225 内通者1
人目をさほど気にしなくてもいい。一方でどうしても魔獣に小屋ごと襲われるのではないかという危機感が拭えなかった。
ここはネブリル地方なのだ。
(本当にいいのかよ、こんなことして)
スタッダは当たりをつけておいた、『ガウソルの開拓地』とでも呼ぶべき集落にいる。小屋を1つ借り受けていた。ただし、家主も一緒に、だ。
「まさか、あんたがここに隠れ家を作ってるとはなぁ。おまけに協力までしてくれるとは思わなかったなぁ」
のんびりとした口調でディオンが言う。
広くはない木造の一軒家。最奥の部屋にティアを押し込め、自分たち双子と協力者の3人で居間にいる。
(あの部屋。なんだってあんなのをあらかじめ作ってたんだ?)
ティアにいてもらうのは、窓も出入り口も1つずつしか無い部屋だ。まるで閉じ込めるために設けられたような部屋だったことが引っかかる。
一度は魔法剣士マイラとガウソルが探りに来たものの、大人しく帰っていった。ただの好奇心だったらしい。
(あの2人なら、勘付かれたとしても平気だって、ディオンは言うけどさ)
スタッダとしては不安でしょうがない。いざ襲われればティアを守ることはおろか、自分たちだって、たやすく殺されてしまう。
(それにこの男だって)
協力者の顔をスタッダは一瞥する。見返される前にすぐに視線を戻す。
「なに、私もいろいろ備えておきたくてね。仲間たちの役に立てて良かったよ」
ハリソン改めジェクトが穏やかに告げる。
同じ討伐部門第1部隊の隊員、いわば同僚だ。長身だが特徴のない男であり、特別目立つ存在ではなかった。せいぜい少し魔獣に詳しいぐらいか。
(でもそれだって、ジェイコブさんほどじゃなかった)
なにやかやとうんちくを披露する程度だった。同じ分隊にいたイーライとよく行動をともにしていて、最近では円盾などを持ち始めている。
(それがなんだって、こんなとこで偽名使って入り込んでるんだよ)
通常の任務や生活をどうしていたというのか。移動するだけでも丸一日半はかかる場所だ。
「ここには守備隊をいつか引退したら、第2の人生で住み込むつもりだったのさ」
町を魔獣から守るのが第1の人生で、魔獣の巣窟を開拓することを第2の人生としたいらしい。あまりの義侠心に感動して涙が溢れ出そうだ。
(なんだよ、その胡散臭い話)
スタッダはまるで信用できず、当然に怪しんでいた。
だが、ディオンのほうが背に腹は代えられない、と協力を依頼したのである。そして、ジェクトのほうは顔色一つ変えず快諾してくれたのであった。
(大丈夫なのかよ、こんなやつを信じて。自分たちとティアちゃんの身柄を預けて)
協力を迷いもしなかったことが、スタッダにとっては極めて疑わしい。
一緒に守備隊として仕事をしているときには良かった。口の減らないイーライなどよりも余程信用ができると。だが、今となっては裏表のなさそうなイーライの方が人としては良いのだと思う。
「俺等じゃ、今からあの2人に取り入って小屋を立ててもらうってわけにゃあ、いかねえからよぉ」
ディオンが口調とは裏腹に焦っている。
生まれた直後からずっと一緒にいるスタッダにはよくわかった。
(本来なら、俺達、裏切り者を探してるはずだったってのに)
裏切り者を炙り出して、足下を硬めてから大胆な手段に出るべきだった。今は、どう足をすくわれてもおかしくはないような危うさを感じる。
エフィルス山道でのルディ第1皇子の暴れっぷりを実際に目の当たりとし、ディオンが予定を変えたのであった。
「あの殿下が本気出したら、ティアちゃんを町のどこに隠そうとすぐに見つかって、連れてかれちまう」
特に危惧していたのは敵が出てくるより先に矢を放つ技能だ。『予知能力でもあるのかもしんねぇ』と掠れた声で呆然と呟く姿をスタッダは思い出すことが出来る。
「我々としても、ティア嬢を、神竜様をリベイシア帝国の奥地にまで連れて行かせるわけにはいかないからね」
ジェクトが安楽椅子に腰掛けたまま告げる。
家具だけは1人分しか無い。寝台も同様であった。
「我々、って、あんたはティアちゃんの親衛隊じゃねぇだろ」
思わずスタッダは口を挟んでいた。
何か強烈な違和感をジェクトの言動に覚えてしまったのだ。
「おい、やめとけ。そんな揚げ足取りは」
険しい口調でディオンが自分をたしなめる。
「信用できねぇ。こんなおあつらえ向きに、小屋まで準備して待ってるなんておかしい。我々って、誰のこと言ってたんだよ」
スタッダは涼しい顔をしているジェクトを睨みつけて問う。
ニヤニヤと笑っているジェクト。
こんな表情は守備隊のときには見せていなかった。
(今までの態度も何もかも、偽名とかそういうのだったんじゃないか)
否応なく、スタッダは疑問を抱いてしまう。
「そりゃ、俺達のことだろうよぉ。討伐部門の仲間だろ。オメェは大人しく」
ディオンがジェクトの代わりに答える。話を止めさせたくてしょうがない様子だ。
「そいつはおかしい。神竜様のこともティアちゃんへのこともどっか不敬だ。守備隊の話し方じゃねぇぞ」
スタッダはさらに兄とジェクトとを見比べて告げる。
「ティアちゃんを隠すんにゃ、ネブリル地方が一番いい。多少のことは目ぇつぶるしかねえだろうよ」
やはりディオンが焦っている。
「あの皇子、近くに置いといたらなんでも見つけっちまうぞぉ」
ずっと兄に判断も何も任せておけば良かった。自分で考えることを止めて、何年が経ってしまったのか。
(俺のせいでもある。これは)
スタッダは思うのだった。




