闘用の指南書を置く理由は何もない。
そのため、今俺が戦闘で使えるであろう魔法は、実はそれほど数がないのだ。
もう一つは、この8年間、攻撃魔法を実際に使えなかったということ。
リーザ曰く、
「この屋敷は対外的にはこの村の領主館みたいな感じ。使用人もそこそこいるんだ。あの扉を潜った部屋は台所と物置で、その部屋のもう一つの扉は使用人の控え室に繋がってて、絶対に何人かは起きてる。…防犯用なの。元々この部屋には乳母である私以外出入りしないはずだからね。彼らは【睡魔】で眠られられると思うけど、一日中頻繁に出入りしてるからすぐにバレる。窓を破るって手もあるけど、外は普通の村。窓が割れてるのはすぐに見つかる。結局、隠れて外に出るのは無理だと思う。…辛いけど、攻撃魔法を実際に撃てるのはここを出た日だけ。」
これは正直困った。発動させてみないことには攻撃範囲や威力が掴めない上、無詠唱化もできるかどうかわからない。
一度、『まず3人で逃げ、俺が魔法を訓練した後で族長に挑む』という考えもしたが、これは無理だった。逃げる所も無ければ最低限の物資もない。そんな状態で逃げ回るのは不可能だ。
しかも、逃げたらこちらは追われる側、どうしても後手にまわらざるを得ない。自分はともかく、リーザとウィスティーには荷が重すぎる。危険な橋は渡りたくない。
つまり、3人が安全に生き残る為には、
「…夜にここから脱出、離れた所でアスルが魔法を練習。その間に私達は森に隠れて気配をけす。明朝、アスルが族長とタイマン張って、勝って要求を飲ませる。そうゆう運びでいいよね。」
「…なんだ。起きてたのか。」
背中からリーザの声。
「寝れるわけないよ。あと1時間ぐらいでもう計画開始だよ?」
「…それもそうだな。ところで、何回も聞いてすまないんだが、タイマン張って勝った時、本当に族長は要求を飲んでくれるのか?」
そう。これが3つ目の問題。
族長には勝ちましたが、俺達3人は追われ続けました。―――――そんなことになったら目も当てられない。その時は敵対勢力、つまり現族長周辺を完全に排除しなければならなくなる。
「もう、何回も言ってるでしょ?族長は最強だからこそ族長でもある。それを正面から下したとなれば、族長自身もその周りもアスルを絶対に無下にはできない。敵にまわした時の被害を考えたらね。それに要求と言っても、『3人の生命を保証して下さい』っていう至極当然な内容。族長の子はなんで男女一人以外殺されるかは知らないけど、アスルとウィスティーの抹殺が族長や身分の高いエルフの命と釣り合うとは到底思えない。…結局、あっち側は簡単にその要求を飲む。」
確かにその通りではある。理屈では間違っていない。
「うーむ。」
「大丈夫だって。それよりも勝てるかどうかを心配しなさいよ。」
「…そうだな。何にせよ、勝たなきゃはじまらない。」
さて、神のチート力はどこまで効いているのか。これで弱かったらあの神様呪ってやる。
「ウィスティーを起こすか?もうそろそろ起きた方がいいと思うんだが。」
「…あと10分だけ寝かしてあげて。外に出たら緊張しっぱなしだろうし、考えたくはないけど私達二人は見つかったら逃げなきゃいけない。少しでも体力は温存しておかないと。」
「…そうだな。」
ウィスティーには、【浮遊】と【光玉】、そして【暗視】の他に、自分の周りの気温を上げる【暖光】、高速で飛べる魔法【飛行】と気配探知の魔法【探知】、気配を隠す魔法【暗帳】と物理的・魔法的な接触を弾く防御魔法【結界】の計8つをリーザが叩き込んだ。
攻撃魔法は魔力量の関係で教えなかった。【飛行】は非常に便利な反面、魔力の消費も大きかったのだ。夜の深い森で魔力が切れるというのはもはや悪夢、自殺行為に近いらしい。
ちなみに、妹には彼女が6歳になった時に現状を知ってもらっている。リーザと3日間かけて説明したものだ。
◆
「ウィスティー、いい?何があってもリーザの言う事を聞くんだよ?絶対に約束してね?」
「…兄ぃ、これでも私9歳なんだよ?今どんな状況かはちゃんと分かってるつもり。だから私は大丈夫だよ。絶対にリーザねぇには迷惑かけないから。兄ぃこそ、族長に負けないよう頑張ってきてね。」
「…おぅ、任せとけ。」
…ウィスティーは本当に良い子に育ってくれた。涙がでそうだ。
「アスル、必ず生きて戻って来て。子は母親より早く死んだら駄目なのよ?私もウィスティーを絶対に守るから。…それと、万が一私達に何かあった場合、ウィスティーだけでも逃がすから、その時は拾って逃げて。分かった?」
「前者は分かった。俺は絶対に大丈夫だから、安心してくれ。後者は聞かなかったことにする。俺としては正直なところ、リーザとウィスティーの側を離れたくはないんだが…」
こればかりは仕方がない。魔法の威力如何によっては、音や光で他のエルフに発見される可能性が高い。もしそうなったらウィスティーの魔力では心許無い。
はっきりいって、リーザとウィスティーは一度でも見つかったら駄目なのだ。戦うなど言語道断、逃げたとしても確実に、相手よりも先にウィスティーの魔力が切れる。
「それじゃぁこの計画は成り立たなくなるよ。私は大丈夫。これでもアスルの倍は生きてるんだから。…さぁ、もう予定の時間。行くよ?」
俺とウィスティーが頷く。
…とうとう、計画実行だ。
「―――――【断音】、【切断】」
リーザが音を抑える魔法をかけ、そして窓を正方形に切断する。
「…行くぞ。」
◆
探知魔法にも別段反応はなく、脱出は成功。深夜だったことも幸いしたようだ。
途中でリーザ、ウィスティーと分かれ、森の奥のさらに奥を目指す。できるだけ見つかりにくいように木々の上すれすれを高速で【飛行】する。
…それにしても、素晴らしい解放感だ。それに美しい。見渡す限りの森、満点の星空。遠くに見える白いのは雪を被った山々。
今日天気が良くて本当によかった。
「………」
15分ほど飛んだだろうか。リーザの言っていた通り、目前には森が開けて広大な草原が広がっていた。
念のためもう1、2分程飛び、草原に着地する。
―――――【探知】
魔力にものをいわせ、半径30キロ以内にエルフがいないことを確認。
「よし、誰も居ない…。早速始めるか。」
ひとりごつ。
まずはオーソドックスな火の玉、【炎弾】。着弾すると爆発する、火の玉を生み出す魔法だ。
確か本には「クラス2」と載っていたはず。魔法はクラス0からクラス5までの6段階。威力の高さと難しさ、それに魔力の消費量は幾何級数的に増加するらしい。
「―――――【炎弾】」
魔力を手加減して呪文を軽く唱える。目の前に頭サイズの火の玉が一つ出現、それを前方に射出。
…着弾地が一瞬炎で赤く燃え上がり、轟音。
火の玉が地面に着弾したところから、直径1メートルぐらいの地面がボウル状にえぐれていた。
…ん?これってただ爆発する魔法では?地面なんてえぐれないはずなんだが…
あまりの威力に少々迷ったが、本気を出してみる事にする。
今度は無詠唱で、本気を出して【炎弾】を生成。5秒ほどかけてでできた、直径が身長の半分ほどの火の玉を射出。すこし怖いので10メートルほど先に飛ばす。
…一瞬あたりが明るくなるほどの火球が生み出された。先程とは比べ物にならない轟音。
今度は、着弾点から直径約3メートルの半球分だけ、地面が文字通り『消滅』していた。
「これ、明らかに威力おかしいだろ…ってか自分が巻き込まれかねねぇ…」
予想を遥かに超える威力に呆然。
…どうやら、この10年で魔力を増やしすぎたらしい。神様の最強設定をもっと信頼してもよかったかもしれない。神様、弱かったら呪うなんていってごめんなさい。
「…よしっ。」
でもこれなら対族長戦も楽観できるというものだ。族長だからといって、いくらなんでもここまで出鱈目な魔法を使うとは思えない。
次に何を試すか…クラス2でさえこの威力なのだ。クラス4など発動すら恐ろしい。とりあえずは間を取って、クラス3の【雷柱】を発動してみることにする。
◆
屋敷からの脱出は成功。誰にも見られてはいないはずだ。深夜だったことも幸いしたのかもしれない。
途中でアスルと別れ、隠れやすそうなところを探す。
ウィスティーの魔力も考え、あまり森の奥へ行かずに降りる。
「ウィスティー、ここで降りるよ。危ないから【結界】を発動させといて。」
「わかった。―――――【結界】」
降り立ったのは少し開けた場所。地面は草ぼうぼうで太い枝が多く転がっていたので、【炎弾】で燃やして処分しておく。煙もしっかり吹き飛ばした。
ちょうどあった切り株に二人で座る。
「…ここで明日の朝まで過ごすことになる。【結界】を【暖光】に切替えてじっとしてましょう。」
「はい。」
ウィスティーが切替えるのを待ってから、自分は【暖光】を【探知】に切り換える。
【暖光】は発動者のみならず、その周辺まで暖かくなる珍しい魔法だ。クラス1で魔力の消費が少ないことも嬉しい。
…半径3キロ以内にエルフの気配はない。ひとまずは安心のようだ。【探知】の範囲を1キロに狭めて常駐させる。
「………」
「………」
…ウィスティーとの会話が切り出せない。何を話せばいいのだろうか。
その時、どこか遠くの方から、何かが爆発する音がかすかに聞こえてきた。
「あ…これ、兄ぃですかね?」
「…多分。こんな夜中にあんな音が出せるのは攻撃魔法ぐらいだろうし…」
またすぐに同じような爆発音が聞こえてきた。ただし、もっと大きい音で。
「…3キロ以上も離れてるのに、こんなに音が聞こえてくるなんて。やっぱり、アスルと別れたのは成功だったみたい。これじゃアスルは目立ってしょうがないし…」
「3キロも!?…兄ぃの魔力はすごいと思ってたけど、そんなに強かったんだ。やっぱり兄ぃは強いよ。絶対に族長に勝っちゃうって。」
「うん…そう。アスルなら、勝てると思う。あの子の魔力は底なしだから。」
沈黙。
「…ねぇ、リーザねぇ。兄ぃがいる前では話せなかったんだけど。」
ウィスティーが声のトーンを落とし、ゆっくりと語りかけてくる。
「兄ぃってさ、本当は、私たちを見捨てれば一人でも逃げれたんだよね?」
「………」
「見たことないけど、この世界には人間っていう生き物がたっくさんいて、国を作って、兵隊で戦争をしてるんでしょ?兄ぃは元々エルフで魔法も強いし、それにエルフの中でも魔力が異常なほど多いらしいし、その人間っていう国に自分を売り込めば生活には困らないと思うの。エルフから刺客がきても、きっと返り討ちにできると思うしね。」
…ウィスティーは本当に賢くなった。兄に似たのだろうか。
これは暗黙の了解。私もアスルも分かってはいたけれど、ウィスティーが生まれてからは決して口に出さなかったこと。
「だからさ…族長を倒すのは、私たちを助けるためなんだよね?兄ぃが戦うのは、私たちのためになんだよね?」
「…そう。その通り。アスルは、私達の為に戦ってくれてるの。」
立ち上がってウィスティーに近づき、立たせて抱きしめる。…ウィスティーも、私の背中に手を回してくれた。温かい体温が伝わってくる。
「だから、心の中で応援しましょ?アスルが族長に勝てるように。あの子、絶対に自分一人だけでは逃げてはくれないだろうから。」
「…うん。分かった。」
しばらく抱いていると、急に雷鳴の轟きが聞こえた。
…おそらくアスルの雷系の魔法だろう。が、自分の記憶にはこのような音を出せる魔法は存在しない。アスルはどれほどの威力で魔法を撃っているのだろうか。
そのまま、静かな時間が流れる。
…静かすぎる?
パチ、パチ、パチ、とゆっくりした拍手の音がした。
「うむ。素晴らしきは親子愛かな。いやいや、よいものを見せてもろうた。」
「!?」
背中から声をかけられる。【探知】には何も引っかかっていないにも関わらず。
【探知】はこれでもクラス4の魔法だ。クラス2の【暗帳】などで気配を絶っても【探知】には引っかかってしまう。…クラス5の【隠密】でもない限り。だがクラス5など普通のエルフに扱える代物ではない。
ということは、後ろにいるのは…いや、そんなはずはない。あってはならない。
ウィスティーの頭を胸に押しつけ、視界と言葉を遮る。後ろを振り向く。
「いやー、予想以上に森の奥まできたもんじゃな。探すのに手間取ってしまったわい。」
「っ………!父上っ…!」
「ほっほっほ。久しぶりじゃのー、リーザよ。元気だったかの?」
そこには、今まで自分が座っていた切り株に座っている父、すなわち族長の姿が。
…いくらなんでもバレるのが早すぎるっ!?
なぜこんなに早く発見されたのか、と混乱するが、その思考を無理矢理中断。今は、いち早くウィスティーを逃がさなければならない。
「いい、ウィスティー。私が【閃光】を使ったら、すぐに【暖光】をやめて【暗帳】を発動、【飛行】の最大速度でアスルの元まで行きなさい。音をたどっていけばすぐに分かる。近くまで行ったらアスルの【探知】に引っかかるから、向こうから迎えに来てくれるはず。」
小声でウィスティーに囁く。頷いた感覚がした。
「…何の相談をしておるのかな?」
「っ!―――――【閃光】!」
生み出した光球が爆発的な光を放つ。効果時間1秒程度の目潰しだ。父に効くとは思えないが、一瞬の隙が欲しい。
光で視界が覆われる中、ウィスティーが離れた感覚。
…徐々に視界が戻ってきた。父は…切り株に座ったままだ。ウィスティーは、この場からの脱出には成功したらしい。
「いきなり酷いことをするの。父はもう少し大事に扱うものだぞぃ。」
「…どうして、ここに?」
やっとの思いで、それだけを絞り出す。
「娘の考えることなど全てお見通し!…というのは嘘だがの。なに、たまたまじゃ。」
「たまたま…?ここは偶然通りかかるような所ではないはずですが?」
「まあまあ、そう怒りなさんな。でも偶然なのは間違ってはおらんよ。それより、あの子…ウィスティーという名だったな。ウィスティーを一人で送り出して大丈夫だったのかえ?お前さんもついていけば良かったものを。」
「…父上をここで足止めしなければなりませんから。」
父は和気藹藹という風に話かけてくるが、こっちは既に臨戦態勢だ。
ウィスティーが父の【索敵】範囲からでるまで、なんとしても時間を稼がなければならない。
「…ふむ。時間稼ぎをするつもりかの。無駄なことを。」
―――そして、父が本性を現す。
「儂がお前らを逃がすわけがないだろう。のう、そうは思わんか?」
…族長さんが作者の意向を無視して出しゃばってきました。
あの、今でてこられると非常に迷惑なのですが…
念のため言いますが、この小説のタグに「シリアス」はありません。