251 陽動
神竜ドラコが力尽きてしまい、ガウソルも何処か遠くへと飛ばされてしまった。結果、戦えるのはマイラとジェイコブと自分ということとなった。
(だいぶ、消耗させられたとは思うけど)
リドナーは最初に見た頃とは打って変わって、各所から血を流し、鱗もところどころ剥がれているサンダードラゴンを見て思う。
「なんなんだよ、ほんと」
纏まらない思いのままリドナーは呟く。
予言者が死んだ以上、サンダードラゴンを倒せば、魔獣がこの世から消え去ることはないものの、いつもどおり日々が帰って来る。
(なんだよ、ガウソルさん。角1本で、あんな頑固にしてたのかよ)
リドナーとしては、養父のこととはいえ、もはや理解が出来ないのだった。
「このっ!よくもシグをっ!」
怒りに燃えるマイラが単独でサンダードラゴンと対峙している。追っていってしまう可能性もあったのだが、頭に血が上ってしまったらしい。怒りが良い方に作用していた。
(不幸中の幸いというか、なんていうか)
結果としては、ガウソルが吹き飛ばされたお陰でマイラの本気を引き出すことが出来た。足元にいる無力化されたドラコにサンダードラゴンがトドメを刺せずにいる。
「針炎」
縦に構えたマイラの剣から炎の雨が針のようにサンダードラゴンへ降り注ぐ。
かなりの熱気にサンダードラゴンの動きが止まる。
皆がそれぞれの形でサンダードラゴンへと激情を叩きつけてきた。
(その成果は間違いなくあらわれてきてる)
リドナーは冷静に見て取っていた。
サンダードラゴンも金色の鱗の各所に血をにじませていて、攻撃にも最初の頃のような勢いがない。
ルディ皇子の激情も、神竜ドラコの献身も無駄ではなかった。
(ガウソルさんも、大馬鹿だけど)
今更ながら、ようやく角のお陰でドラコを神竜だと理解した。
(たったそれだけで、あんな捨て身になるなんて)
ガウソルの与えた背中の傷がかなりのものらしく、マイラの魔術が付近に当たるたび、サンダードラゴンの動きが止まる。
だが、代わりにガウソルもルディもどこかへ飛ばされてしまった。強力な2人が戦線を離脱している。
「このっ!」
マイラが剣を振るって砂嵐を起こす。目眩しとしては抜群だ。
砂嵐に紛れて、距離を取るとマイラの元いた場所を電撃が襲う。さすがに戦い方の上手いマイラである。身のこなしも相まって、サンダードラゴンを完全に翻弄していた。
怒ってはいても、冷徹な戦い方に徹している。
適度に距離を取っていて、痛打を与えるには至らなくとも、自分も負傷しない。
(俺も)
リドナーは意を決した。
魔剣ズウエンの力を本来引き出すのなら、魔獣を片端から斬っていくべきなのだ。
だから、弱い魔獣も交えた乱戦でこそ、力を発揮できる。
(皮肉なもんだな)
既に戦いの趨勢は決している。
サンダードラゴン以外の魔獣をヒックスたちがほぼ仕留めたのだ。弱い魔獣などどこにも残っていない。城壁の上ですら重傷者の治療に当たるヒーラーや医師が見えるほどだ。
「後は全部、マイラさんみたいな強い人に任せてって。俺は嫌だけど」
リドナーは呟く。
既に一度、氷の巨人を呼び出してしまった。何の役割も果たせずに、一撃で破壊されているのだが。
「氷の魔剣ズウエン。かつて先代神竜と同居出来なかった剣」
リドナーは光を失った剣身を見つめる。
魔獣の血を、魔力を求めてしまう。国の守り神である神竜のものですら。
神竜に対して、恒常的に不敬で危険な存在だから、歴史の表舞台からは存在を隠されてきた。
「くっ、私も魔力が切れた」
マイラを土の壁などで援護してきたジェイコブが肩で息をしている。大技『爆炎の儀』を何度も連発してきた。
リドナーはジェイコブの渡してくれたものを懐から取り出した。純白の鱗、先代神竜のものである。ガウソルの地下室に転がっていたものだ。
魔獣由来の、魔力の塊である。
「じえい」
リドナーは先代神竜の鱗をズウエンでたたっ斬った。
喜びに打ち震えるかのように、ズウエンから青い光がほとばしる。
更には伸び上がるかのように氷の巨人が顕現した。
「マイラ、下がれっ!」
ジェイコブが声を上げた。
「げ」
マイラが驚き、3度、大きく跳躍して飛び退いた。
巨大な氷の戦士、周りの空気すら固着させるかのような冷気を放っている。
「ピィィィィッ」
小さくなったドラコが怖じけて自分の足元に縋り付いてきた。
「よく、逃げてきたな。偉いぞ」
リドナーはしゃがみこんで何とか這って来たドラコを抱き上げる。
「ギイイイイッ」
サンダードラゴンの雷光をズウエンが左手に持った盾で防ぐ。反撃に叩きつけた氷の剣。周囲の鱗が崩れていた。
「ジィッ」
サンダードラゴンが幼子のように悲鳴をあげる。
「すごいわね、あの魔剣」
マイラが羨ましげに言う。
「やめておけ。あの剣はティダールの王族にしか使えん。他の人間では自身も氷の彫像にされかねん」
ジェイコブが説明していた。2人共、肝が太いのである。
「何よ、あいつ、ティダールの王族なの?」
そういえば知らなかったマイラが呆れたように言う。
「そうだ、クレイ・ディドル殿下だ」
サンダードラゴンと戦っている自分とズウエンそっちのけでジェイコブとマイラが雑談をしている。
ただサボっているのではない。2人共魔力を消耗した上、ズウエンもまた、味方すら巻き込みやすい武具なのであった。
「ジイイイイッ」
四つ足で地に踏ん張って、サンダードラゴンが電撃を放つ。
凍傷を負わされているのだろう。痛くてしょうがないのだ。痛みから逃れたい一心でズウエンに魔力を叩きつけている。
(狙いどおり)
魔力同士の衝突でズウエンも少しずつ小さくなっていく。
冷気も失われつつあった。
小さくなりつつあるズウエンと、傷だらけで疲労し、動きの鈍くなったサンダードラゴン越しに小柄なティアが見えた。
(言われたとおり、引き付けてやったよ)
恋人に対し、リドナーは心の内で語りかける。
そして捨て身で氷の戦士がサンダードラゴンに体当たりを敢行し、無力化に成功したのであった。