25 魔獣討伐行、その後2
「いやぁ、ティアちゃんにヒールしてもらえるなんてね、ほんと、毒受けてよかったよ」
リドナーがとんでもなく不謹慎なことを言い放つ。
「なんだとっ?そのままくたばっちまえ!調子に乗りやがって!」
男性職員が色をなして言い返す。
こちらもこちらで治療院の職員とは思えないような言い草だ。ガタイも良いように見える。テックという名前だったことを、ティアは遅れて思い出す。あまり日頃からのやり取りはないのである。
だが、治療院では動けない患者や老人を運ぶことも多いので筋肉質のテックなどは重宝するのだった。
「あはは、ティアちゃんのヒールがあれば、そうそう死なないよ」
リドナーが自分に目配せして返す。
素直には頷けなかった。今、思い返してみても、あれは危なかったのだ。ティアはちゃんと怒った顔を作って首を左右に振る。
「あの、助かりました。もう大丈夫なので」
お説教をしたい。が、このままでは収拾がつかないので、ティアは遠慮がちにまず、テックの退室を促す。
「まったく、まぁ、可愛い子と話せたからいいか」
謎めいたことをぶつくさと言って、テックが立ち去った。
ティアは困惑して見送る。
「ふふっ、ああいうのがいるとさ、ティアちゃんを独占出来て、俺、幸せって思う」
これまた謎めいたことを告げるリドナー。
どう返したものか、ティアはただ困惑するばかりである。
「まぁ、こうなるんならね、また、毒食らっても良いかなって思っちゃうよ」
リドナーが懲りずに寝台から起き上がろうとして告げる。
「ダメッ、そんなのっ!」
リドナーの窮地を思い出してティアは叫ぶ。リドナーのことは、肩に手をやって、ちゃんと寝台に押さえつけるようにする。
気が気ではなかったのだ。本当に死ぬかもしれないと。ただでさえ、危なかったというのに、ガウソルからは邪魔もされて。妨害された上にもう一匹あらわれて。
「そんなこと言うなら、次は私が毒を受けるっ」
高らかにティアは宣言した。
「えっ、だめだよ、ティアちゃん。毒なんて。死んじゃうよ」
自らのことを棚上げにしてリドナーが驚いた顔で言う。この人は馬鹿なのではないか。
「ダメじゃないっ!リドナーさんだって、死にかけてた。神様は助けてくれないのっ、もっと自分で自分を大切にしなくちゃ、だめなんだよっ」
心の底から思うままをティアはリドナーにぶつける。
本当は、自分たちを置き去りにして、死んだ姉にこそ言いたかったことかもしれない。
姉のこともリドナーのことも、思い返すにつけて辛かった。姉に続いて、リドナーの笑顔ももう見られず、こんなやり取りも出来なくなるのでは、あまりに悲しい。
「分かったよ、ごめんね」
根は姉と同じく優しいリドナーが穏やかに言う。
「ただ、俺があまりに元気なのはさ、ティアちゃんがかけたのがヒールだからだろうって。お医者様言っててね。別に根拠なく身体を、動かしてたんじゃないよ」
思わぬことをリドナーが言う。
「え、どういうこと?」
ティアは首を傾げる。
「キュアだと、ただ解毒するだけ。でも、ティアちゃんのはヒールだから。傷ついたところを問答無用で治して、体力も回復してくれてる。言葉どおりに荒業だって、さ。治される方もちょっと体力が要るみたいだけど」
自分の治療にそんな効能があるとはティア自身も知らなかった。
皇都で公爵令嬢をしていたころも、稀にヒールを使うことはあったのだが。眼の前で起きた負傷を治すぐらいしか機会がなく、知る由もなかったのだ。
「そうだったんだ」
ティアはポツリと呟く。実際に、治療を頻繁に、かついろいろと実践してみないと分からないことだ。改めてヒーラーとして、歩み始めて良かった、と思う。
「その分、一回の治療に使う魔力が尋常じゃないみたいだけど。あれだけの人数を3日間、倒れることなく出来てたんだから、魔力を保有する総量も、ずば抜けてるんじゃないかって、お医者様が」
更にリドナーが言う。
お医者様、というのは医術の専門家であって、神聖魔術の専門家ではないはずだが、その先生は随分と博識なようだ。
(一度会って、話ししてみたいな)
ティアは思うも言い出せなかった。
「それでね、今、ティアちゃんの能力、お医者様とか他のヒーラーの人とかの間で話題になってるらしいよ」
驚くようなことを、またさらりとリドナーが言ったからだ。
「ええっ、そうなのっ?」
動揺を隠すことも出来ないままティアは尋ねる。
自分の知らないところで自分が話題になっているとは思わなかった。
「ティアちゃん、俺さ」
リドナーが改まった風で切り出した。
「何?」
なんとなく姿勢を正してティアも聞く構えである。
「姿勢は正してるけど、口調が、砕けてたよ」
リドナーが口元を緩めて指摘した。
「え、あ、すいません」
咄嗟にティアは謝罪した。
「いや、ごめん、いいんだよ。仲良くなれたみたいで、すんごく嬉しい」
照れくさそうにリドナーが言う。
自分もたまらなく嬉しくなった。
一人ぼっちで山岳都市ベイルに放り出されてきたのだ。昔も昔で楽な人生ではなかったが、命の心配はなく比較的幸せな方だったとも思うが。
先日も危険な場所へ行く羽目になったのに、しっかり守ってもらえて無事に帰ってこられた。
(私は本当に恵まれてる。神様になんか祈らなくたって、こんなに)
楽しそうなリドナーを見て、ティアも幸せにそう思う。
「私もリドナーさんと仲良くなれて、ほんとうに嬉しい」
親しい口調のままティアは告げた。
「リドでいいよ。そう言おうと思ってた」
リドナーが笑顔のまま言う。
「え?」
馴れ馴れしすぎやしないだろうか。思いつつティアは間の抜けた声で聞き返す。
「昔ね、俺の家族はそう呼んでた。今は親しい人間も。まぁ、ガウソルさんにもそう言ったのに、あの人は未だに俺をリドナーって呼ぶけどね」
苦笑いしてリドナーが説明してくれた。つまり親しい人として認定されたのだ。今更のようではあるが、素直に嬉しくも照れ臭い。
「リド」
試しに小声でティアは呼んでみた。
「うん」
嬉しそうに頷くリドナー。
「ねぇ、今度さ、退院したら、ティアちゃん、俺とデートしてよ」
甘えるようにリドナーが切り出した。
「えっ」
さっきから驚かされることの連続だ。
「嫌かな?」
不安そうにリドナーが尋ねてくる。
嫌ではないのでティアは首を横に振った。ただ驚いているだけだ。
「でも、私は」
難しいことを言われている気がしてしまう。
「元公爵令嬢だから?大聖女様の妹だから?」
真面目な顔でリドナーが言う。
「関係ないよ。俺には、ティアちゃんはただ可愛くて素直な女の子だから。だから口説くんだよ」
笑顔のまま自身で言ったことを、リドナーが否定した。
「そんな、こと、真顔で言わないでよ」
ティアは気恥ずかしくなって頷く。
応じるべきだ、と思った。本当にいま、新しい人生を歩んでいるのなら。
それに、本当に嫌な相手なのなら自分はもっと早い段階で拒んでいる。会うことすらしないだろう。今も話している段階で、自分も自分で語るに落ちているのだ。
「うん、私の方こそ、その、ありがとう。お願い、します」
口に出して緊張して切れ切れになりながらも、ティアはリドナーからの申し出を受け入れるのであった。