55 マイラの役割2
再びガウソルの家でうずくまる幼竜のドラコ。またティアと引き離されたことで魔力の供給が絶たれ、力の消耗を幼体ながらなんとか抑え込もうとしているのだろう。
(そもそも、まだ赤ん坊みたいなものなのに可哀想ってこともあるけど。あんまり、この状態が繰り返されて、続いてって、となるとどうなるか分かんないのよね)
マイラはドラコの白い鱗を見つめて危惧していた。
人間に崇められ、大切にされていたから神竜が加護を与えてきたのだとしたら。不敬極まりないガウソルの行為のせいで神竜の子供でも、本当に邪竜となりかねないのではないか。
(それに、今回の件が公になれば、下手すりゃ全部ひっくり返るわよ、大袈裟じゃなくて、ほんとに全部)
神に祈らないためヒールしか使えない、という理由で姉の大聖女レティと比べ落ちこぼれた存在であり、追放されたのがティアという少女だった。
(でも、神竜を通じてなら、ティア様もホーリーライトを使える。そして、他の神聖魔術ももし、そうなら)
祈らないがゆえにヒールしか使えないティア・ブランソンという評価も覆しかねない。
(神竜を通じて、という形であっても、っていうのは低評価には多分ならない。むしろ、神竜と人間をつなげる巫女的な存在として捉えられるでしょうね)
うずくまったドラコを見て、マイラはそこまでを考えた。
「ま、今はまだそんなことを考える段階じゃないわね」
首を横に振りながらマイラは思いを口に出した。
「シグ」
ずっと黙って自分が口を開くのを待っていたガウソルに、マイラは硬い声で告げる。
紐を斬ってしまったことも咎めない。根本から悪い男ではないとマイラは心の底から思っている。ただ頑固なのだ。
「なんだ?」
ガウソルが落ち着いた声音で問う。
本当ならばただイチャイチャしていたい、というのがマイラの本音だ。
(でも、落ち度があるから惚れた、って私も言うなら、当然こういう事態になって、嫌いになるのは間違ってるし、なるわけもない。まだ全然大好き)
言いづらいことも言わなくてはならない。
「シグ、その子はホーリーライトを放った。それも、ティア様の魔力を使って。あなたもあのシャドーイーグルを追っていたのだから、見えてたんでしょ?」
遮蔽物さえなければ、ガウソルにとって距離など問題ではないだろう。マイラは極力、冷静さを保って告げる。
「確かにホーリーライトには、俺にも見えた」
ガウソルが苦い顔をして頷く。
「さすがに、ホーリーライトを撃つ邪竜はいない。邪竜だ、なんて言い方は間違っていたな」
さらに渋々、ガウソルが認めた。
(あぁ、シグったら、邪竜じゃなくても紐で縛るのね)
マイラは思わず心の内で指摘するのであった。この無造作に乱暴なのも甲冑狼らしさではある。
「だが、ティア・ブランソンの魔力とは限らん。その幼竜自体の術かもしれん」
肝心なことをガウソルが見落としている。
つい、マイラも苦笑いだ。
「シグ、忘れたの?私、誰がどんな魔力か、感覚で分かるのよ?」
マイラの言葉にガウソルが顔を顰める。
そのたくましい腕にそっと自分の手をマイラは添えた。
幼い頃から魔力については人一倍感性が優れていたから、大聖女レティの護衛となれたのだ。
「あなたのその荒々しい魔力も、ティア様の融通の利かない頑固な魔力も」
まるで人柄や性質を反映しているかのような魔力をマイラは感じ取ってしまうのだった。
「そういえば、そうだったな。マイラは、そうだった」
ガウソルが思い返しているのは邪竜王や飛竜との戦闘でのことだろう。
だが、今したいのは思い出話ではない。
「だから、ティア様からドラコへの魔力の流れも分かるのよ」
マイラははっきりと言い切った。
(余程、ティア様のことを認めたくないのね)
自分はもう認めている。だから、かつてのように『様』をつけて呼ぶ。ドラコが神竜の子であるなら、それを孵したティアもまた尊敬されるべきだからだ。
ただのヒーラーなら大聖女レティの妹であろうと本人は本人なのだ。低く見るつもりもないが、対等に近いと思っていたのだが。
無論、嫌ってもいなかった。
(家を追われても文句も言わず、前向きにヒーラーとしてよく、頑張ってたじゃないの)
不安だったろうに弱音すら吐いていなかった、とリドナーからは聴いている。再会した自分にも文句を言ってはいなかった。むしろ前向きに取り組んでいたようにすら思える。
「シグ、ティア様は」
自分ならば取りなすことが出来るのではないか。引いてはドラコの扱いを改めさせることも。
「ドラコっていうのは、それの名前か?」
おもむろにガウソルが表情を変えずに尋ねてきた。
「えぇ、ティア様がつけたのよ?竜の子だからドラコですって」
あまりに安直な名付け方に、思い返してまたマイラは苦笑いだ。
「そうか」
ガウソルが答え、ドラコを見下ろす。マイラもつられておちらを眺めていた。
しばし、うずくまったままのドラコを2人で見下ろす。こういうときのガウソルがどんな結論へたどり着くかはいつも未知数なのだ。
マイラもさすがに少々怖い。
「これは、ホワイトドラゴンなんじゃないか」
おもむろに、ガウソルが告げる。
「え?」
予想外の単語にマイラは間の抜けた声をあげる。
「この竜はどう見ても白い。邪竜はさすがに失礼だった。ホワイトドラゴンって考えるほうが自然だった」
妙な反省を滲ませてガウソルが説明した。
「神竜なんて、そう簡単に生まれるものか。ホワイトドラゴンも神聖魔術的なものが使えたはずだ」
ホワイトドラゴンも魔獣ではある以上、紐で縛っても不敬ではないと言いたいのだろうか。
(いや、シグったら駄目よ。それはそれで可哀想)
マイラは再度そこは指摘せずにはいられない。
「ヒールで孵ったのは、あれも神聖魔術だからだが。神竜、神と名のつくものが、神に祈らない女の魔力で孵ったり、何か術を使えたりっていうのも、おかしいんじゃないか」
腕組みしてガウソルが首を傾げる。
どうしてもそこは納得がいかないらしい。
言葉の上では、変な理屈ながら変な筋が通ってしまっている。
だからたちが悪い。
マイラはため息をついた。
(だめね、これは専門家に論破してもらわないと、神竜ってシグは絶対に認めないわ)
ただホワイトドラゴンと思っている内は手荒な真似はしないだろう。
(でも当てつけでティア様に会わせないぐらいはしそう。私に出来ることは変わらない、か)
結局はガウソル不在の隙にティアと会わせる。
手荒なこともさせずに見守る。これを再び続けていくしかないか、とマイラは思うのであった。