50 シャドーイーグル討伐作戦3
空中へは矢を雨のように降らせ、地上ではシャドーイーグルたちと守備隊との間で乱戦となっている。遠巻きに射掛けられていた矢も少しずつ減っていた。空にいるシャドーイーグルの数が減ってきたからだろう。
(くっ、やっぱり結構きつい)
リドナーは歯を食いしばって集中を維持していた。
隣にはビョルンもいる。仲間の気持ちを阻喪させたくないので口には出せなかった。
数人がかりで取り囲んでもなお苦戦させられている他の守備隊の面々。嘴や爪はもちろんのこと、たくましい翼での強打も厄介だった。
視界の隅でも何人かが叩き飛ばされて気絶させられてしまっている。
ともすれば数で勝る人間のほうが押されそうになるほど、地に落ちたシャドーイーグルも手強い。
リドナーもビョルンと2人で対峙しているシャドーイーグルから目を離せなかった。
(どうすればいい?)
リドナーが苦慮していたところ。
「うおおおおおおっ」
野太いガウソルの咆哮。空気まで震えている。
ビクリと身をすくませたシャドーイーグルの隙をリドナーは見逃さなかった。
「てぃっ」
渾身の一撃を袈裟斬りに放ち、対峙していたシャドーイーグルを倒した。
何気なく放っているようで相手は巨体であるから、ただの斬撃にもかなりの力をリドナーは篭めている。疲労は隠せない。
肩で息をしてしまっていた。
「お見事」
短く言い、ビョルンが次の個体を剣先で示す。
休む間もないのであった。リドナーは次の敵の方へと向かう。
「ぐうおおおおおお」
またしてもガウソルが吠える。
集団で魔獣と戦う時にガウソルのよく使う手だ。都度、ビクリとシャドーイーグルの動きが止まる。
(ほんと、魔獣みたいな人だからな)
守備隊の面々もガウソルの咆哮には慣れている。怯むのは魔獣たちばかりなので、有利を作ることが出来るのだ。
ガウソル本人もシャドーイーグルの一羽と格闘していた。
既に投げてしまったのか、片刃剣が見当たらない。腰にあるのは鞘だけだ。最後には鞘も投げてしまうのだろう。
(化け物だ)
驚異的な反射神経でガウソルが振り下ろされるシャドーイーグルの嘴を掴んで押さえた。そのまま抱え込むように引くと、伸ばされた首に肘鉄を入れる。
「ギュエエッ」
断末魔を上げてシャドーイーグルが息絶える。
元甲冑狼の身体強化というのは尋常ではないのだ、とリドナーは改めて思う。
そこにさらに甲冑狼の狂化装甲も加われば『人間ではない』と言いたくなるほど強くなるのだが。理性も飛びそうになるからあまり使いたくないのだ、とも言っていた。
(あれを使おうとした事、ガウソルさんは無かったな)
リドナーは思いつつ敵を求めて森を駆ける。
戦況はどうなっているのか。空にどれだけ残っているのか。
確認もできないままリドナーはビョルンとともに戦い続ける。
「あっ、ヒックスさん、出過ぎですっ!」
弓矢を構えるヒックスを見て、リドナーは叫ぶ。
他の弓手同様、後ろに控えていればいいのに、苦戦している集団を見ては、前に出て矢で援護をしている。仲間思いが悪い方に出ていた。
「大丈夫だっ!俺にも家族がいる!」
ヒックスが叫んでまた矢を放つ。
(だったら、尚の事、もっと慎重に)
自分が気づいたのだから自分が守るしか無い。弓矢で乱戦の中に割り込むのは危険だ。
「ヒックスさんっ!」
ビョルンが悲痛な声を上げる。
とっさに空を見たヒックスの顔が強張る。
シャドーイーグルがまた一羽、ヒックスの頭上から落ちてくるところだった。このままでは潰される。ビョルンが目を背けた。
(大丈夫だ)
とっさに前転して回避したヒックスにリドナーは気付いていた。
だが、落ちてきたシャドーイーグルに鋭い鉤爪で踏まれそうになっている。まだ、危機は避らない。
「うおおお」
なんとか潰されまい、と弓で防ごうとするヒックス。だが次第次第に押し込まれそうになる。剣を抜く間もなかったから、反撃も何も出来ないのであった。
(やばい、間に合わない)
リドナーもそちらへと駆け寄ろうとする。
幸い、シャドーイーグルが見ているのはヒックスだけだ。
今ならば不意討ちをすることができる。
他の皆もそれぞれの敵に苦闘を強いられていた。
「ビョルン、なんでも誰でも良いから、手を貸してくれって伝えるんだ」
自分たちのいる付近が一番シャドーイーグルの固まっている区画だ。
「分かったよ、でも」
ビョルンが駆け出そうとする。
が、自分とヒックスの間にまた一羽、別のシャドーイーグルが落ちてきた。
「くそっ」
リドナーは毒づきながらも斬り掛かっていく。このまま放置してヒックスの方へ向かっても自分がやられるだけだ。
救いに行けない。いよいよヒックスの身体にシャドーイーグルの嘴が振り下ろされようとしている。
思ったときには、ヒックスにのしかかっていたシャドーイーグルの巨体が、何かに弾かれたように飛ばされていた。
「大丈夫か」
倒れていたヒックスの脇にガウソルが立っている。
首のひしゃげたシャドーイーグルの亡骸が少し離れた木に叩きつけられていた。その木も衝撃で折れてしまっている。
ガウソルが駆けつけてきてシャドーイーグルを殴り飛ばしたのだ、と遅れてリドナーは気付く。
(やっぱり戦闘じゃ本当に頼りになる)
リドナーは安堵しつつも眼前のシャドーイーグルに集中する。
翼で叩こうとしてきたのを大きく飛び退いて躱す。風圧だけでも身体が浮きそうになるほどの力だ。
(距離を詰めたいんだけど)
片刃剣の間合いより遠くに追いやられてしまう。リドナーは額に汗を浮かべていた。
「クエエエエッ」
不意にシャドーイーグルが仰け反った。背中に突き立った矢が見える。ヒックスだ。
リドナーは風のように駆けて、シャドーイーグルの胸部に片刃剣を突き立てた。
「グエエェェェッ」
断末魔の叫びとともに息絶えるシャドーイーグル。
リドナーはほうっと息をついた。
視界の中にいる敵がようやく消えたからだ。
「腕を上げたな」
傍に寄ってきたガウソルがポツリと告げた。和解したいのかもしれない。声の感じからなんとなくリドナーはそう思った。
「守りたい人が出来たからですよ」
だが、リドナーにも退けないところはある。そう、混ぜっ返してやった。いちいち言わなくともティアのことだと分かるだろう。
ガウソルが顔を顰める。本当に頑固なのだ。
リドナーは分からず屋の養父を捨て置いて、空を見上げる。
気がかりなのはベイルの方角だ。
(くそっ)
三羽ほどのシャドーイーグルがベイルを目指して飛んでいく。
たった三羽でも犠牲が出てしまうかもしれない。
作戦は失敗だ。やはり先に飛び立たれてしまったのが大きかった。
「その、守りたい人とやらを守りたいなら。急ぐぞ」
ガウソルも空を見ていた。静かに告げる。駆け出していた。
「分かってますよ」
疲れた身体に鞭打って、リドナーも山岳都市ベイルを目指して駆け出すのであった。