241 迎撃2
城壁の下からも雄叫びが聞こえてきた。
下は下でヴェクターが演説をぶったのだろう。人数としては守るべき地区が広いため、市街戦の方に人手を多く配置してもいた。ルディ皇子の連れてきた護衛団もそのまま参戦してくれている。
(指揮していたのが文官のジャイルズって人なのだけは腑に落ちなかったが)
恐怖で青ざめた顔をしていながらも、几帳面に1つ1つヴェクターと話を詰めていた姿をヒックスは思い返していた。
100人ほどの一団が階段を上がって治療院へと向かう。ヴェクターの姿もかすかに見えた。
(ヴェクター総隊長は治療院に詰めるのか)
妻のライカを守ることとなる。ヴェクターとしては、離れていては心配だろうから、良かったのかもしれない。
治療院に本営を置くこと自体は負傷者の治療に当たるヒーラーを守るためということで、理には適っている。大事なことだと分かるのだが、公然と妻を守る立場となれるヴェクターが、ヒックスとしては羨ましかった。
階段を急ぎ上がっていく一団をヒックスはなんとなく見守る。
(いかんな)
敵である魔王級の魔獣が町の外、視認できる範囲にいるのだ。2日前からのことである。自分の中で、何か慣れてしまってはいないか。
「矢が、竜に効きますかね。サンダードラゴンだけじゃなくて、飛竜まで何匹かいるって話ですけど」
小麦色の髪をした弓手のブレントが強張った顔で尋ねてくる。矢を当てる技量には間違いがない。狩人上がりであり、魔獣との命のやり取りにも慣れている。
「効くやつにだけ、射ればいい。あとは魔術師たちもいる。自分で全部を解決しようとすることもないさ」
ヒックスは自らに言い聞かせるのもかねて、ブレントに答えた。
自分の目の前に、どうにもならない相手が来てしまうことも、乱戦では起こり得る。怖くないわけが無かった。誰だって同じだ。
(英雄の1人や2人は欲しくなるよな)
全力を尽くしてなお、敵に敵わないとき、救いの手が差し伸べられることがどれだけ有り難いか。
ヒックスは元上司のことを思い出してしまう。
(あの時はイワナゲグマやら熊やらしかいなかったが)
当時の守備隊の戦力でロックウォリアーを持て余した。
自身も向き合わざるを得なくて絶望した時、ガウソルが殴りかかったのである。
本人は助けるつもりもなく、今、思えば大物相手に暴れたかっただけなのかもしれない。
(だったら、今回だって)
もし、まだ山岳都市ベイルの近くにいるのなら、今までのいざこざがあっても、魔獣と戦いたいというだけのことで、来てくれる可能性があるのではないか。とにかく魔獣との戦いが生き甲斐なのだ。
「分かりました」
ブレントが何度も頷いて敵をまた見据える。
自分は自分の出来る範囲でしか、周りの力にはなれない。ヒックスもまた敵を一瞥しつつ、城壁上の味方を注意深く見回す。
サンダードラゴンが大きな翼を羽ばたかせて宙に浮かんだ。間違いなく山岳都市ベイルの方へと向かってくる。他の魔獣も付き従って、三々五々、宙に浮かんで近づいてきた。木々で見えないながら、地上からも近づいてきているのだろう。
「来るぞおっ」
真っ直ぐに向かってくるような気配を感じて、ヒックスは怒鳴る。
空には何の障害物もない。
飛ぶのが速い小型の鳥型魔獣が先陣切って突っ込んできた。城壁の上に至るや、矢のように急降下してくる。
ヒックスはすかさず矢を放つ。1羽を直撃するも雷を纏っており、矢を弾かれてしまった。
(ならば剣で)
斬れなくとも、突撃を躱してから、無防備なところを叩き殺す。
ヒックスは思っていたところ。眼前の1羽が横合いから飛んできた火球によって、炎に包まれる。
トレイシーたち魔術師の放った火炎球の魔術だ。
ジェイコブの薫陶により、山岳都市ベイルの魔術師たちも技術がかなり向上したのだという。特に下級魔術の速射が格段に上手くなった。
サンダークロウを次から次へと撃ち落としていく。
だが、絶対数が多い。何匹かを見送るしかなかった。市街地にも味方はいるのである。
「グオオオオ」
唸り声とともに飛竜が数匹、城壁に着地した。翼に鋭い牙を持ち、火球ぐらいは吐いてくる。全身を青い鱗で覆われ、防御も硬い。
着地したのが魔術師の位置に近かった。ペイトンたちと乱戦になっている。
「鱗の隙間を狙えっ!」
ヒックスは誰にともなく怒鳴る。
一撃のもとに仕留めるのは難しい。傷を負わせて血を失わせ、弱らせるしかないのだ。
(くそっ、こんなところにサンダードラゴンなんて来れば)
ヒックスは歯ぎしりしつつ、降下してきたシャドーイーグルに矢を放つ。
始まったばかりだというのに、ギリギリの戦いになりつつあった。
「ホーリーライトッ」
飛竜のうち1頭が白い光に頭を撃ち抜かれて絶命した。
ビョルンの神聖魔術だ。味方の中からは歓声があがる。
「でかした」
ヒックスはビョルンに近寄り肩を叩く。
「すいません。でも、まだ連発は」
額に汗を浮かべてビョルンが言う。
「分かってる。撃てる時に撃てばいい」
ヒックスもペイトンらに肉薄している飛竜の1頭に矢を射掛ける。
「おっと」
また、シャドーイーグルが急降下してきた。
ビョルンと2人、左右に転がって逃れる。着地したそのシャドーイーグルに別の味方が斬りかかっていた。いちいち名前と顔を思い出している余裕もない。
乱戦なのだ。
ふと、ヒックスは城壁の外に目をやる。
(見なけりゃ良かった)
サンダードラゴンがせせら笑うように地に立っていたからだ。
手下どもの戦いを高みの見物と決め込んでいるかのよう。
いつでも自分の好きな頃合いで、山岳都市ベイルなど滅ぼしにかかれるのだと思い知らされているようでもあって。
ヒックスはそれでも眼の前の敵に集中せざるを得ない。
「焦るな、気にもするな。死んだらそれまでだ」
ヒックスは自らに言い聞かせる。
どれだけ優勢に進めていても、即座に戦況を覆されてしまうのではないか。
誰だって思うことではある。目に入る仲間たちもサンダードラゴンに気づいた者は皆、一度はギョッとしているのだから。
「あの大物に、高みの見物を決め込んでたこと、後悔させてやるぞっ!」
更にヒックスは周囲を鼓舞し続ける。本当はこのまま高みの見物をしてくれていた方がいいのかもしれない、と内心では思いながら。