80 戦いの後で2
リドナーは守備隊の本営にヒックスとともに辿り着いた。
不意討ちされた戦いの後だからか、緊張感とともに、本営の中は忙しく走り回る隊員たちの姿が見受けられる。負傷者の状況に、各地域にレッサードラゴンなどが残されていないか、などの報告が主なようだ。
それでも正門には守衛がしっかりと立っている。
「第26分隊のヒックスとリドナーです」
誰何されて、ヒックスが硬い声で名乗る。
少々、後ろめたい気持ちになるのはリドナーも一緒だ。
(うちらが、もっとうまくやってれば違ったかもしれない)
レッサードラゴンの接近を、自分たちは襲撃の前に察知していたのだ。それでありながら街への侵入を許した、ということにはリドナーも痛恨の思いがある。
特に面と向かって咎められることもないまま、通常通りに2人は総隊長ヴェクターの執務室に案内された。
(まだ、全体に話が伝わってないんだろうな、多分)
リドナーはなんとなく先を行くヒックスの背中を見て考えていた。まだ、昨日の今日なのだ。何が起こっていたのか、全体を把握しているのは総隊長のヴェクターぐらいなのかもしれない。
硬い木目の扉に至る。いつもリドナーはこの扉を見るといかついヴェクターの顔が思い浮かんで緊張させられるのだが。
「失礼します」
淡々とノックしてヒックスが告げる。
「入ってくれ」
ヴェクターの返事を受けて2人は執務室へと入った。
昨夜から寝ていないらしいヴェクターが、疲れた顔で椅子に座ったまま出迎える。
「まさかの連続だったな、今回は」
薄く笑ってヴェクターが切り出した。
「それは魔獣どもが奇襲したことですか?それとも神竜様のことで?」
ヒックスが緊張した面持ちのまま尋ねる。
「それ以外も、もろもろだ」
笑顔のままヴェクターが答えた。
「正直、それでもレッサードラゴンの徘徊を誰かが速報してくれていればな。城壁を守っていた部隊に警戒報を出してやれたかもしれん、と思うとな」
沈んた声でヴェクターが言う。
今回は前回とは違い、犠牲もでているのだった。
亡くなったのはネブリル地方側の城門を守っていた部隊の6名だ。いずれも背後から火炎を受けて焼死している。
夕闇に紛れて城門を跳躍して越えたフクロドラゴンの雄に奇襲されて、犠牲となったのだった。
(レッサードラゴンの存在を知らせてても、フクロドラゴンは分からなかった。だから、どのみち、その人たちは駄目だったのかもしれないけどさ)
リドナーはやり切れない思いを抱く。
ガウソルの乱闘していた時間が余分だった。
(それか、ガウソルさんがすぐに自分で報せに走ってくれてれば)
下手な魔獣よりも、よほど足の速いガウソルである。本気で走ってくれていれば間に合ったのではないか。
実際のところは単独で深追いして時間を無駄にしたのだった。
「まぁ、マイラさんやティア嬢のおかげで、一般市民に死者は出なかったのだけが救いだ」
ヴェクターがため息とともに告げた。
死んだ仲間のことを思うと、手放しでは喜べない。3人とも同じ気持ちを抱いている。
「特にティア嬢の方は神竜様の巫女だ、と囁かれ始めている」
さらにヴェクターが加える。
リドナーも知っていた。ティア目当てで治療院へ見に行こうとする老若男女が道中にも溢れていたからだ。
(俺の恋人なのに)
リドナーはヤキモチとともに思うも、すぐに思い直した。
(いや、むしろ告白しといて良かった)
1日経たずして既にこの騒ぎなのだ。のんびり昼食を取ってから告白どころではなかっただろう。
「とは言うものの、ライカがしっかり守っているはずだ。変なのは近づけないようにしている」
淡々とヴェクターが告げる。たしかに院長のライカならばティアをしっかり守り抜くだろう。自分も許可を得てからでないと親しくなれなかったのだから。
「だから、目下の問題はやはりガウソルのほうだ」
ヴェクターの言うとおりだった。
救われて喜ぶ兵士の眼の前で、ガウソルがドラコを鷲掴みにして回収している。物同然の扱いに驚く者が今は大半なのだが。
「もう、没収しちゃいましょうよ。ドラコを隊長から」
リドナーは思っていた事をそのまま提案した。
「確定ですよ。みんな見てたんだし。普通、あの姿とか様子を見てれば神竜様が御子を遺してくれてたんだって、誰だってそう思いますよ」
リドナー自身も距離はあったがあのときの神々しいドラコを目撃している。
自然と頭を下げ、大切にしたいと思わされるほどのものが、ティアとドラコにはあった。やがて、皆が同じ気持ちとなり戸惑いよりも義憤のほうが勝るようになるだろう。
(そうなればもう、ガウソルさんだって)
リドナーはそう予想しているのだった。
「一応、所有権というものがある。法律をしっかり運用しないと、ただでさえ上層部の消えたティダールの各地は無法地帯になる。まして神竜様が絡むなら、強硬策を取ってしまうと、隠しようもない」
ヴェクターの言うことも、もっともではあった。
「それに没収しようとした段階でガウソルなら幼竜の首くらいは簡単にへし折れるんだからな、そこも忘れてはいかん」
いちいち正しい考えの気もするが、リドナーとしてはもどかしいのであった。
ヒックスもヴェクターの方と同じ考え方らしい。
「リドナー、忘れるな。替えの効かない、大事な御方だ。短気で何かあってからじゃ遅いし、だから、隊長のところに置いておけないって話を今、してるんだろ」
ドラコとティアに家族を助けられているヒックスである。
「ガウソルさんがドラコを守ろうとしてくれれば話は早いのに」
思わずリドナーはこぼしていた。最強の守護だ。本来ならガウソルだって神竜信仰だというのに。
「あいつの考えは俺にも読めん」
ヴェクターも嘆息して返した。
「こないだのティアさんへの態度も酷かったが、今回の暴走も酷い。どっかの段階から意思疎通が出来なくなる。こっちの理屈で考えちゃなんねぇよ」
ヒックスも調子を合わせるのだった。
「そんなこと言ってたら、いつまで経っても」
リドナーはそれでも今は早くドラコを回収すべきと思う。
いつまでもガウソルのところに置いていたなら、今度は神竜ではなくなるかもしれない。
2人はそこを見落としてはいないか。
「分かっている。いよいよ、マイラさんの手配してくれた専門家が街に着くそうだ。そこで確証を得た上で、行動を起こすつもりだ」
ヴェクターの口からようやく郎報が出た。
話をしっかり進めていたのだ。
「それなら、良かったです」
さすがに竜の専門家からの説明ならガウソルも納得するかもしれない。
「かつて、先代神竜様に仕えていた学者さんらしい。俺は期待できると見てる」
ヴェクターがさらに告げたことでリドナーはようやく頷き納得するのだった。