39 ガウソルのいぬ間に
リドナーは神竜の生まれた翌日も、日中はガウソルと同じ時間帯に勤務をする羽目になっていた。だが、ガウソルのほうが全く言葉をかけてこない。視線すら合わそうともしないでいる。
(自分からは、明らかにしないつもりだな)
夕方、誰にも竜のことを話さなかったガウソルを、リドナーは横目で睨む。とぼけている、というのとも違うのだろう。
(本気で神竜じゃない、何か別の魔獣だと思ってるんだ)
帰り支度をしているガウソル。その肩には大きな立方体、鋼鉄製の黒い檻が担がれている。
「隊長、そんなもん、何に使おうってんですか?」
呆れたようにヒックスが尋ねる。
軽々と担いではいても、見るからにおかしい。肝心なところで頭が悪いのがガウソルだった。親子仲の悪くない時は微笑ましいぐらいなのだが、今のリドナーにとってはただ有利な条件である。
「いや、ちょっとな」
おまけにはぐらかし方も下手なのだ。
「じゃ、お疲れ様」
一方で反論など許すつもりも周囲の視線も気にはならないから、平然とはしている。いそいそと檻を担いで帰っていく。
(町でもさぞや目立つだろうな、あれ)
呆れてリドナーは養父の背中を見送った。
「どうしちまったんだ、あの人は」
『ちよっとな』の先を待っていて肩透かしを食らったヒックスが苦笑いだ。
リドナーはガウソルの姿が見えなくなると、即座にヒックスの方へと歩み寄る。あまり気も回らないのがガウソルの欠点だ。自分が先に帰宅してしまうとどうなるのか、想像もできず、まったく考えられないらしい。
「ヒックスさん、ちょっと」
声を潜めて、リドナーはヒックスに声をかけた。
「やっぱり、何かあったな」
苦笑いのまま、ヒックスが応じる。ガウソルと自分の間で何事かあったことまで、しっかりと察してくれていた。
(まずはヒックスさんを味方につけとかないと)
実質、分隊の運営を支えている赤毛の年長者を見てリドナーは思う。年長者らしくしっかりしているし、真顔で判断を間違うガウソルをよく支えているのだった。
「よし、当ててやる。どうせティア嬢絡みだな。早くも一線越えて、結婚するんだって、吹っかけちまったんだろう?」
とんでもない想像をする30歳超えの家族持ちだ。
いかにもガウソルが怒りそうではあるのだが。その意味では正解としてあり得ない話でもない。
(じゃ、あの檻の中身はティアちゃんになるとでも?)
あまりに可哀想過ぎるし、自分もそんなことを許すわけがない。
「そんなわけないでしょ」
呆れてリドナーは否定した。自分とティアを何だと思っているのだろうか。
「でも、ここじゃ、ちょっと」
周りの隊員たちの目もあった。自分はガウソルと違い、隠すべくは隠すのである。
まだ、神竜についておおっぴらにはしたくない。自分たちでは収拾のつかない騒ぎになるのが目に見えていた。
「わかったよ。しかし、何だってんだ。2人して」
ヒックスがボヤきながら案内するのはリドナーの予想どおり、分隊用にあてがわれた取調室だ。
ベイル守備隊には犯罪者を捕縛する用務もある。本来、犯罪者を取り調べるための部屋なのだが、他よりも壁が分厚く防音の措置も取られているので、内密の話し合いでも使用されることが多かった。
(悪いことしたわけじゃないのに。いつも変な気分になるけど)
殺風景な取調室。中央に金属製のものものしい机を挟み、向かい合う形で一対の椅子が置かれているだけ。窓も時計もない。
「だが、どうせティア嬢に関わることなんだろう?」
開口一番にヒックスが尋ねてくる。
当然のようになぜだか自分が犯人側、ヒックスが取調官の側に座っていた。
一応、声を落としてはくれている。
「確かに関わってはいるけど、もっと大事なことなんです」
本当はティアより大事なことなど自分にはないのだが。リドナーはわかり易さを重視した。
「その、ティアちゃんが、神竜様の卵を孵したんです」
まず端的に伝えると決めていた。言うべきことは単純なのだから。
(要はティアちゃんが神竜様の卵を孵したのに、ガウソルさんが邪魔するってこと)
リドナーは口をぽかんと開けて停止したヒックスの様子を眺める。驚くのは分かりきっていた。問題はこれをヒックスがどう捉え、何を述べるか、だ。
「なんだとっ、いや、ちょっと待て」
ヒックスが手で自分を制し、話を進めさせない。目まぐるしく考えを巡らせているのがよく分かる。少なくとも誰かさんのように頭ごなしに否定をしてこないだけ良かった。
「まず、なんで、そんな大事件があって、何の騒ぎにもなっていない?」
もっともな疑問をヒックスが口にする。
「その卵が隊長のものだったから。王都から回収してきた物で。あの人、誰にも言わないつもりなんですよ」
リドナーは改めて思い出すとうんざりして、椅子に寄りかかる。昨日の態度は、どうしても腹が立つ。
「待て待て。神竜様なんだろ?いや、なんでそれが神竜様だとなった?」
さすがにヒックスである。しっかりと事実確認を動揺しようとしながらもしてくれた。
リドナーも話しやすい。
「さっき言ったとおり、隊長の所有物だったんです、その卵。ほら、知ってるでしょ、ヒックスさんも。隊長が王都から残留物を回収してきてたの。その中に混ざってたんです。で、ティアちゃんがヒールかけたら生まれて。あとはその竜の白い鱗とか邪悪な気配がないとか、総合的に勘案して、そうじゃないかって」
現段階では根拠は薄い。リドナーも認めざるを得なかった。だが、調べればはっきりするし、事が事だけに調べるべきなのだ。それぐらいの蓋然性は十分にあると思えた。
ヒックスが腕組みをして、難しい表情を浮かべる。
「確かに、神竜様の御子とは決めつけられんが、あの、隊長の所有物に混ざってたんなら、ありえる話だよな。鑑定はすべきだろう?なんで隊長は隠す?あの人だって神竜信仰だろう?」
やはり、ヒックスの方が話は通じる。疑問ももっともなものばかりだ。頭ごなしの否定などしてこない。
「だから、卵を孵したのがティアちゃんだからですよ」
リドナーは長い説明の中で紛れた重要事項を繰り返した。
「あぁ」
ヒックスの表情が苦いものに変わる。
たった一言にすべての感情が詰まっていた。
ティアがガウソルに毛嫌いされている。分隊では最早、知らない者のいない事実だ。
「俺は魔術や竜には疎いが、神竜様が御子を遺されていたのなら、すごいことじゃないか?」
ヒックスが腕組みを解いて身を乗り出す。
「なんとか、適切な場所に置くべきだろ。いま、ティダールはリベイシアに併合されてるが、だいぶ情勢が変わる」
今は、ヒーラーや医療、魔獣討伐の援助も受けている状態だ。他に人材を取られているので行政もティダール人単独では手が回らない。
「俺も、そう思うんですけど、隊長が」
結局、同じところに話が戻るのであった。
「正直、大事にされるのが当然だと思うんですけど。隊長、意地になっちゃってるし」
リドナーもあからさまにため息をついてみせた。
「じゃあ、あの檻の中身もそれか。それで、俺にまず相談か、悪い気はしねぇが、また厄介なことを」
少し皮肉めいたことをヒックスから言われてしまう。
「よし、分かった。とりあえず少し考えてみる」
それでも心強く胸を叩いてくれるのだった。
「しかし、本来ならすごい朗報なのに、まさかこんな形で聞く羽目になるなんてな」
苦笑いするヒックスに、リドナーは激しく同意するのであった。