66 ガウソルの思考1
「やっぱり俺は、外に出て、暴れてる方がいい」
独りガウソルは呟く。
山岳都市ベイルを出てネブリル地方の外縁まで魔獣を駆逐して回る。
魔獣討伐の任務が今朝から始まった。数日がかりの大仕事となるだろう。
(仕事が激しい方が、気が紛れていい)
一人でいるのは自分が高い木のてっぺんにいて、部下たちは地上に置き去りだからだ。山岳都市ベイルを出た山中の森で、早速イワトビザルの群れと遭遇した。
「所詮は猿の群れ」
ガウソルが一つ吠えるだけで怯えて樹上へ逃げたイワトビザルたち。リドナーやヒックスの制止を当然に無視してやった。
イワトビザルよりも速く木に登れて、そのまま仕留められるのは自分くらいだ。
(俺なんかは便利に使ってくれりゃいいのさ)
甲冑狼はかつてティダール王国の武器だった。自分も武器なのだから、誰かが便利に使ってくれればいい。自分には考える頭が無いのだし、考えるとなぜだか腹の立つことが最近は多いのだった。
結果、気まずいこともいくらか増えて、今、木から降りたとしても、独りとあまり、変わらない。
養子のリドナーとはその恋人ティアのことで関係が悪化した。親の心子知らずで、変な女に引っかかるのは養子養父の間柄でも起こることらしい。
(本当によりにもよって、だ)
恋人のティア・ブランソンが素直に態度を改めるならまた違ったのだろうが。神に祈るどころか、何やら神聖魔術を使える竜を卵から孵して、また調子に乗っているように見えた。
(あの竜も)
今はまだ檻の隅にうずくまるばかりで大人しいのだが、ティア・ブランソンが近付くとこちらも調子に乗るようだ。
(まぁ、俺のいない時間帯はマイラもついてるし、暴れさせることはないだろうが。マイラにすまないな)
もっと自分の責任で幼竜を監視したいのだった。
ただ、間の悪いことに腹心で信頼の置けるヒックスからも距離を置かれている。さすがにうんざりしたのだろう。
(長く、苦労をかけてきたからな)
実務上、副官のようだった。苦手な書類仕事でも今まではほとんど助けてもらっていたのだが。突っぱねられるようになっている。何か心境の変化があったらしい。
文句を言えない。今までが助けて貰い過ぎだったのだから。ただ、書類仕事に手こずる内、幼竜の監視が出来なくなり、マイラに負担をかけている。
悪循環なのだった。
「あれは」
木々の間。灰色の毛をした大熊が見える。
イワナゲグマだ。岩地で追い詰めると巨岩を投じてくる。岩を投げて来なくても十分に人間にとって脅威なのだが。
(俺は違う)
ガウソルは知らず手に持っていたイワトビザルの死骸を放り投げると、宙へと身を投げ出した。
実際は跳躍してイワナゲグマの上空にいる。そのまま空気を切って身体が落ちていく。
「ぐおおおおおっ」
悲鳴ではない。ガウソルは咆哮を発する。
魔獣イワナゲグマが顔を上げた。凄まじい勢いで落下してくる自分を見て、怯んだ顔をする。気付かせて怯えさせるために吠えたのだ。
「うおおおおおっ」
さらに落下する勢いそのままに、両足をイワナゲグマの頭に落とす。多少、激痛は走るが身体能力強化と回復、さらに狂化の魔術を併用すれば耐えられないことはない。
(むしろ快感でやみつきになる)
密かにガウソルは思っていた。
「グギャァッ」
苦悶の声とともに、地面にめり込んだイワナゲグマが絶命する。
(あぁ、でも靴ばかりはどうにもならない)
血で真っ赤に染まった軍靴を見てガウソルは思う。甲冑狼のときは、狂化装甲が靴まで重魔銀で出来ていたので気にする必要もなかったのだ。
「すげぇ」
追いついてきた分隊員たちのうち、ビョルンが呟く。
他の分隊員たちは凄惨な光景に息を呑んでいるのだが。腕前はさほど強くないものの、ビョルンという隊員は肝の座ったところがある。
リドナーもヒックスも何も言わない。称賛は無論のこと、批判めいたことも言わなかった。
(俺も別に褒められたくてやってるわけじゃない)
ではなぜ山岳都市ベイルの守備隊に入り、戦い続けているのか。
最近になってガウソルも自問しているところだった。
ティア・ブランソンやら白い幼竜などにかまけていて、自分は本分を忘れてはいないか。
(暴れる場所と相手がほしい。それもかつての甲冑狼として恥じないような)
ガウソルは思うのだった。面白くないことに心を向けている余裕はないのである。
(戦う。他の死んでいった仲間の分まで。甲冑狼は魔獣からティダールの民を守るために戦ってきた。だから、俺はまたそういう場所に身を置いている)
書類仕事も何も。部下のことすらも、次第にここ数日、どうでも良いことだと思えるようになっていた。
(大聖女レティ様が今の俺を見たらなんて仰るかな)
案外、苦笑いで済ませてくれるかもしれない。その妹ティアを受け入れられないことについては、さすがに文句を言うだろうか。
(それすらも、あの方から苦笑いかもしれんな)
戦いの場で同じ甲冑狼の仲間以外に認めたのは、大聖女レティとその護衛の腕利きマイラだけだ。
「なんか一人で戦ってるみたい」
ボソッとリドナーがようやく告げる。
「勝手に木の上まで猿追いかけて、次はおっこってきて熊を潰してさ」
他に同じことをしてついてこれる人間がたまたま居なかっただけのことだ。周りにいるのが甲冑狼時代の仲間であれば独りということはない。
ガウソルは思うも、もはやいちいち言うのも面倒臭くて、ただ敵を求めて、また鼻をくんくんと働かせるのであった。




