31 夢のような
ティアに告白して、受け入れてもらえた。
翌日の昼飯時にもリドナーは、ウキウキしながらいつも通り、治療院へと向かう。治療院へ直通する主要な道は左右両側に店屋の並ぶ繁華街だ。往来する人が多いから商売が成立する。
昼前の時間帯はいつも混雑するのだが、そんな中をするするとリドナーは歩いていく。
「あら、リドナー君?」
前から歩いてきた、ピンク色のボタンシャツに黒いズボンという私服姿の女性。ガウソルの旧友だという魔法剣士のマイラだ。買い物カゴを手にしており、野菜や中身が肉であろう紙の包みが覗いている。
(嫌な人と会っちゃったな)
リドナーは思いつつも笑みを返した。絶対的にガウソルに惚れ込んでいる女性だ。対して自分は養子ではあるものの、ガウソルと仲の悪いティアと交際する運びとなった。一言でいうとややこしい関係なのである。
「こんにちは、マイラさん。お買い物ですか?」
それでも上手く挨拶を返すことが出来た。
「ええ、そうよ。シグに、あっ、ガウソルに美味しいもの、食べて欲しい、から」
頬を赤く染めて、わざわざ『シグ』を言い直すマイラ。自分にまで親しい間柄なのだと知らしめようとしてくるのだ。外堀を埋めることに余念が無い。なお、ガウソルは味など気にせず肉は生でもそのまま食べる。
自分の入院している間に、ガウソルの家へといつの間にか転がり込んでいた。
(あの部屋、一人用だから、二人だと狭いと思うんだけどな)
思うぐらいでマイラの存在自体に不満があるわけではない。ただ、どういう理屈なのか2階であるリドナーの部屋まで掃除しようかと申し出てきたので、それは丁重にお断りした。いつも自分でしっかり片付けている。粗雑なガウソルとは違うのだ。
「ガウソルさん、肉なら何でも食べますよ」
リドナーは豪快に肉を貪る育ての親を思い出して告げる。いつ見ても野獣のような食いっぷりなのだった。
「私だって分かってるけど、女心は別なのよ」
拗ねたように横を向いてマイラが言う。
からかおう、という気にもなれないのはマイラが一途だから、ではない。
(この人、ちょっとおっかないぐらいに強い)
こうして向き合っていても達人だと分かるぐらいにマイラが強いからである。帯剣こそ今はしていないものの、魔法剣士だというから、怒らすと魔法を即座に飛ばしてくるだろう。
「ガウソルさん、放っておくとずっと独身してそうだから、マイラさんみたいな人がいてくれた方が安心かもしれませんね」
そしてリドナーは、ついおもねるようなことを言ってしまうのであった。
話をすぐに切り上げたい。ティアに会いたいのだ。
また、派手な色合いの服装をしているマイラと話している自分に注がれる、興味本位の視線も居心地が悪い。昼飯の食材を買い求める婦人方が面白がっているようだ。
「わ、私なんてシグには釣り合わないわよ」
思ってもいないであろうことを、そらぞらしく口にするマイラ。言い直すという芝居も止めている。
町の年頃の女性の大半は同じことを思い、ガウソルには言い寄らないのだが。
(ガウソルさん、人気あるけど怖いからなぁ)
言い寄る度胸のある女性など皆無だった。遠巻きにして憧れるぐらいか。
(まぁ、マイラさん以外の人は、実際に近寄ってみれば幻滅するだろうな。あの癖の強さに)
思い至ってリドナーは苦笑するのだった。
「そんな事無いですよ。ガウソルさんにはもったいないぐらい、しっかりしてて、優しくて、綺麗です」
また、重ねておもねるような事を言ってしまった。半ば本心なのだから問題はないと言い聞かせる。誰かがあの厄介者とくっついてくれるなら、その方が良い。
(少しはティアちゃんへの角が取れてくれればいい)
リドナーなりの打算もあるのであった。
「もうっ、お上手ね。ティアちゃん、あっ、ティアさんもそうやって口説いたの?」
マイラが照れくさそうに反撃してきた。
もともと、ティアの姉である大聖女レティの護衛だったという。ガウソルとの接点も5年前の戦いで出来たようだ。ガウソルに惚れ込む一方でかつての主君レティの妹であるティアのことも少し気にしているらしい。
「ティアちゃんには、俺、一目惚れしちゃって。あんまりにも可愛いから。俺、誰にでもあんな感じじゃありません」
リドナーは自己弁護した。今だって交際してもらえるとなって、信じられないぐらいの気持ちなのだ。
「そうなの?会って数日ぐらいのはずなのに、すごく進展してるから、お義母さん、すごいなって」
ここでわざとらしくマイラが言葉を切って目を見張る。
「あ、いけない。私ったら、もう、お義母さんって言っちゃった」
確かにこのまま上手く行けば、立場上、マイラが自分の義母ということになるのかもしれない。ただ、芝居っ気が強過ぎてリドナーはついていけなかった。
「あ、いけない。私ったら、もう、だなんて」
さらにマイラが重ねて告げる。
げんなりとさせられつつも、野獣のようではあるが、色事に関心のないガウソルには、これぐらい積極的にいかないとだめなのかもしれない、とリドナーは思い直した。
「そんなにガウソルさんのこと、好きになれる人があらわれるなんて、俺、思ってもなかったですよ」
リドナーは苦笑いして告げた。とかく気難しい養父なのである。
「そうね。養子のあなたにそう言ってもらえると嬉しいわ。仲良くしてね、私とも」
話す限り、悪い人ではないように思える。ガウソルと違って、ティアへの悪意も感じられない。
(この人はただガウソルさんのことが好きで、他のことがもう、どうでもよくなってるのかな)
リドナーはマイラについてはそう感じるのだった。
「あなたはティアさんとはどうなの?」
マイラが自分のことについて水を向けてきた。
「いいのよね、『さん』付けで。だって、シグと私がそうなって、この子とティア様がああなったら、私とティア様もそういう関係だもの」
何やらブツブツと呟いているのは捨て置くこととする。一体何の話をしているのだろうか。
「この間、実は俺とティアちゃん、その、俺の方から告白して、受け入れてもらって、交際することになりました」
リドナーは未来の養母となるかもしれない人に報告した。これは自分でも誰かに言いたくてしょうがなかったことだ。
「へぇ、そうなの。おめでとう」
他人事だからだろうか。聞いておいて若干、淡白な返事をするマイラ。余裕すら感じられる物言いだ。
ただ言葉の上だけでも歓迎してくれているのなら、リドナーとしては打診したいことがあるのであった。
「ありがとうございます。それで、その、俺、ガウソルさんにティアちゃんのこと、紹介したいんです。恋人として」
なぜかティア本人に告白するのよりも勇気が要った。
最悪の場合、ガウソルの祝福などなくとも、果ては結婚したい。が、出来れば認めてもらいたかった。
(心の底から手放しで、じゃなくてもいいからさ)
たった1人の養父なのである。
「なんで私に?」
首を傾げてマイラが言う。自分の恋路以外にはとことん関心がないらしい。
「だって、順調に行けばそういう関係に、俺達ともなるんじゃないんですか?」
試しにそのままリドナーは混ぜっ返してみた。
一気にマイラが赤面する。
「そ、そうねっ。そうなるわねっ!」
マイラがくねくねと身悶えし始めた。
「早くも頼られるなんて、これは近道の予感がするわ」
一体何に対しての近道なのだろうか。
思いつつもリドナーは指摘しないでおいておく。
「頼めませんか?ガウソルさんにとりなしてもらうの」
ダメ押しのつもりでリドナーは尋ねる。
「分かったわ。あとは都合のよい日取りとか決まったら教えて」
楽しそうにマイラが言う。
リドナーは自身の休みをマイラに伝えてから別れてティアのいる治療院へと向かう。ティアと過ごせる時間は減ってしまったが、結果、有意義な話が出来たと内心、喜ぶのであった。