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1、婚約破棄

「セリア! 良い機会だ。この場で私は、君との婚約の破棄を宣言させてもらう!」

 

 朗々として響いた、得意げな男声の声音。

 それを耳にして、セリアは「ん?」だった。

 大きく首をかしげることになる。


(……えーと、なにこれ?)


 とにかく状況の把握に努めることになる。

 ここはパーティーの場だった。

 とある事情があって開かれた、親戚が集まってのめでたい宴会の席だ。


 その朗らかな空気は突如としてぶち破られたのだった。

 原因は彼にある。

 シュルト伯爵家の次男、クワイフ。

 セリアの婚約者であるはずの青年。

 突然大声を上げた彼は、何故かセリアに同情らしき視線を向けてきているのだった。


「君には悪いと思っているがね。私は運命の女性を見つけたのだよ」


 そうして、彼は隣に立つ女性の腰を抱いた。

 その女性については、見覚えのあるどころではなかった。

 小柄で、愛想の良い笑みがまぶしい彼女は──妹だ。

 どう見てもその女性は、セリアの妹であるヨカであった。

 

 そのヨカは、クワイフに身を寄せながらに目を細めた笑みを見せてきた。


「そういうことなの。この方は、私の婚約者になりましたから」


 セリアは眉間にシワを寄せて考えることになる。


(え、えーと?)


 目の前の状況がどうにも頭になじんでこなかった。

 彼らは一体何を言っているのか?

 そもそも、これは何なのか?

 パーティーを盛り上げるための、趣味の悪い余興か何かなのか?

 

 救いを求めて両親に目を向ける。

 なにか事情を知っているのではと期待したのだ。 

 反応をくれたのは父親だった。

 彼は真剣そのものの表情で頷きを見せた。


「そういうことだ。お前はふさわしくないとしてな、ヨカが彼の婚約者となった」


 その言葉を受け、セリアはあらためて考えることになった。

 はたして、この状況は何なのか?

 答えはすぐに得られた。

 思わず頬に苦笑が浮かぶ。


(なんとも、趣味の悪いことを)

 

 この祝いの場で、まさか婚約破棄など妙なことがあるはずが無い。

 だとすると、これはやはり余興だった。

 家族に婚約者もからんで……いや、出席者たちもそうであろうか。

 周囲の人々は、納得の仕草を見せたり、セリアに対して非難らしき視線を向けてきている。

 

(まったく、大がかりな)


 内心で呆れてもしまうのだった。

 本日の()()をからかうにしても、これは大がかり過ぎる。

 ともあれ、余興だと分かれば、取るべき態度は分かりやすかった。

 

「えーと、みなさま方? 少し芝居(しばい)っ気が強すぎたのではありませんか?」


 笑って告げる。

 これで終わるはずだった。

 余興は終わり。

 会場は笑いに包まれ、悪い冗談だったとの声がセリアに向けられることになる。


 そのはずだった。


 待った。

 セリアはその時を待った。

 だが、誰からも声は上がらない。

 家族も婚約者も、出席者たちも。

 誰も声を上げない。

 ただただ、セリアに対し非難と侮蔑の視線を向けてきている。


 そうして、気づくことになった。

 きっと、だ。

 これはそんな、好意的な余興ではあり得ない。

 

 自然と喉から声がもれた。


「……な、なんですか? ……これは一体どういうことなんですか!?」

 

 反応してきたのは妹だった。

 ヨカは、クワイフの胸にしだれかかりながらにほほ笑みかけてきた。


「妙なお姉さま。それはお姉さま自身が一番ご存知なのではありませんか?」


「わ、分かるわけが無いでしょっ! とにかく説明しなさいっ!」


 怒鳴りつけると、ヨカは「ふっ」とバカにするように軽く鼻を鳴らした。


「あらら。自業自得ですのに偉そうに。これは全部、お姉さまの振る舞いが招いたことですのよ。ねぇ、お父様?」


 セリアは咄嗟(とっさ)に父親へと目を移す。

 彼は変わらず真剣そのものだった。

 鋭い目つきをして頷きを見せてくる。


「あぁ。ヨカの言う通り。全てはお前の所業(しょぎょう)が招いたことだ」


「わ、私の所業?」


「身に覚えが無いとは言わせんぞ。常日頃から、部屋にこもるか、外に出て丸一日帰らないかのそればかりだ。家のことは何もせず、クワイフ殿をかえりみようともしなかった。どうだ? 理解したか?」


 セリアは絶句することになった。

 

 確かにだった。

 部屋にこもりもした。

 外に出て、丸一日帰らないこともあった。

 家のことに関わること無く、クワイフと一ヶ月も言葉を交わさないこともあった。

 

 だが、それは一体誰のためであったのか?

 セリアは我を忘れて叫んでいた。


「ひ、ひどいですよっ!! それは全部、当家の借金を返すためだったじゃないですかっ!!」


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