表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
95/256

95 改心

 自分は何をしていたのだ。

 ロイス・メルディフ公爵の誕生パーティーの舞台裏でカレン・メルディフ公爵令嬢が思うところを全て曝け出した。

(逐一、適切だった。まるで憑き物が取れたかのような気分だ)

 今更、ティア・ブランソンを皇都に呼び戻して何になるというのか。ただ物笑いの種になるだけだ。

 一度、冷静になってみると、自分がどれだけ愚かだったのかと思い知らされる。

「私は自分が恥ずかしい」

 ポツリと呟く。

 カレン・メルディフ公爵令嬢が皇妃の座を狙っていることは本人ですら認めた。だが、まったく後ろめたくないとのことである。自身も見ていて、潔さすら感じた。

(目的のために、何かを求めることが浅ましいなどと、いったい誰が決めつけた?)

 私利私欲や権勢欲のためではなかったのだ。

「自分が果たすべき責任のために、相応の立場を求めていただけだった」

 まして、大聖女レティの存命中には自身より皇妃にふさわしいから身を引く、という判断も冷静に下していたのだ。

 人としての器の大きさの違いを見せつけられたような気がする。

「ジャイルズ殿、殿下がお呼びだ。ちょっと来てもらいたいのだが」

 ルディ皇子の腹心であり、同僚に近い立場のジャクソン護衛長が自分をここ、資料室にまで呼びに来た。

 この護衛長が、自分を呼びに来る程度の用事で、護衛対象のルディから離れられるのも平穏の証だ。国が乱れればこんなことも出来ないのだ、とジャイルズは思う。

「分かりました」

 ジャイルズは手にしていて、読もうともしなかった資料を棚に戻しつつ答える。

 皇城にあるルディの執務室から少し離れた資料室で、資料探しを名目にルディの前を辞去していたのだった。資料室に籠る理由をでっち上げることぐらい、自分には容易い。

(特に今は、情報を整理しなくてはならない状況になったからな)

 ジャクソンに続いて資料室を出て、ジャイルズも通路を歩く。赤い革張りの豪華な廊下である。

 ルディ皇子が先日、婚約破棄した挙げ句に追放したティア・ブランソンに手紙を書いて送った。

(だが、返事がない。殿下は苛立っていらっしゃるのかもしれないが)

 手紙を出すこと自体が不躾だった、と今ならばジャイルズは思う。手紙を送りつけられたティアの方もさぞや困惑していることだろう。

(私もあれを出すとき、何も思わなかった。結局、どこか他人事だと思っていなかったか)

 強いて言うならば、『他人の恋愛は自由』とぐらいにしか思っていなかったのである。

 心を乱した様子こそルディ皇子には見られなかった。しかし、やはり気になってしまうらしい。『直接山岳都市ベイルに出向いてみよう』と言い出したのだった。

 表向きはティダール地方全域への、ルディ皇子自らの巡視という体裁を取る予定であり、実際に各地を視察して回る。まだルディ皇子と周囲だけの目論見であり、カレン・メルディフやその父すらも知らないことだろう。

(ジャクソン殿は何も思わないのか?)

 文官の自分と違い、がっちりとしたジャクソンの背中を見て思う。

「知ってのとおり、殿下は今、大忙しだ。ジャイルズ殿がいないとな。武骨な俺では話にならんよ」

 背中を向けたまま、ジャクソンが言う。黒髪の明るい、闊達な性格の男である。

「殿下の身辺には手練れが必要です。守りとしては逆に、私のほうが話になりませんよ」

 笑顔を作って、ジャイルズも返した。

(ティダールの巡視、それは間違いではない。いや、むしろ)

 この時期に、成人したばかりとはいえ、次期皇帝のルディ皇子自らが、ティダール地方を巡る。新たな領土に姿を見せるという意味で各地は確実に賑わうこととなるし、ルディ皇子自身もティダールの抱える様々な問題点や課題を直接目にすることが出来るだろう。

 元は急な思いつきでも実に有効な措置だ。昔からルディ皇子には唐突に正解へと辿り着く不思議な才能があった。

「日程の調整に関係各所との折衝など、俺では頭が破裂してしまう」

 笑い声を挙げて更にジャクソンが言う。

 筋骨隆々とした剣豪であり、魔法剣士マイラなどには流石に劣るとされるものの、年齢も近く、ルディ皇子や自分との学院での同級生であり気心のしれた間柄であった。

「一つ一つ作業して手配してを繰り返すだけですよ」

 ジャイルズもジャクソンと同じことは出来ないのだ。

 頭ではまた別のことを考え始めてしまう。

 真っ直ぐにティア・ブランソンのいる山岳都市ベイルへは向かわない。向かうべきではないし、ルディ皇子もそこは同じ考えであり、その辺りの感覚は昔から的確なのであった。

(だから、カレン・メルディフ公爵令嬢も我々に猶予をくれた)

 もし本当にルディ皇子が無能であれば、国と民のためにルディ皇子を皇位継承者から引きずり下ろそうとするはずだ。『覚悟も気概もあるぞ』ということをジャイルズとしては先日のやり取りから見せつけられた気すらする。

(先日のカレン・メルディフ公爵令嬢のあれは、水面に石を投げて波を起こしたようなものだ)

 そして、波に揺られて目を覚ましたのが自分なのだった。

 やがてルディ皇子の執務室に至る。書類仕事のため俯いていたルディ皇子が顔を上げた。

「ジャイルズ、旧王都デイダムへの慰問はどうしたものかな?あの地方は神竜信仰が一際強くて、もともと王都には神殿があったはずだ。私もそこを訪れ、神竜への弔問という形を取ったほうが良い影響があるかな?」

 第一声でルディ皇子が尋ねてくる。

 呑気なジャクソンの顔を見るにつけ、真面目に考えているルディ皇子や自分と違い、旅行のような気分なのかもしれない。

「ティダールの人々はどうも現実的ですし、迂闊に試みて不敬な行為を取るのも危険です。芝居がかったことよりも、殿下の名で何か公共事業を始めて、その開始の儀に出席する、という形をとるほうが良いかもしれません」

 ジャイルズはいつもどおり慎重な意見を述べる。

「確かに信者でもない私がそこに絡むと無用の刺激をするかもしれない。そうするかな」

 ルディ皇子が頷く。案件によっては自分が論破されることもあるのだが。

 やはり自身の結婚以外については悪くない見方をしているのだった。

「未だ壊れた家屋も残っているというからね。現地の有力者と話し合って必要な施策を講じよう」

 千匹以上の飛竜に襲撃されて尚、街並みが残っているということのほうが驚きだ。

「そのように私の方から通達を現地に送ります」

 ジャイルズも素直に応じるのだった。

(やはり、殿下は、かといって、ティア嬢を愛しているわけではないのだな)

 いてもたってもいられずに、駆けつけるというのでもないのだ。他の地域を自らゆっくり回ろうとするぐらいなのだから。

 更に話を進めていき、ジャイルズは決めていたことを行動に移そうと思い至る。既にその予兆はあって。

 ティダールの調査を先んじて進める、ということで自分はよく執務室から出るようになっていた。

「殿下、申し訳ありません。どうにも体調が優れず、午後休みを頂いてもよろしいでしょうか?」

 緊張しつつジャイルズは申し出る。

 実際に自分の顔色が悪いという自覚はあった。

「そうか、やがて長旅に出るんだ。少し休むのは悪くないね」

 あっさりと認めて、さらには心配そうな顔をするルディ皇子。

 心苦しい思いを抱きつつも、ジャイルズは仕事を片付けた上で、メルディフ公爵邸へと足を向けるのであった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] まさかの護衛のジャイルズさん視点、面白かったです(^^) そしてルディ皇子の意外な統治の才能に驚きました! カレンさんの奇譚のない発言が皆に大きな影響を与えていますね…… [一言] ティダ…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ