227 誘拐犯交代
ドラコを呼ぶと決めたものの、ティアも具体的にどうすべきかは知らない。
しばし部屋の中に座り込んで思案する。
(考えたって、私にはヒールしか出来ない)
ティアは結論づけた。そして魔力を両腕に纏わせて練り上げる。
部屋の中には自分しかいない。ヒールをかけられる相手も自分しかいないのであった。
「ドラコ」
ティアは自分自身を腕で掻き抱くようにしてヒールをかける。
自分自身に魔力を流して集約し、さらに頭の上の方から上に向かって放出していく。とりあえず山を下ってきたので、ドラコたちは自分から見て上の方にいるだろうと、安直な発想である。
「ドラコ、私の場所、この魔力で分からないかな」
ティアは外にいる人々に聞こえないよう囁く。
魔力の続く限り、放出し続けようと思っていた。
どれだけ魔力の放出を続けたのか。視界が霞んでふらつくようになってしまった。
自分でも初めてのことであり、加減など分からないのである。
「ほう、大したものだ」
馬鹿にするような声をかけられる。
ティアはさらに身体から魔力を絞り出そうとしているところだった。
ヒールしか出来ないのに魔力を残しておいても意味が無いと思ったのだ。
「捕まってなお、魔力で神竜を引き寄せようとするとは」
立っているのは赤いローブの男だった。予言者と名乗り、ベイルで魔獣を暴れさせた男だ。
「なんで、あなたがこんなところに」
自分の声が掠れていることをティアは否が応でも意識させられてしまった。恐怖を本能的に感じているのだ。攫ったのはディオンとスタッダである。この予言者とは別の集団なのだろうか。
今、ここで魔獣を呼ばれれば自分などたやすく殺されてしまう。ドラコが近くにいない今、抵抗する術など何一つ持ち合わせていない。
「あなたも今、察したとおり、あなたの泣き所は自分では戦う力を何一つ有していないという点だ」
まるで考えを読んでいたかのように予言者が告げる。
「私の考えてること、読めるんだ」
今更、何を言われても驚くことはない。魔獣を何も無いところから呼び出すような相手なのだ。
あえて動揺も見せず端的にティアは告げた。
「まさか。私のような魔獣使いにそのような力はありません。ただ考えたのです。魔獣を操れる私が、神竜も何もいないあなたの前にあらわれたとき、果たしてあなたが何を思うのか、をね」
くっ、くっ、とローブの内側から笑い声が漏れ出してきた。
「嫌な感じ」
ティアは相手を睨みつけて告げる。
「全部、掌の上って、それをわざわざ言いに来たの?」
ティアは挑戦的に告げる。
生意気な物言いで自分より強者の不興を買うかもしれない話し方だった。
(でも、今の私なんて、どんな態度をしたって同じ)
ティアは半ば開き直ってしまったのだった。
(だったら気に入られようとも思わない)
構わずにドラコを呼ぶことに専念したほうが賢明かもしれない。予言者の口振りでは上手くいっているようなのだから。
だが、敵と分かっている人間に眼の前で話しかけられていて、集中力を維持できる自信がティアにはなかった。既に視界も覚束ないのだ。
「迎えにあがったのですよ、私は。『神竜の巫女』様」
馬鹿にしているような恭しさで予言者が言い、自分に向かって頭を下げた。
「嘘つき。私なんかに丁寧な話し方するのも、わざとらしい嫌がらせで腹が立つ」
ティアは唇を引き結んで答える。飛びそうになる意識を懸命に繋ぎ止めていた。
「あなたこそ、我々の目的も何も知らぬまま、なぜ敬意が偽物と決めつけるのですか?」
冷静にわざとらしい悲しさを見せて予言者が言う。まるで幼子に言い聞かせるかのような言い方だ。
「知らない。町を魔獣に襲わせるような人の考えてることなんて」
ティアは相手の見えない顔を睨みつけて告げる。
(ディオンって双子とこの人たちは別物なの?)
睨みながらも疑問に思うのだった。わざわざ攫わせておいて、更に『迎えにあがる』などと言うだろうか。
「我々も試行錯誤だったのですよ。このままネブリルの中で生きていくしかないかと覚悟を決めていたぐらいですから」
肩を竦めるような仕草を見せて予言者が言う。
「最初は魔獣の動きがおかしいことに気づきました。調べてみると神竜様が生まれていらっしゃるではないですか」
確かにフクロドラゴンやシャドーイーグルの襲撃とそれ以降ぐらいから、襲撃のされ方が変わっていたかもしれない。
もともと戦いに疎いティアとしては漠然としかわからないのだが。
「そこに『神竜の巫女』もいて、クレイ王子殿下もいて。我々にとって必要な方々が次々と揃っているではないですか。少々の試しもしましたが、ご無礼はご容赦ください。私達のところへ殿下は陛下として、あなたはその妃として来て頂きたいのです」
赤いローブの内側でどんな顔をしてこんなことを言うのか。予言者の男が勝手に自分たちの未来まで決めつけようとする。
(リドのことは好き。でも、なんであなたにそんなことまで、私達の未来まで決めつけられなくちゃいけないの)
ティアはただ答えずに睨みつける。
「あなたは誰にも何にも祈らなくていい。以前に申し上げしたが、あなたは祈れば大聖女級の人物だ。祈らなくとも神竜様の母とも言うべき巫女様だ。どう転んでも価値のある方なのですよ」
自分のことを褒め称えてくれる予言者。
だが、とうとう耐えきれなくなったかのように、身体を震わせて笑い始めた。
「リベイシアはとんだ人材を無償で寄越してくれたものだ」
予言者が嘲るように言うのであった。
「お祈りを強制されようとされまいと、私はあなた達になんかついていかない。どっちみち、祈らないもの」
ティアははっきりと言い切ってやった。
「クックック、しっかりとした御方だ。素晴らしい。あなたと殿下の組み合わせならば、我々は崇め奉ることになんの支障もない」
これほど褒められても嬉しくない相手もいない。
「殿下もあなたがいらっしゃるならば、大人しくついてきてくれることでしょう。神竜様も同様です」
言われてティアは思い至ってしまう。
(このままじゃ、私のせいで、リドとドラコまでこの人たちの思い通りにされちゃう)
では自分がいなければいいのではないか。
(たとえ、舌を噛み切ってでも)
きっととても痛いのだろう。ティアは覚悟を決めようとした。
「いけませんね。忘れましたか?あなたがいなければ誰が神竜様を育てるのですか?」
誤りをたしなめるかのように予言者が言う。
「あっ」
ティアは無防備な声をあげてしまう。
(私、死ぬことも出来ないんだ)
当然のことをよりにもよって敵に気付かれてしまった。
追い討ちをかけるかのように、大きな物音が響いてくる。
「なにっ?」
ティアは辺りを見回した。
「あなたをお連れするために、私の同胞が時間を稼ごうというのです。では、行きましょう。巻き込まれないために」
ティアは抵抗する間もなかった。
扉が大きな猿型の魔獣に、叩き壊される。自分は予言者に抱えられていた。
「放してっ!やだっ!」
叫ぶも答えなど与えられるわけもない。
ティアは再び連れ去られてしまうのであった。




