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35 ティダールの遺物

 本当に、なぜこんなことになったのだろうか。

 ティアはガウソルのいないガウソル宅に招き入れられていた。聞けば日勤という勤務であり、帰ってくるのは夕方なのだという。

(片付いてるようで片付いてない)

 ティアは通された居間を見渡して思う。座るソファの隣には当然のようにリドナーが腰掛けている。

「大丈夫だよ、ガウソルさんが暴れたらマイラさんと2人がかりで押さえるから」

 安心させようとして、まるで安心できないことをリドナーが言う。

「無理よぉ、シグが本気で暴れたら、私でも手に負えないわよ」

 ある意味、現実の見えているマイラが答える。台所で何やら忙しそうに料理していた。

 手伝いをティアも申し出たのだが『いいの、いいの、お客様なんだから』と笑って断られてしまった。

(でも、マイラさんも居候じゃないのかしら)

 我が物顔で台所を牛耳るマイラを見て、ティアは首を傾げるのだった。

 片付いていない、という印象を抱いてしまったのは居間の隅に置かれたガラクタのせいだ、とティアは気付く。

(何かしら、あれ)

 無駄にピカピカに磨き上げられているものの、どれも古びた物ばかりだ。箱やちょっとした刃物、書類の束といった物が多い。中にはただの白い石の球にしか見えない物もある。特に怖いのは凶々しい魔力を放つ鎧だ。

 だが、一方で、なんとなくティアも目を引きつけられてしまうのは白い石の球なのであった。

「あれ、ガウソルさんの昔の遺物じゃないですか?王都から持ち出してきたって、ガウソルさんが言ってたやつでしょ」

 リドナーもティアの視線に気付いて言う。王都というのは旧ティダール王国の王都デイダムのことだろうか。

「マイラさん、あの部屋に入るの許されてるんですか?俺だって、勝手に入ると怒って放り投げられるのに」

 意外そうにリドナーが更に言う。

 どこかに遺物を集めておいた部屋があるらしい。

(なんだか、面白そう)

 亡国の歴史ある遺物がこんな借家の一室に集められているのだという。敵地のような場所であることを束の間ティアは忘れた。

「うふふ、そうよ。なんたって古い付き合いなんだから」

 マイラが心底嬉しそうに言う。皇都では決して見られなかった惚気姿だが。

(すごい気難しそうな、あの人のどこがいいんだろ)

 いつも自分には優しいリドナーの横顔を見て、ティアもティアで惚気けるのであった。

「俺がガウソルさんに会う前からの付き合いなんですっけ」

 リドナーが好奇心のままに尋ねる。

「ええ、本当に強くて、格好良くて、思いやりもあって」

 どんどんと惚気けだすマイラ。

 一体、誰のことを言っているのだろうか。分からないティアは首を傾げる。当たっているのは『強い』だけだ。

「ガウソルさん、甲冑狼って部隊にいた、ティダールの軍人でね。邪竜王とも直接、やり合ったんだって。それからは王都の廃墟に直接行って、遺物を回収してるらしいよ」

 苦笑いしてリドナーが教えてくれた。どうやらマイラに話しの水を向けたのはティアのためだったらしい。

「そうなんだ、じゃ、あれも」

 ティアは立ち上がり、引き寄せられるように居間の隅に置かれたガラクタへと歩み寄る。

 近付いてみると、自分が気になったのはくすんだ白色の球体だと分かった。無造作に床の上に置かれている。

(この子、弱ってる)

 ティアは思い、自分の言葉に驚いて、これまた知らず伸ばしていた手を慌てて引っ込めた。

(この子、って何、どういうこと?私、どうしちゃったの?)

 ただの石の球にしか見えない。『この子』と思ったのは何なのか。

「ティアちゃん、どうしたの?」

 リドナーが心配そうにソファから立って歩み寄ってくる。

 自分でもよくわからないのだ。

「ちょっと、勝手に触ったら、私がシグに怒られちゃうかも」

 マイラが料理をする手を止めて咎める。

 それでもどうしても白い球が気になって、ティアは立ち上がることが出来なかった。

「ガウソルさんはマイラさんのこと好きだから大丈夫ですよ」

 如才なくリドナーが言う。とっさにじっくり見させてあげようと機転を利かせてくれたのだ。

「そ、そうかしら?」

 どうやらマイラにとってガウソルとのことは心の琴線に触れるらしく、嬉しそうに身悶えを始めた。

 余程、好きらしいのだが、一体どこがいいのだろうか。

 ティアはその隙にそっと白い球に触れる。

(やっぱり弱ってる)

 先と同じ感想を再度抱く。

 魔力の拍動を感じる。ティアは少しずつヒールで自分の魔力を注ぎ込んでいく。

 緑色の光が白い球を覆う。

 何かつかえていたものが解けて流れていくように感じる。

「ティアちゃん?」

 さすがにリドナーも驚いている。

 構わず更に魔力を注ぎ続けた。途中で止めてはいけない気がする。

(この子、私をずっと待ってた?)

 もうティアは白い球を、卵を治すことしか考えられなくなった。

 そう、これは卵だ。なぜだか確信できる。

 パキッ

 殻の割れる音がした。

「ちょっと!壊したらさすがに私っ」

 あわてた様子のマイラ。彼女が恐れるのはガウソルに嫌われることだけらしい。

「大丈夫ですよ、ガウソルさん、マイラさんにベタ惚れだから」

 またリドナーが助けてくれた。

 あえなく顔をほころばせて身悶えを再開するマイラ。

 本当にあの無慈悲で無愛想なガウソルのどこがいいのだろうか。

 思うとティアのヒールが乱れる。

(だめっ、ちゃんと集中して)

 卵の割れる速さが落ちた。

 ティアは深呼吸して気を引き締める。

(この子は生まれたがってる。何かあって、うまく生まれられなくて、でも、なんとか生命を繋いできた)

 リドナーをふと見ると優しく微笑んでいた。

 全てを受け入れてくれているかのような笑顔にティアは力をもらう。

 自分もどこか優しい気持ちで魔力を卵に注ぐ。

 次第に卵のヒビが広がっていく。パキパキと音を立てて、球体の中が明らかになってきた。

「嘘っ、何これ」

 マイラが呆然として呟く。

 卵の殻が完全に床へ落ちた。白い鱗に覆われた生き物が鎮座していた。首筋にはふさふさのたてがみも見える。

「まさか」

 かすれ声でリドナーも言う。

「ピイッ」

 弱々しい鳴き声をあげて、青い宝石のような瞳が自分を捉えた。

「これ、神竜じゃないのっ?ちっさいけど、そっくり!シグったら、なんてもの、部屋に置いてたのよ」

 マイラが告げて、あわてて付けっ放しだった火を消した。防災上の適切な判断である。

「マイラさん、さっきから『これ』呼ばわりして、失礼ですよ」

 苦笑いを浮かべたリドナーにたしなめられている。

 神竜信仰の地で生まれ育ったであろう人々にとっては神様の子なのだから。

 猫ぐらいの大きさだ。覚束ない足取りでティアのほうへと歩み寄ってきた。

(か、可愛い)

 ティアもしゃがみ込んでたてがみの辺りを撫でてやる。なんとなくまだ首も足も短くて竜というよりも子猫のようだ。

「可愛い」

 身を寄せてくる幼竜を前に、今度は口に出してしまうティアなのであった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ガウソルさん、卵なんか家に置いていたんですね。 本当になにをするやら分からない人物です。 ティアちゃん、いちいち突っ込んでるの笑えます(*´艸`) それにしても、まさか神龍を孵化させるとは…
[良い点] なんと!意外な展開に驚きました! ティアちゃんに訴えかけてくる感じもなんとも不思議で面白かったです(*^^*) [一言] リドナー君、マイラさんの扱い方が上手くて笑ってしまいました。 ガウ…
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