23 再会2
「はあ、いや、こんな美人さんが、うちの隊長とですか。若いのに女っ気がない人だとは思ったもんだが」
戸惑いもあらわにヒックスが言う。
やはり、ガウソルもずっと、自分たちのことを待ってくれていたらしい。両想いなのだ、きっと。
「妙な勘繰りはよせ、マイラが迷惑する」
だから、ガウソルのこの言葉は照れ隠しだ。
5年も探していたのだ。好意など筒抜けで気づかれてしまったに決まっている。
(やっぱり、いざ会ってみても、私の気持ちは変わらないんだわ)
最初はただ、飛竜の群れを相手に猛獣のように格闘する甲冑狼の一人としか見えなかった。猛然とした戦いぶりは死への突撃をしているようにすら見えたものだ。
大聖女レティとともになんとか落ち着かせようとするも、次から次へと飛竜に囲まれては相討ちのようになって討ち死にしていく。自分たちも戦闘に巻き込まれてしまう中で。
(話ができたのはシグだけだった)
まだ若くて魔力量も人並み以上に多かったからか。割合に冷静さを保っていた。話を聞いて、一旦落ち着くと、邪竜王を討たねば終わらない、ということも理解してくれたのだ。
(そう、当時、あの人達は、果てしなく飛竜が襲ってくるただの災害だとしか分かってなかった)
神竜を失った、喪失感もまた混乱に拍車をかけたのだろう。今となってはティダールの王族や有力貴族達がどこにいるかすら分からない。
あの王都を支えていたのは甲冑狼たちの存在だったが、それも今となってはガウソルしか生き残っていないのだ。
(いざ、意思疎通が出来ると、仲間意識をすごい大事にしてて、私もレティ様も)
鎧を身に纏ってどんな危地にも物怖じしない。
何度もガウソルには、助けられた。
「そんな感じはしませんが」
じろじろと自分を眺めてヒックスが告げる。
(余計なこと、あんまり言うと消し飛ばすわよ)
マイラはヒックスを睨みつけてやった。
ガウソルへの好意を自分とガウソル以外から知らしめられるわけにはいかない。
「て、そこの若い剣士君、大丈夫なの?毒を受けたみたいだけど」
とっさに他の話題を思いつけなくて、マイラは足元でヒールをティアからかけられているリドナーを見下ろして尋ねる。
名前を口にするのは憚られた。当然、養子だということはもう知っている。浮気ではない、ということも調べはついていた。
「そうだ、リドナーッ!」
ガウソルが慌てて動き出すや停止した。
毒を受けて死にかけているはずのリドナー。意識こそ戻らないものの、呼吸が落ち着き、顔に生気も戻っている。
「なん、だと」
ガウソルが呆然として声を上げる。
「ヒールで解毒している?いや、まさか」
知ってはいても、いざ近くで目の当たりにするとマイラも驚くべきことだと思う。
通常、解毒を為す神聖魔術はキュアのはずなのだから。
ただ、さりげなくガウソルの隣に立つことは忘れない。ずっと狙っていた立ち位置なのだ。こうなった以上、誰にも譲るつもりはない。
「貴様、なんで黙っていた?」
ガウソルが怒る。ただ、さすがにティアにとっては理不尽だろう。そもそもティアに出来ることを一切確認していない。興味も示さず頭から否定している。
(まぁ、この人らしいけど)
愛しさを込めてマイラは思う。指揮官など向かないのが甲冑狼の面々だった。何かあれば自分1人で勝手に頭から突っ込んでいくのだ。
(私は好きだけど、まぁ、好きじゃない人には辛いかしら?)
ティアが返事も報告も出来るわけもない。ガウソルに胸ぐらをつかまれていて、対処が遅れた。遅れた分を魔力をつぎ込むことで補ったはずだ。今は疲れ切って、すうすうと穏やかな呼吸をするリドナーの胸板に汗だくで突っ伏している。
(それにしても、不思議よねぇ。一旦、ヒールで放出した魔力を後で操作してるってこと?)
マイラはティアとリドナーを見下ろして言う。
ヒールを使っていたのは間違いがない。放っていた魔力光の色で分かる。ヒールが緑、キュアが黄色なので一目瞭然なのだった。
「だって、シグ、あなた、胸ぐら掴んで喋れなくしちゃってたじゃないの」
苦笑いしてマイラはガウソルに言う。喋れなくしておいて祈れ、と強要していたので、面白くてしょうがなかった。
「ん、あぁ、そうだったかもしれないが、しかしな」
恥ずかしそうに頭を掻くガウソル。取り乱した姿も可愛かった。
言いかけて、さすがにマイラは口をつぐむ。
「まぁ、無事で済んだんだな、本当に良かった」
ほっと胸をなでおろしたようにヒックスが言う。他の隊員たちもビョルン始め、同じ気持ちらしく、ウンウンと頷いている。
「そう、だな。だが、そもそも」
ティアを庇ったことでリドナーが毒を受けたことを言いたいらしい。確かにマイラも見ていた。
「それは言ったら野暮よ、シグ」
マイラはそっとガウソルの硬い武骨な手を握って告げる。
「もし、毒を受けかけたのがあなたなら、私も同じことをしていたんだから」
絶対に突き飛ばしてでも身代わりになろうとした。人を思うというのは、そういうことだ。
頬を熱くさせて、言い足した。我ながら少し積極的過ぎるだろうか。だが、ずっと魔法剣士として、魔術も剣術も手を抜けない、武張った生活をしてきた。容姿も細身で、整っている方とも思うが、女性らしい膨らみに欠ける。
(でも、長く会ってなかったのよ?一気にいかないと)
何をどう行くのか、自分でも分からないのだが。
「まぁ、俺も逆の立場で、マイラが狙われてたら同じことをするな。いや、お互いに何度かそんなこと、なかったか?あの時分は」
事もなげに言い返されたガウソルの言葉。
マイラは更に赤面させられた。他の部下たちからも呆れているような、生温かい眼差しを注がれてしまう。
(これはもう、確定でいいんじゃないかしら)
一体、何がだろうか。自分で思い、すぐに指摘した。
「とにかく助かったな。ビョルン、何人か元気なやつらで担架作ってこの二人を運べ。だが、いちゃつくようなら放り投げて捨ててこい」
ガウソルが指示を飛ばす。
「隊長、人のこと言えるんですかい」
ぼそっとヒックスが零すのであった。