4、再会(2)
「……お久しぶりでございます、閣下」
親愛の情を込めての挨拶である。
ケネスは「うむ」と笑みを深めた。
「あぁ、そうだ。久しぶりだな」
「はい。しかし、どうされたのですか? 閣下のような方が、このような場所で」
セリアは首をかしげる。
ユーガルド公爵家の当主は、決してこのような通りで出会える人物では無いのだ。
その公爵殿は、何故かしかめ面で口を開いた。
「視察と言うべきか、そのようなものだ。内務卿なんぞを陛下から仰せつかってしまったからな」
セリアは「へぇ」だった。
大きく目を丸くすることになる。
「内務卿! 大任ではありませんか!」
内務卿とは、このシェリナにおいて内政全般を取り仕切る役職だ。
外務卿、財務卿と並んで最も栄誉あるとされる役職でもある。
多くの貴族がその任官を夢見て、任官されようものなら欣喜雀躍する役職でもあるだろうが……しかし、この内務卿殿である。
「えーと、あまり嬉しそうではありませんね?」
尋ねかけると、ケネスはため息まじりに応じてきた。
「当たり前だ。内務卿など、肩書ばかり大層な雑用係だ。やることばかりで、まったくわずらわしい」
セリアは思わず苦笑だった。
万人が羨む役職を得て、この言い草である。
(この人らしいと言うか)
学院時代から、ある種浮世離れした人であったが、それは今でも健在らしかった。
ともあれ、ケネスがこの場所にいるのはそのためらしい。
彼の背後には、文官らしき複数の姿があった。
視察と言ったが、城下の整備のためか、あるいは大商人との折衝でもあったのか。
とにかく何かしらの政務で、城下に出向いているようだった。
セリアは納得した。
そして同時に、自分が妙なことを考えていることに気づき、再びの苦笑であった。
(そんなわけは無いよね)
まさか、傷心の自分をわざわざ探し出してくれたのではないか?
一瞬でもそう思ってしまった自分が確かにおり、そのことが妙におかしかったのだった。
「ん? どうした?」
苦笑に気づいたらしい彼が尋ねてきたが、素直に話せるものではない。
セリアは笑みを作り直す。
「いえ、なんでもありません。しかし、さすがは内務卿閣下。ご多忙なのですね」
当たり障りのない言葉を返す。
ケネスは頷きを見せてくる。
「まぁな。忙しくしようと思えば、いくらでも忙しくなれる。しかし、お前はどうした?」
セリアは「へ?」と首をかしげることになった。
「あの、私ですか?」
「路上でうずくまる変な女がいると思えば、それがお前で驚いたがな。本当、どうした? 風の噂じゃ借金を完済したと聞いたぞ。婚礼も間近なのだろ? なんでこんなところで膝を抱えている?」
彼はただただ純粋に不思議がっていた。
確かにである。
不思議と言えば、これほど不思議な状況は無いだろう。
セリア当人にしろ、心底不思議でたまらないほどだ。
そして、情けないといってこれ以上のことは無い話でもある。
「……あのー、そのー……ははは」
セリアはとにかく愛想笑いだった。
ケネスのことはもちろん信用している。
だが、ことがことだ。
素直に打ち明けようという心地にはなかなかなれないのだった。
しかし、そんなセリアの様子がケネスにどう映ったのか?
不意にである。
彼は周囲の文官たちに声を上げた。
「おい。今日は仕事じまいだ。もう帰っていいぞ」
あるいは慣れたものなのかも知れなかった。
文官らしき彼らは粛々と内務卿の言葉に従った。
ぞくぞくと通りから姿を消していったのだが、
「え? ちょ、ちょっと!? いいんですかこれ!?」
当然、セリアにとっては驚きの事態である。
あまりに唐突かつ円滑な職務放棄の宣言。
戸惑いを露わにせざるを得なかったのだが、一方で当事者のケネスである。
平然として頷きを見せてきた。
「いい。別に大した用件は無かったからな。どうにでも出来る範囲だ」
「で、でも、内務卿としてのお仕事なんですよね? それをこんなに簡単に……」
「さっきも言ったろ? 忙しくなろうと思えばいくらでも、だ。であれば、逆もしかり。俺は内務卿閣下様だぞ? だから、うむ。何の問題もない」
事実か否かはともかく、あまりにも傍若無人な物言いだった。
セリアは目を見張って呆れ……そして、思わず吹き出すことになった。