29 デート2
料理が来るまでの待ち時間。自分は照れ臭くて『快気祝い』だというものの、リドナーの方からはっきり『デート』だと言ってもらえている。
「可愛くて一目惚れだから、そんなの分かんないよ」
リドナーがあっさりと告げる。照れ臭そうなところも無い。堂々としていて、ティアとしては羨ましいぐらいだった。
「馬車で助けたときから、俺には君が必要だって。俺の剣はそのためにあるんだって、ピンときたから」
首を傾げてリドナーが言う。主観的なことをなんとか客観的な言葉にしようとしているのが伝わってくる。
「うん」
リドナーを必要としたのは自分ではないのか。『俺には君が必要だ』ではないはずだ、という点で、ティアは違和感を覚えるのであった。
だから、ただ頷くのである。
「言っておくけど、俺、こんなの初めてだよ」
頷いたことで誤解を招いてしまった。言い訳じみたことを口にするリドナー。
だが、とてもそうは見えない。言い返そうとティアは思うも人の気配を感じて黙った。
個室のドアがノックされて、早速サラダが運ばれてきたのだ。葉物野菜をふんだんに使っている。
(注文、聞かれてないんだけど)
コース料理をリドナーが予約していたらしい。
2人でまずサラダを頂く。
「なんか、すごい女の子に慣れてる感じ、するんだけど」
ティアはサラダを食べ終えてから尋ねる。なぜだか自分もヤキモチだ。他の女の子に漠然と同じことをしているのを想像してしまった。
「逆だよ。他にどうしていいか分かんなくて。でも後悔はしたくないから、こんな露骨にしてるんだよ」
苦笑してリドナーが言う。
どこで学び、身に着けたのか。リドナーの作法は完璧だ。
「ガウソルさんに聞けば分かるよ。本当だって」
作法のことに言及する前に嫌な名前を話題に出されてしまった。
「聞けないよ。リドだって知ってるくせに」
口を尖らせてティアは言い返した。
「あはは、俺もやりづらいんだよ?2人があんなんだから板挟みで。今日だってティアちゃんとデートだって、知ったときから、仕事をおっつけようとしてくるんだから。ま、下手糞だからやり過ごしてやった」
リドナーが、ぺろりと舌を出す。
耳に痛い言葉が返されてしまった。おまけに一層ガウソルを嫌悪する。
「本当?それ、すごい嫌な感じ」
ティアは顰め面を作った。陰湿に過ぎる。そこまでするのか、と呆れる思いを抱いた。同時にリドナーに苦労をかけているのは自分とガウソルなのだ、と思うと申し訳なくすらなる。
「ごめんなさい。私がもっとガウソルさんと表向きだけでも上手くやれてれば」
ティアは頭を下げる。と言っても、具体的にどうすればよかったのか。まるで浮かんでは来ないのだが。
「そりゃ無理だよ。最初からあんな一方的に嫌われてるんだから」
大きく苦笑いしてリドナーが言う。
(たしかにそうだけど)
返事をする前にティアは口をつぐむ。
ノックの後、また料理が運ばれてきたからだ。あまり他人に聞かれたい話ではなかった。
今度はパンとスープだ。スープには魚の身と根野菜が浮かんでいる。見るからに美味しそうだ。2人は一旦また食べる方に集中する。
やはりとても行儀の良いリドナー。
(本当に不思議な人)
剣も強くて人柄も優しい。更には作法も完璧だ。
自分は今、分不相応に幸せなのではないか。ふとそんな罪悪感を抱いてしまった。そう思うと泣きたくなってくる。
「いいのかな、私。こんなに皆から気にかけてもらって。ここにいるの、罰なのに。こんなので」
かといってわざわざ自分から不幸になる、という踏ん切りもつかない。ティアはポツリとこぼした。口に出すのがそもそも良くない。同情を買っているのではないか。
頭で分かっても耐えられなかった。
「いいんだよ、良く頑張ってるもん。聞く限り何も悪いことしてないし」
リドナーが茶目っ気たっぷりに笑う。
「それに、ガウソルさんですら、最近はあのマイラって人と仲良くしてるんだから」
そこからリドナーがガウソルとマイラの同棲を面白おかしく語り始める。かなり親密な様子がうかがえた。
「あの人、お姉ちゃんの護衛だったの」
ティアはリドナーに伝えた。少しリドナーが驚いた顔をする。
「剣の腕前も凄いのに、魔法も使えて」
姉の周りにはガウソルやルディ皇子も含めて優秀で強い人材が集まっていたのだ。自分のように一人ぼっちとはまるで違う。
「へぇ、じゃ、ガウソルさんともお似合いかも。あの人、滅法強いんだから」
笑ってリドナーが言う。
「私、あの人が、ドクジグモ倒すところ、見たよ。凄い勢いで剣が飛んで」
人間業とは思えない戦い方だった。普通、剣は手に持って敵を切る武器ではないのだろうか。
「あの人は身体能力が化け物だから。ああ見えて魔力持ちでさ、全部身体能力とか身体機能の強化に注ぎ込んでる」
リドナーが説明し口をつぐむ。
主菜の揚げた魚が何皿も運び込まれて来たからだ。
(本当にたらふく食べることになりそう)
山と積まれた魚を見て、ティアは思う。
また黙々と2人で食べる。今度は食べることに集中しないと残すことになりかねないからだ。
すべてを無事、2人は食べきってから店の外に出る。思いの外、自分が食べるので、リドナーがまた驚いていたが。
「ちょっと散歩しよう。町、案内するから」
リドナーが笑顔を見せてくれた。
「うん、ありがとう」
一人ではどこから巡って良いかもわからない。ティアはこくん、と頷いた。いっぱいになったお腹の、腹ごなしには丁度いい。
(食べ過ぎちゃった)
ティアは満足してポンポンと自分の腹を労うのだった。
魔獣の襲来を警戒してきた歴史から四囲を高い城壁で守るベイルの町。旧ティダール王国の常で神竜の石像が王都デイダムを向いて作られていた。
リドナーに古い建物や商店街を連れて回って貰う。山岳都市などと言われているが、対ネブリル地方の最前線でもあり、飢えないよう豊富な物流に支えられていた。商店街1つとってもやはり賑わっている。
「最後にあそこだな」
ネイフィやレンファへの土産まで買うのに付き合ってからリドナーが呟いた。買い物をしていてすら楽しい。
「え?」
ティアはお土産を喜んでもらえるか期待して反応が遅れてしまった。
「今日の最後は城壁の上だよ」
リドナーが笑顔で告げる。
もう時刻は夕方近い。リドナーに最寄りの城壁付きの階段へ案内された。
「わっ、こうしてみると高い」
地上とは風すらも違うことにティアははしゃいでしまう。景色も町を一望出来て楽しい。リドナーの同意が欲しくて振り向く。
とても緊張して、深刻な顔をリドナーがしていた。
「ティアちゃん」
改まった風でリドナーが切り出す。
「今日はとても楽しかった。ありがとう」
自分が言うべきことをリドナーが話し始めた。
「え、そんな、私の方こそこんなに良くしてもらって」
ゴニョゴニョとモジモジしながらティアも返した。とにかくお魚が美味しかったので、また何度でも食べたい。
「でね、やっぱり、俺、ティアちゃんのこと大好きだから。今までも俺の思いなんかダダ漏れで、出会ってからまだ数日だけど。でも、だからこそ、さ」
リドナーがなにか勇気を振り絞ろうとしている。
ティアだって年頃の少女なのだ。何を言われるのかは察しがつく。そして、つい先程まで魚料理のことしか考えていなくて恥ずかしかった。
(確かに数日だけど、でも)
思い返すのはドクジグモに襲われてリドナーが死にかけたこと。失う恐怖だ。
「ティアちゃん、大好きです。だから、正式に俺と交際してください」
自分をしっかり見て、リドナーが言い切ってくれた。
ただ大聖女レティの妹だから、と当たり前のように、意思確認もしないで婚約した人物とはまるで違うのだ。
焦らすのも躊躇うのも間違っている。
「私なんかで良ければ、ううん、私ももっとしっかりするから」
ティアはしずしずと告げてそっとリドナーに抱き着いた。我ながらなんて大胆なのかとも思うが。リドナーの反応がない。見上げると硬直していた。
「え、や、嘘。いいの?嫌われてない自覚はあったけど。時間欲しいとか保留とかそんなの予想してて。いや、ありがとう」
いつもの余裕はどこへやら、リドナーが言葉を絞り出す。見つめているとようやく微笑みを向けてくれた。
こうして2人は正式に交際を始める運びとなったのである。