71 院長ライカとの雑談2
ライカが口を開く。厳しい叱責をティアは予想した。
「あたしの立場なら、本来、ど説教をかますのが筋なんだけどね」
闊達に笑ってライカが言う。
ライカが本気で怒ると怖いのだ。ティアは『ど説教』という言葉の恐ろしさに、ますます身を縮める。
普通にしていれば、ティアはライカから『ど説教』を貰うような問題児ではない。だが、シャドーイーグルの件では思わず怖くて涙を流すほどの『ど説教』を院長室で落とされていた。
心配の裏返しだとは分かるものの、怖いものは怖いのである。
「まぁまぁ、今回はあたしが怒るほどのことじゃあないよ。ブロンの旦那も喜んでたけど、ヒールの効力は相変わらず群を抜いてるよ、あんたは」
苦笑してライカが言う。目で『そんなにおっかないかい?』と問いかけているかのようなので、ティアはコクコクと頷いてみせた。
「まったく。あんたって子は。リドナーの奴が骨抜きになるわけだよ。ただ、あれも良い男になるね。まだまだガキだけどね。最近のなよっちい若いのとは、ワケが違うね」
おもむろにリドナーを褒め始めたライカ。
意外に思ってティアは顔を上げる。自分にとっては恋人を褒められている格好だ。不覚にも鼻が高いのであった。
(そういえば、私と会うのに、ライカ院長と直談判してるんだったっけ)
確かに良い度胸をしているのかもしれない。
ライカは怒るとものすごく怖いのだ。ティアと食事をしたいから外出禁止令にも例外を設けるよう話をつけるなど、言いづらいことなので、逆の立場ならばティアには出来ない。
「最近は良い相手がいると思っても、奥手な若いのが多過ぎてね。度胸も行動力もない男ばっかりさ。うちの子は女の子が多いからね。このままじゃ、皆して行き遅れちまうよ」
大袈裟にため息をついてライカが嘆く。さらには腕組みしてフンッと鼻を鳴らす。なかなかご立腹なようであった。
「このあたしに直接話つけて、うちのヒーラーを口説こうなんてね、初めてだよ」
ニヤニヤ笑ってライカが自分を見る。
なんとなくティアは落ち着かない気持ちになった。
「守備隊の、ヴェクター総隊長も積極的に自分からライカ院長と恋をしてたんですか?」
少し自分自身から話を逸らしたくなったのと、単純に気になったのとでティアは尋ねる。
「いや、うちの人は、そういった意味じゃダメダメだったね。あたしから話を向けないとデートにも誘えないやつだったよ」
ティアも一度だけ遠目に見たことがある。いかつい色白の厳しそうな人だ。恋愛ごとには奥手というのは意外だった。
「今でこそ守備隊の総隊長だ、なんてふんぞり返ってるけどね、そういう面じゃ情けない男だったよ」
アハハ、と笑ってライカが言い放つのであった。
「家でも、あたしがいろいろ世話焼かないと着替えも出来ないんだから、まぁ、世話の焼ける男だよ」
そこからしばらく家でのヴェクターがいかに手のかかる夫かがライカによって語られる。
きっと、多少大袈裟にライカが言っているだけなのだろう、とティアは思うことにした。
「まぁ、リドナーはそこまで甲斐性のない男じゃないだろうけどね。あんたみたいな可愛いのは、どのみちほっとかれないけど、良い奴にいきなり目をつけられて良かったね」
そして話がまたティアとリドナーのところに戻ってくるのだった。
また、ライカがにやにやと笑い、ティアの爪先から頭の天辺までをじろじろと眺める。
「そういや、どうだい、その夏服」
どうやら水色の夏服ローブを考案したのはライカだったのた、とこの言葉でなんとなくティアは理解した。
「はい、涼しくて着心地も良くて」
ちゃんと夏と冬にローブを分けてくれているのが単純に嬉しくてティアは答えた。
だが、笑ってライカが首を横に振る。
「違う違う、そうじゃないよ。どうだい、男どもは。あえてね、あえて。脚の地肌をね、見せるようにしたのさ。どいつもこいつも奥手だからね」
結局はライカの気にかけているのはヒーラーたちの婚期なのであった。
「えぇと、その」
ある日の昼休みにはリドナーからの視線を感じたほどである。
「前の、より、その」
なんとも答えづらい質問にティアは窮してしまう。
「ハハハッ、どうやら狙い通りだね」
胸を張って満足気なライカ。患者をローブの裾の切れ込みで魅了しろというのだろうか。治療に専念しないと『ど説教』だって飛ばしてくるというのだから矛盾している気すらティアはするのだった。
「あの、今日はそのお話をしに来られたんですか?」
ティアは居心地の悪い話を切り上げるべく尋ねた。
「ガウソルの奴も魔獣討伐でいないだろ?また、あんたが竜の子供のところへ脱走しかねないと、あたしも心配でね。様子を見に来たのさ。ついでに場合によっちゃ釘も刺そうと思ってね」
さらりとライカが告げる。
だったら効果はてきめんだ。たとえ脱走したかったとしても、ライカの『ど説教』を思い出せば気持ちがしぼんでしまうのだから。
「まぁ、リドナーのヤツの方を気にかけてるようなら大丈夫だね。安心したよ」
ライカが笑顔のまま告げる。
上機嫌に見えたのはティアをからかうのが面白いからだけではなかったらしい。
「くれぐれもね、あんたに限らずね。事故にあわないようにしてほしいのさ。大事でかけがえのない人材だからね」
怒ると怖いが優しい眼差しを自分たちヒーラーに向けてくれているのが、ライカという院長なのであった。
(うん、やっぱり、ドラコのこと。前みたいにいても立ってもいられないような、そういう心配じゃ、ない)
なんとなく常識の内側で心配している。自分でもそんな印象だった。
ドラコ自身が心配をかけないように、今回は何か、抑えてくれているのではないか。
思うにつけてティアは会いたいと思う反面、その気持ちをしっかりと抑えようと思うのであった。