44 哨戒任務
「あー」
空を見上げてリドナーは声を上げた。
シャドーイーグルの抜けた羽を見つけた、山岳都市ベイル近郊の森の中である。
群れを作って行動する上に一羽一羽もかなり手強い。人間にとって死角である頭上から襲ってくる、というのも厄介だ。本来なら気を抜ける相手ではない。
「もっと、ちゃんとしろよ。リド」
組んで動いているビョルンが注意してきた。
二人一組で森の中を探して回る任務だ。地図を片手に空や樹上を警戒して探す。シャドーイーグル自体は大人3人分ぐらいの大きさだから、かなり目立つ。
集団でたむろしていればすぐ分かりそうなものだが、山岳都市ベイル近郊の森もかなり広い。緑の多い季節だから、なおのこと見つけづらいのだった。
(ドクジグモも結局、捜しても見つけられなかったしな)
苦いものを噛み締めつつ、リドナーは思い返すのだった。油断していたわけではないが、死にかけたのである。
「分かってるけど、多分、まだ動かない気がする」
リドナーは頷きつつも楽観的に構えていた。
見えるのは空と森ばかり、という状態が続いている。
「近くにシャドーイーグルがいれば、鼻の鋭いガウソル隊長なら、すぐ気づくよ」
今、分隊で行っているのはシャドーイーグルの捜索だ。ガウソルも離れたところでヒックスと組んで同じくシャドーイーグルを探しているだろう。そして、感覚の鋭いガウソルである。かなり遠くにいるのだとしても見つけるのではないか。
また、シャドーイーグルの方も、いざ来るとなれば一飛びで街にたどり着いてしまう。まだ街に来ないのは森の中で休んでいるからだろう。
「空にいるようなら本当は手遅れなのかもしれない」
ポツリとリドナーは呟いた。
今日でもう三日目になる。つまりティアと会っていないのも三日目ということなのだが。
(そのティアちゃんのためにも、シャドーイーグルを見つけないと)
小柄なティアなどたやすくシャドーイーグルの爪で捕まってしまう。
「ガウソル隊長なら、簡単に見つけて、すぐに報せてくれる。気を抜いてると出遅れるぜ」
ビョルンが焦った風で言う。
(いや、いくら隊長でも、ベイルの山全体を探すのには時間がかかる)
ガウソルについては、本当はあまりリドナーも考えたくはない。
竜の子のことでは、腹に据えかねるという思いが強いからだ。かなり酷い扱いをしているらしい、と同情してくれたマイラから教えられている。
(マイラさんがいてくれるだけ、結果、まだマシだったかもしれない)
無論、マイラも本当のところ、自分やティア、神竜自身のためにしているわけではない。もし神竜である場合、ガウソルの立場も悪くなる。本人のかわりに気にしてくれる人がいる、ということだ。
「本当、隊長に任せておいたら、死なせちゃうかもしれない」
思わず声に出してしまっていた。
「いや、隊長に始末してもらったほうがいいだろ。シャドーイーグルが街を襲えば大変なことになんだから」
真顔でビョルンに指摘されてしまった。まさか神竜の子供かもしれない、竜の子の話だとは思わない。
「それもそうだ」
笑顔を作って、リドナーは返した。
不自然な会話にならなくてホッとする。
どうしても竜の子が気になるのだが、捜索に集中しなくてはならない。自分に言い聞かせながらまたリドナーは周囲を見回す。
ヒックスが守備隊隊長ヴェクターへも話を通してくれていた。直後には治療院と守備隊隊長からの連名で、神竜の御子を然るべき機関に引渡すよう、ガウソルに依頼もしてくれている。
ここで頷いてくれていれば、自分も仕事に集中出来たのだ。
(あの人、本当に頑固なんだから)
自分とヒックスのいる前で、依頼書をガウソルが破り捨てたのであった。挙げ句、『あれは神竜なんかじゃない』と言い放つ。
ヒックスも呆れ顔だった。
(でも、これでヒックスさんもこっち側だ)
たとえゆっくりでもガウソルの外濠から埋めていく。
「ティアちゃん、大丈夫かな」
心配なのはベイルに残してきたティアのことだ。
思い詰めて何をしでかすか分からない。ヒーラーとしての日常の仕事は頑張っているようなのだが。
(意外と気が強いからな、ティアちゃん)
ある意味、程度の差こそあれ、ガウソルとは同属嫌悪なのではないかと思うほどだ。
魔獣討伐のときも小さな身体でムン、と唇を引き結んで頑張るのである。
「なんだよ、早くも浮気の心配か?」
またビョルンが冷やかしてくる。ティアと付き合い始めたことはビョルンにも知られているのだった。
「違うよ、そんなことあるわけ無い」
冷静にリドナーは言い返した。
告白を受け入れてもらえた喜びは今も続いている。ティアと接してみると、受け入れてもらえた以上、浮気などするわけがないのだとリドナーは思っていた。最初のところで振られてしまうだろう。
「分かんないぞぉ、本当にこっちにゃ分かんないところで怒りだすことなんて、しょっちゅうなんだから」
彼女がいるからか妙なところで先輩顔をしようとするビョルン。
「真面目だから、浮気の前に振られるよ。たぶん、そういうの、ティアちゃん、はっきり言うと思う」
苦笑いしてリドナーは告げた。
「まぁ、そうかもな」
ビョルンも魔獣討伐の時にティアのことを見ている。自分の言っていることも分からないでもないらしい。
ティアとのことは知られているが、神竜のことを知っているのはヒックスとガウソルだけだ。
(可愛い聖女のヒールで卵から孵るなんてさ、どう考えても神聖な竜に決まってるじゃん)
思いつつもリドナーはなんとか仕事に集中しようとするのだった。
更に2人でしばらく歩く。捜索範囲に異常がなかった旨の報告をそろそろせねばならないかと思い始めたところ。
「ビョルン、あれ」
リドナーは足を止めた。
土の上に毛を固めたようなものが落ちている。
「げぇ、なんだよ、あれ」
ビョルンが気味悪がっていう。
「あまり、大声出すなよ。鳥ってさ、獲物丸呑みするから。消化できない毛とか骨とか纏めて吐き出すんだよ」
小声でリドナーは説明した。
「じゃあ、あれ、あの大きさなら」
ビョルンもリドナーの言いたいことを察して小声になった。あの毛玉があるということは、この辺りにシャドーイーグルがいたかもしれないということだ。
「かなり大きいよな、たぶん、当たりだと思う」
リドナーも告げて、ゆっくりとあたりを見回す。
魔獣のいる気配はない。幸い、まだ迂闊にも近づき過ぎた、といえことではないようだ。
「一旦、引き返して、ここの場所をヒックスさんたちに伝えよう」
どうしてもガウソルに伝える、とは今の情勢では言いづらいことを、リドナーは意識してしまうのであった。