59 ヒックスの来訪
「ほら、そろそろ謝るのがおざなりになってきたわよぉ?」
嫌な笑顔でレンファに言い当てられてしまう。『ずっと反省していろ』とでも言うのだろうか。
(仕方ないじゃない、言葉にすればするほど、気持ちって薄くなっちゃうんだもん)
ティアは内心で反駁する。
だが、すぐに自ら例外に思い当たってしまう。
(リドの可愛いと好きは違うけど。って、私、何、お馬鹿を考えてるのよ)
一人で赤面し、湯気が立つほど顔が熱くなったようにティアは感じた。リドナーの熱量だけは増す一方である。
「あぁ、ごめんなさい、ティアちゃん。そんな顔になるぐらい反省させちゃって。でも魔獣は本当に危ないの。2度とあんな無茶はしないでね」
ティアにとっては都合の良い誤解だ。
ひとしきり、再犯しないよう念押ししてから、レンファがティアの診察室を後にする。
(確かに、あのとき、私も危なかったのかもしれない。ドラコがいなかったら、どうなってたか、分かんないけど)
後先を顧みず、シャドーイーグルの下へ突っ込んでしまったのだ。
(それにしても、あの、シャドーイーグルはなんで、すぐにあの子を襲わなかったんだろ。本当に狙われてたのは違ったのかも)
あの場にいたのは少年と自分とドラコだけだ。
独り診察室に残されたティアは思い返して気付く。
(神竜がいたとき、ティダールに魔獣が侵入しづらかったって。ドラコは大きくなったら、魔獣には邪魔なのかも)
考えて確信を得られるものではない。それでもつい、ティアは考えてしまうのだった。
「今はそこまではいい。どうせ分かんないから」
首を横に振りながらティアは独りごとを呟く。
現段階で間違いないのは小さな身体でドラコが強烈な神聖魔術を放ち、助けてくれたということだけだ。
次に診察室を訪れたのは患者でも怪我人でもなかった。リドナーでもない。2人組だ。
「あっ、竜のお姉ちゃんだ」
7歳ぐらいの赤毛の少年が自分を指さして告げる。
見覚えがあった。シャドーイーグルの下で怯えていた、あの少年だ。自分を見て笑顔を浮かべてくれた。
「馬鹿っ、命の恩人にその言い方があるかっ!」
少年も1人ではなかった。父親と思しき、同じ赤毛の男性。よく見るとガウソルの部下でリドナーの同僚、第26分隊のヒックスである。
(あの部隊で一番しっかりした人だった)
だからティアも覚えているのだった。
ゴツン、と少年の頭にげんこつを落とす。
「あの、暴力は」
ティアのほうが慌ててしまい、椅子から腰を浮かせてしまう。
「大丈夫、しょっちゅうだから」
ニカッと笑って少年が言う。一応、痛むのか頭を押さえている。
「ロイ、誤解されるだろうが」
苦い表情を浮かべてヒックスが言う。
(ロイ君、この子、ヒックスさんの息子さんだったんだ)
つまりドラコがヒックスの息子を助けたということだ。思わぬ繋がりにティアは驚いていた。
「いや、表向きはこないだの魔獣討伐の謝辞を分隊として伝えるって名目で来たんですが」
一応、ヒーラーである自分には年長のヒックスも丁寧な言葉遣いをする。他の守備隊の人も一般人も同様だ。例外はリドナーやガウソルぐらいのものである。
貴族に戻ったかのようで、ティアとしては丁寧なほうが嫌なのだが。
「あの、私なんか年下なので、もっと、その」
砕けた話し方をしてほしい。ティアは要望を伝えようとする。
「息子の命の恩人にそんなことが出来ますかっ!」
大失敗だった。ヒックスがロイの後頭部に手を回し、無理やり頭を下げさせる。
ロイを救ってくれた、とヒックスには思い込まれていて、その御礼を述べに来たのだ、とティアはようやく理解した。
「見捨てることも出来たのに、自分の身よりこいつを思って家から飛び出してくれた。本当に、ありがとうございます」
ロイとともに頭を下げたまま、ヒックスが言う。
あのときはただ無我夢中だった。子供が警戒報の出ている状況下で屋外にいる異常さにも、すぐには思い至らないほど。
(だからレンファさんの言うとおり、すごく無謀なことだった。それなのに、お礼なんて)
ティアはどう答えたものか分からぬまま、ただ両手のひらを見せて、お礼を固辞する構えを見せた。
「お姉ちゃん、ありがとう」
ロイも父にならって頭を下げたまま言う。
2つ並ぶ赤毛の頭を見るにつけ、ティアはこそばゆい気持ちを抱きそうになる。
「馬鹿っ、ヒーラー様、ありがとうございます、だ。お前は」
なぜだか焦った顔でヒックスが言う。
無礼だなんて、自分相手にはありえないというのに。
「やめてください、ヒックスさん、私なんか、ただの落ちこぼれで」
聖女ではなくヒーラーなのだ。姉とは違う。
ふと、ティアはそんなことを思った。
「でも、あのときの小さな神竜様は?お礼、神竜様にも言いたかったのに」
診察室の中をキョロキョロ見回してロイが言う。
ティアもヒックスもロイの発言に虚をつかれて、礼儀どころではなくなった。
「ああ」
まず、父親のヒックスが気まずそうな顔をする。
命の恩人『小さな神竜様』は父親であるヒックスの上司に軟禁されているのだから。
「えっと、ドラコは、ううん、えーと、あのときの小さな竜は」
ドラコを神竜と呼んでいいのかすらも分からない。ティアは言いづらい中、どう説明したものか悩む。
「ロイ、神竜様はまだ小さいから、基本的には保護されている。父さんからちゃんと説明しなくて悪かったな」
ヒックスが背筋を伸ばして、息子に対して告げる。
急に父親の口調が変わったのでロイの方は戸惑っている。
「父さんは少し込み入った話があるから、お前は受付で待っていなさい」
有無を言わさぬ口調でヒックスに告げられ、小首をかしげるロイが扉へと向かう。
「分かった、父さん、竜のお姉ちゃん、神竜様によろしくお伝えください」
ピョコンと頭を下げてから、ロイが去っていく。
「ティアさん、神竜様の件、俺も力になれることがあればおっしゃってください」
ロイがいなくなるのを確認してから、改まった口調でヒックスが告げる。
「え、なんで」
ティアは戸惑いを隠せない。
「ご存知かとは思いますが、リドナーには相談されてますよ。隊長と神竜様とあなたのことは」
苦笑いしてヒックスが言い、続けた。
「確かにもとの卵はうちの隊長の所有物だったのかもしれない。だが、あなたが孵した。そして、一緒にいれば神聖魔術も使えて。それでうちの息子は助けられている。この、あなたと引き離されて閉じ込められている状態は間違ってる」
真剣な眼差しでヒックスが告げた。
何となく、目から鱗が落ちるような気分をティアは抱く。
「ドラコの力、世の中の役に立つ、んだ」
自分に言い聞かせるよう、噛み締めてティアは言う。
「ええ、だから、何かあれば力になりますよ。恩返しを、させてください」
守備隊における直接の上司と部下という関係なのだ。
自分に直接告げるだけでも決心の要ることだったろう、とティアにも分かる。
「その、ありがとうございます」
助かるのは自分だけではなく、ドラコかもしれないのだ。
ティアは素直に受け入れて頷く。
山岳都市ベイルに来て良かった、と切に思う。悪いことよりも、自分がちゃんと頑張っていれば認めて受け入れてもらえる、そんな良いことの方が多い。
ティアは痛感して、もう一度深く、ヒックスにうなずくのであった。




