24 魔獣討伐行、その後1
「まったく、可もなく不可もなく、だって?どの口がそんなことを言うんだいっ、あいつは」
山岳都市ベイルの治療院。院長室にて、院長ライカがティアに告げる。魔獣討伐から帰還し、既に3日が経っていた。
『あいつ』というのはガウソルのことだ。
「すごく、目の敵にされていたから、それぐらいで済んで、むしろ良かったです」
苦笑してティアは告げた。
(本当は済んでないけど)
掴み上げられているのだ。だが、自分の周りはみんな優しい。だから、不満も怒りも抑えようと思える。なんならあれだけ嫌われていて『可もなく不可もなく』ならば、突けるところがなかったということで、褒め言葉ぐらいに思えてきた。
「あぁ、本当に苦労をかけたね。まぁ、ヒックスから秘匿で報告を受けてるよ。あいつはマメな男だからね」
ライカが一束の書類をヒラヒラとさせて言う。
渡してくるので、ティアも軽く目を通してみた。
「これ、すごい」
3日間の討伐行での、自分が行ったヒールの記録だ。あまりに克明かつ丁寧であることに驚く。誰がどんな負傷をし、自分のかけたヒールでどの程度回復したかが、事細かに記録されている。
「初めてだってのに、よく頑張ったね」
底抜けに明るい笑顔でライカが労ってくれた。
「誰が何と言おうとね、あんたはたくさん、治して助けた。それが揺るぎない事実だよ」
あまりに、暖かい言葉にティアは涙が溢れそうになる。リベイシア帝国の皇都に住んでいたころ、特に姉の死後は褒められることなどなかった。
「でも、私のせいでリドナーさんが」
ただ手放しで喜んでばかりもいられない。反省すべき点や改善すべき点が自分にはいくらもあるのだとも思う。
現にガウソルには辛く当たられた。今でもなお、リドナーの負傷についても責任を追及され続けてもいる。
「その件はむしろ、剣士がヒーラーを守るのが当然さ。逆にあんたがやられて、リドナーが無事だったとして、誰があんたを治すんだい?」
言われて腑に落ちる部分もあった。曖昧にティアは頷く。
「リドナーのやつも、そのつもりでね。下心丸出しであんたにくっついてたんだから、気に病むんじゃないよ」
下心丸出し、というライカらしい言葉につい、ティアは口元が緩んでしまうのを感じた。
それにライカからは一貫して優しい言葉をかけてもらえている。しつこく言い募るのも間違っていると思えた。
「あんたの働きには微妙かもしれないけど、特別手当と希望を出せば有休が取れるからね。レンファ辺りに、休みたくなったら申請しておきな」
最後に事務的なことを言われて、ティアは院長室を後にした。
特別手当と有休、というのは素直に嬉しい。働いて、生まれて初めて得た対価だ、ということもある。生活するのに、寮住まいで食事も出るので不便はないのだが。洗濯や掃除なども、相部屋のネイフィがよく指導してくれる。休暇というのも楽しんでみたい。
(少しは私も、慣れてきた、と思うんだけど)
それとは別に、ベイルでの生活を余裕が出たなら楽しんでみたい、と思うようにティアはなっていた。
「あ、そうだ、リドナーさん、大丈夫かな」
ドクジグモの解毒には成功したものの、治療が遅れたことで消耗も激しかった。今は、『絶対安静』ということで治療院に入院中なのだ。
ティア自身も何度かお見舞いはしていた。なお、ガウソルも来ていた様子ではある。鉢合わせなくて良かった、と心の底から思う。
(そもそも自分のせいなんだから、当たり前)
思い出すにつけて腹が立つ。ティアは一連の態度にだけ、ガウソルを恨んでいるのではない。
祈りを強要された。絶対に祈りたくないのに、だ。
(それに、祈る必要もなかったのに)
言い訳すらさせてもらえなくて、呼吸もとても苦しかった。殺されるのではないかと思ったほどだ。
本気でリドナーを救いたかったのなら、なぜヒーラーである自分の言葉に耳を傾けてくれなかったのか。
(私にまったく問題がなかった、とは自分でも思わないけど)
ティアは考え込みながら、自然とリドナーのいる入院病棟へと向かう。青い外壁の爽やかであり、きれいな印象を与えてくれる建物だ。入院患者への心配りが清潔な印象から感じられて、ティアは好きだった。
(私には、ヒールしかないもの)
ティアは考えながら俯いて歩く。
ガウソルが自分の話を聞かなかったのは、自分をヒールしか出来ない、その程度の人材だと侮ったからだ。
(下品な言い方だけど、私、舐められたんだ)
リドナーがそんな言い回しを使っていた。守備隊は舐められたら駄目なのだ、という。
舐められないようにするにはどうしたらいいのか。
(それは腕を上げるしか、ないんだけど)
確かに使える神聖魔術の種類を増やすのは分かりやすい答えだ。
だが自分は、神に祈って、神頼みのようなことはしたくないのである。
考え込みながら、入院病棟の入り口にて入室の手続きをなんとなく済ませた。自分でも驚くぐらい、ヒーラーであることに不満はない。治して喜んでもらえると素直に充実感を得ることが出来た。
(だから、私、ヒーラーとして成長したい)
そのために自分は何を身に着けていくべきなのか。
ティアは考えながら、リドナーのいる病室へとたどり着いた。なんとなく答えを得られたかな、と思うところで立ち止まる。
「あっ!」
ティアはリドナーを見て声を上げる。
『絶対安静』であるはずのリドナーが、平気な顔で腕立て伏せをしているのだ。昨日今日で許可がおりるはずはない、とティアは思う。
「ダメですよ、動いちゃっ!」
ティアは慌ててパタパタと駆け寄りつつ叫ぶ。
声を聞きつけて、入院病棟の受け持ち員も駆け寄ってくる。まだ若い男性職員だ。
「またアンタかっ!性懲りもなくっ!」
怒った顔で男性職員がリドナーを引き起こし、寝台に寝かせた。
「もう大丈夫っ、ティアちゃんのおかげですっかり元気なんだから」
満面の笑顔で言い放つリドナー。
「まったく、うちで一番人気のヒーラーに言い寄ってるだけでも気に入らねぇのに、何してんだ!」
男性職員が怒鳴って応じる。
「あっはっは、羨ましいだろ」
哄笑してリドナーが言う。
この2人は何を戯れているのだろうか。
(なに、その私の恥ずかしい称号)
『一番人気』だ、などと恥ずかしいことこの上ない単語は一体どこの調査から飛び出してきたのかも気になる。
頭の痛みを感じて、ティアはため息をつくのであった。