36 ガウソルの帰宅
一体、何がどうなっているのだ。
今日もベイル付近の森にあらわれたイワナゲグマを討伐してきたガウソルは、慣れ親しんだ我が家へ足を踏み入れるなり思う。
「なんだ?これは?」
マイラの出迎えが今日に限って無かったので、帰宅したとき、なんとなく嫌な予感はしていた。
ティア・ブランソンが居間にいる。訳がわからないが、まだ理解は出来た。なんらかの目的で隣に座るリドナーが連れてきて、どういうわけだかマイラも了承して招き入れたのだろう。
決して嬉しくはないが、起こり得る事態だ。
「なんだ、その白いトカゲは」
ガウソルはティア・ブランソンにまとわりつく、白い鱗とたてがみのある、猫ぐらいの大きさの生物を指差して尋ねる。
更に居間を見回して、王都から持ってきた、白い球が割れていることに気付く。
「貴様っ!あの石に何をしたっ!」
ティア・ブランソンを睨みつけてガウソルは怒鳴る。
王都での戦いのあと、神竜の亡き骸が大事そうに抱えていたので回収してきた。まるで護るかのように巨体で覆い隠していたので、回収出来たのは自分だけだったのである。
(何か竜玉的な、宝玉かなにかの類かと思っていたんだが)
学識などまるで持ち合わせていない自分である。他のガラクタと一緒くたにしてしまっていた。
「ガウソルさん、不敬ですよ、どう見ても神竜様の御子様じゃないですか」
敬虔な神竜信者の家だったらしいリドナーである。ティアに注ぐのとはまた違う温かさを含む眼差しを、白いトカゲに注いでいた。
養子の笑顔ですら腹立たしい。
「そんな馬鹿なことがあるかっ!」
思わず一喝していた。
ティア・ブランソンが咎めるように自分を睨みつける。妙なところで芯がブレず我が強いのであった。白いトカゲも驚いてティアの背後に隠れる。まるで母に縋る子供のようではないか。
「そんなぁ、ガウソルさんが王都から持ってきた、あの球にティアちゃんがヒールかけたら生まれたんですよ。神竜様の卵を確保していたなんて、さすがって思ってたのに」
口を尖らせてリドナーが言う。
確かに神竜には、天寿の尽きる間際には卵を遺すらしいとの言い伝えはあるのだが。
神竜の卵をよりにもよって、祈りもしないティアが孵した。にわかには信じ難い。
(のではなくて、そんなことは起きていない)
ガウソルは自らの抱いてしまった考えを自分で即座に打ち消した。
「それは、神竜の亡き骸が持っていた、何かの玉だ。よしんば何か竜の卵だったとして、本人の卵だという保証はない」
我ながら苦しい考えを、ガウソルは卵の殻を指差して告げた。なお、神竜について『本人』というのも、果たして正しいのだろうか。
(だが)
魔力量だけはあるようだし、解毒も出来る、かなりおかしなヒールを使う。ティア・ブランソンなら普通のヒーラーに出来ないことも出来てしまうかもしれない。
もう一度、ちらりと浮かんでしまった考えをガウソルは首を横に振って打ち消す。
「シグったら、さすがに暴論よぉ」
マイラにまで呆れられてしまった。だが、他国人であるためか、一歩退がったところから話している印象だ。
「祈りもしないヒーラーの魔力で孵るなんて、こいつは神竜じゃない」
まだ短い首に白いたてがみの生えたトカゲを指差してガウソルは言い張った。神竜の首にも何やら白いフサフサがあった気もするのだが。
「神竜がどこかのなんか、青竜だか赤竜だか水竜だか邪竜かその辺の竜の卵を拾ってきて、後生大事に抱えていただけに決まってるっ!」
そうすると、そんな卵を後生大事に山岳都市ベイルにまで持ってきた自分は何なのだ、という話になるが、このトカゲを神竜と認めるよりはマシだ。
ティア・ブランソンは祈らないゆえに役立たず、この認識を改めたくはない。いや、改められない。頭の中のどこかがチクチクと痛む。
「ガウソルさん、めちゃくちゃですって」
当然、養子のリドナーも呆れ果てている。
「こんな白くて可愛い竜、絶対、神竜様のご幼体ですよ。ガウソルさんも大手柄なんですって。意地にならないでくださいよ」
更にリドナーがたしなめようとしてきた。
養子のくせに生意気だ。
「白くて可愛い邪竜の幼体だっているかもしれない。きっとあれだ。弱いうちは愛くるしい姿で身を守ろうっていう魔獣の邪悪な浅知恵だ」
リドナーも自分の対応に驚いているのか、いつもほど考えにキレがない。いつもはもう少し上手く言いくるめられてしまう。
「シグッ、あなただって、竜に詳しいわけじゃないでしょ?あなたのことは好きだけど、あっ、告白しちゃった、さすがに分が悪すぎるわよ?本当は分かってるんでしょ?」
マイラにまで反論されてしまう。が、彼女にはやはり遠慮があった。
本当に白黒つけるのなら、竜の専門家にでも鑑定させればいいのだ。そこまでは、マイラも言えないらしい。
それでもどう考えても自分の言い分のほうが苦しかった。リドナーと2人がかりで論破されてしまいそうな流れだが。
ティアの背中から恐る恐る、白いトカゲの青い瞳が自分を覗う。確かに愛くるしく清廉で邪悪さのかけらも感じられない。
「こんなに怖がらせて、可哀想です」
ティアが幼竜の背中を優しく撫でながら、その気持ちを代弁する。なぜかひどく似つかわしい姿に思えた。
だからこそ、尚の事、腹立たしい。
幼竜の方も甘えるようにすりすりと身体をすりつけていた。
「いい加減にしろっ、人の家に上がり込んで勝手なことをするな。何が神竜だ」
とうとうガウソルは間違いのなく自分が優位に立てる点を持ち出した。それは、ここが自分の家だ、ということだ。
「こうなるとダメね。リドナー君、ティアさん、一旦、帰ってくれる?」
マイラが嘆息して言う。なんとも気の回ることに陶器の箱に作った夕飯を詰め込み始めている。言い回しもなぜだか急に丁寧なのだった。
「そうですね、また、ガウソルさんの頭が冷えた頃を見計らって出直しますね」
リドナーが頷いて言い、ティアを促せて立たせる。
そう言われて頭を冷やすほど自分は馬鹿ではないつもりだ。ガウソルはムスッとしてしまう。
2人が玄関へと向かった。当然のように短い翼を羽ばたかせて白い竜も続く。
「ピッ!?」
ガウソルは素早く右腕を動かして、幼竜の首根っこを掴む。加減はわきまえている。骨をへし折るところまでの力は入れない。
ハエを捕まえるよりも容易かった。
「乱暴はやめてっ!」
ティアが叫び、自分に飛びかかろうとして、リドナーに制された。
「シグッ?」
マイラも驚いている。
「こいつは俺の持ってきた卵から生まれたんだろう?なら、管理責任は俺にある」
もがく幼竜を睨みつけてガウソルは告げる。
何を当然のように連れて帰ろうとしているのか。
「そんなっ!」
ティアが悲痛な声を上げた。
大元の卵が自分のものなのだから、生まれてきた幼竜も同様である。ごく当たり前のことだ。
「シグ、いくらなんでも可哀想よ」
さすがにマイラも言うものの、分かっているようだ。『間違っている』とは言わない。道理はガウソルの方にあるのだと。
自然、声が小さくなっていた。
「行こう、ティアちゃん、一旦」
諦めたように言うリドナー。どうやら、本気で怒ってしまったらしい。冷たい眼差しで自分を睨む。
「ピィーッ、ピィッー」
どうもがこうと、幼竜ごときに振り払われる自分ではない。
(とりあえず、檻だな)
2人が家から出ていくと、扉を締めながらガウソルは思う。
どれだけ大きくなるかもわからない。頑丈なものを準備しなくてはならない、とガウソルはため息をつくのであった。