68 危惧1
ガウソルが風のように駆けて森の中へ姿を消した。
分隊の皆で取り残されて呆然としている中、木々の間に深緑色の鱗が覗く。
「敵襲っ!」
リドナーは叫び、すぐに剣を抜いた。
ガウソルの言う通りレッサードラゴンだ。視界の中に6頭ほどがいる。
ベイルの街にまだかなり近い。
(くそっ、こんなところで)
迫りくる爪をリドナーは剣で受ける。他の面々も数人がかりで1頭に相対しているようだ。
幸いレッサードラゴンは大きい竜ではない。大人一人分くらいの大きさだ。自分の剣撃でも十分に対応できる。リドナーは一人でレッサードラゴンの1頭と向き合う。
睨み合った。心気が澄んでくる。マイラとの訓練を何度か繰り返し、自分もまた腕を上げた。
「っし!」
正面からレッサードラゴンが速さに任せて噛み付いてくる。速さでもガウソルには及ばない程度。
リドナーは噛みつきを躱し、爪を繰り出される前に、渾身の斬撃で首を切り落としてやった。
(ティアちゃんに、ああは言ったけど、連携、取れなくなっちゃったな)
人のものとは思えないような咆哮が森の何処かから聞こえてくる。ガウソルのものだ。仲間を捨て置いてどこかで好きなように戦っている。
(それどころじゃないだろ)
今は考えないこととした。リドナーは首を横に振る。
「ちぃっ、隊長はどこに行っちまったんだ」
ヒックスが怒鳴りながら矢を放つ。
3人ほどの隊員と向き合っている1頭の片目を射抜く。怯んだレッサードラゴンを、もともと向き合っていた3人が寄ってたかって攻撃し、優勢になっていた。
「ああなっちゃうとは思わなかった」
ガウソルについてリドナーはポツリとこぼし、ヒックスとは別の隊員たちに加勢する。
ガウソルが当てにならない以上、自分とヒックスがやるしかない。
2頭目のレッサードラゴン。爪で斬り裂いてくるのをリドナーは最小限の動きで躱す。懐に入り込むと無防備な胴体を逆に自分が斬り裂いてやった。
大変ではあるが6頭から増えてこないから優勢になっていく。1頭1頭もシャドーイーグルよりも弱い。身体も小さいのだ。
(むしろ、昔に戻っただけかもしれないけど)
レッサードラゴンが増えないのは大暴れしているらしきガウソルが引き付けてくれているからかもしれない。だが、実際にそうだとしても、なぜだか感謝をしようという気持ちにはなれないのだった。
ヒックスたちがさらに1頭を仕留めて残り2頭となる。
分隊員の半数ずつで1頭ずつを倒すと、生きているレッサードラゴンが視界にはいなくなった。
増えてくる気配もない。ただ、ガウソルの咆哮だけが遠くの方から聞こえてくる。
(もう、あの人は勝手にしてればいい)
リドナーは思い、ほうっと大きく1つ、息をついた。
他の面々も怪我をした者が数人いるが、死者はいない。
「よし、隊長が戻るまで小休止。負傷者には怪我の治療だ」
ガウソルの代わりにヒックスが指示を出す。
今回の魔獣討伐に同行しているのは若い男性ヒーラーだ。汗だくでヒィヒィ言いながらヒールをかけ始める。
ティアのものよりも発光も弱く、治りも遅い。
(分かっちゃいたけどね。ティアちゃんほど、出来る人のほうが少ないって)
ガウソルとのいざこざのせいで、治療院からはティアを回してもらえなかった。期待の新人を送り込んだのに、不当な評価に加えて不当な扱いだったのだから無理もない。神竜ドラコの一件も尾を引いているだろう。
(変わった人ではあったけど、ここまで酷くなるなんて、思わなかったな。一応、恩人だし)
リドナーは木にもたれかかり身体を休めつつ、昔のことを思い出していた。
シグロン・ウィーバー。かつての甲冑狼で『最高傑作』と評価されていた男だ。身体強化の魔術でも限界突破するための狂化の魔術でも群を抜いて優れていたという。
(実際、甲冑狼自体が賛否両論の存在だったけど、邪竜王や飛竜との戦いでも極めて有効だった)
魔導技術に優れていたティダールでは、強力な武術の遣い手が少なかった。その穴を埋めるために作り上げられたのが甲冑狼という部隊である。
リドナーはまだ当時11歳になったところであり、その是非までは分からなかった。まして後に養父となるとは。
(さらに好きになった人をこうも否定されるなんて)
手に負えない獣を相手にしているかのような気分になる。
(思い出すと最初から、予想のつかないことばかりだったな。ガウソルさんは)
そもそも初めて会った時にも驚かされた。
まだ11歳だった自分、その空の上から落ちてきたのである。
後で落ち着いてから尋ねると、先代神竜を祀っていた山上の神殿。そこで邪竜王と格闘になり、互角に戦っていたところ、尻尾の一撃で物理的に叩き落されてしまったのだという。
(で、落下して上に戻る前に、ティアちゃんのお姉さんの大聖女様が、邪竜王と差し違いになった)
もしガウソルが落下すること無く前衛を張っていればティアの姉も死なずに済んだのだろうか。
自分も自分で死にたくなくて必死だった。飛竜達から自分を守ってくれるガウソルのおかげで無事に生き延びられたのである。何が幸運で不運かは分からない。
(あのときは、飛竜も怖くて。剣は練習してたけど。子供の腕力じゃ魔獣となんか戦えなかった)
死ぬわけにはいかない。死にたくないという一心で住まいから逃れて、神竜の神殿の山を抜けようとしていた。ただ逃げることしか頭にないまま。
「そういう意味じゃ変わったな、俺」
リドナーは転がっているレッサードラゴンの亡骸を見て独り零した。
今では自分にも戦う力がある。
守りたいものを守ることも出来るだろうか。思うにつけて浮かんでくるのはティアの顔だった。
ガウソルではない。
かつてのことに感謝をしてはいても、道を今後、違えるかもしれないことに、リドナーは思いを巡らせるのであった。




