22 再会1
かつて大聖女レティの護衛を務めていた魔法剣士マイラは、ようやくシグロン・ウィーバー、今ではガウソルと名乗る男の前に姿をあらわすことができた。実に5年ぶりの再会だ。
様々な思いが自然と込み上げてくる。
(良かった。丁度よく、危なっかしい場面になってくれて)
懐かしい仏頂面を前にした喜びのあまり、マイラは不謹慎な思いを抱くのだった。
「マイラ?魔法剣士の、あの?久し振りだな」
ガウソルが目を細めて言う。まだお互いに少し態度が硬い。最後に会った時の自分たちはこうではなかった。
(何よ、その他人行儀。可愛い)
それでも相手もまた再会を喜んでくれている。間違いのないことだ、とマイラには分かった。目を細めているのは内心で喜んでいる時の癖だ。
そういうことも分かるぐらい、実際に共に過ごした時間は短いものの、濃密な時間だった、とマイラは思っている。
「いくらあなたでも、生身で毒を受けたら危険よ?」
込み上げてくる万感の代わりに、マイラはガウソルの頭頂から爪先までをじっくりと眺めて告げる。別に凝視をしても恥ずかしくはない、話の流れのはずだ。鎧を着ていないことを、確認しているに過ぎないのだから。
「あぁ、そういえば、それもそう、か」
群青の軽鎧と制服しか身に着けていない自身の状態をようやく認識したガウソル。あまり表情が動いていないが、内心では色々考えているだろう。
(この少し抜けているところがいいのよね。私がいてあげなきゃ、って思わされちゃう)
顔には出さず、なんとも惚気けたことを考えてしまうマイラ。なんとしても顔にだけは出さないよう死守する。
周りにいるヒックス始め、ガウソルの部下たちは思わぬ展開に思考が停止してしまったらしい。ただ自分とガウソルとを見比べるばかりで。
(まぁ、リドナー君は大丈夫よね。ティア様、ドクジグモの毒なら、何度か解毒出来てたし)
マイラは足元で輝く緑色の光を見て思う。
ここ数日、ガウソルだけではなくティアのことも気にはかけていた。治療院にもこっそりと、足を何度かは運んでいる。聖女としてはともかく、回復役のヒーラーとしては悪くなかった。
だから、今は自分とガウソルのことにだけ集中していればいいのだ。ずっと伝えたい言葉があって探してきたのだから。
「ずっと、探してたのよ?私、シグのこと、ほら、その、うん、生きてるって、信じていたから」
だが、いざ面と向かって話すとなると、決定的な言葉を口に出すことは出来なかった。出鼻から告白してしまうつもりで長年いたというのに。想定訓練も何度も重ねてきたのだ。
(あぁ、もうっ、私の意気地なしっ)
そしてマイラは本当は頭を抱えたくなるぐらい自分にうんざりした。想定訓練は早くも崩壊したのである。
「そうか。そういう人間がいてくれると、俺もなにか報われた気がする。マイラが生きててくれて良かった。生存は信じてたから、ずっと、気にかけてた」
悶絶する自分とは対照的に、さらりとガウソルが告げる。
(良かった、姿を素直に見せて、良かった)
ずっと気にかけていた、などほとんど愛の告白ではないか。マイラは思わず動き出しそうになる身体を理性で抑え込んだ。本当はとっとと抱きつきたいのである。
「えーと、魔法剣士さんは、その、どちら様で?あと、シグってのは、うちの隊長のことですか?」
ヒックスという、ガウソルの比較的、年嵩の部下が尋ねてくる。赤毛で弓矢もよく遣う。副官のような立場であり、マイラもガウソルの未来の妻として、いの一番に名前と顔をこっそり覚えた。
(でも、だめよ、マイラ、今は知らないフリよ。ずっとしばらく様子を確認してたなんて、変態の極みよ)
知ったかぶりをしないよう、変態の極みマイラは改めて自らを戒めるのだった。さすがに紹介される前から部下の名前やら何やらを把握していてはおかしいだろう。
「ええ、シグロン・ウィーバー。あなたたちの隊長、ガウソルがね、昔は、私といた時は、そう名乗ってたから」
マイラは微笑んで説明するに留めるのだった。
「そういえば、狂化装甲、着てないんだった」
また、ガウソルがとぼけたことを呟く。自分たちのやり取りにはあまり気を向けていない。
ティダール王国の精鋭兵士『甲冑狼』だったのがガウソルの過去である。ドクジグモを、投擲した片刃剣で仕留めてしまったように、身体能力強化魔術の遣い手が集まっていた。
(魔獣たちと生身で格闘戦が出来るぐらいの、化け物揃いだったものね)
ドクジグモと素手で渡り合ってもガウソルなら勝てるだろう。
(毒を食らっても数日、寝込むだけで治しちゃうかも)
マイラはかつての甲冑狼たちの暴れぶりを思いだす。飛んでいる飛竜に飛びかかり、組み付いては殴り倒し、蹴り倒し、としていたものだ。100名と少ししかいなかったのに、飛竜の群れだけなら圧倒していた。狂化装甲という特殊な共通の鎧を着込んで暴れ狂う姿を、今でも克明にマイラも思い出す。身体を投げ出して暴れ続けるので、真っ先に死んでいく集団でもあって。
(その代わり、あの状況で、一般人の犠牲は驚くぐらい少なかった)
ガウソルだけでも今、生きていてくれているのが奇跡のように思えるほどだった。
「倒せても毒にやられちゃうんだから」
重ねて、マイラは肩をすくめて告げる。さすがのガウソルでも毒をまともに吸ってしまえば体組織が中から壊されてしまう。数日間は体内で破壊と再生を繰り返し続けることとなる。
「はぁ、隊長、妙な名前だと思ってましたけど、改名したんですかい」
妙な納得のしかたをするヒックスたち。他には若い兵士のビョルンもいる。
ガウソルたちがネブリル地方入りする前からマイラはずっと尾行していたのだ。野獣のように鋭敏なガウソルに気づかれぬよう、距離を置いて細心の注意を払って。
「気分をな、変えたかったんでな」
当たり障りのないことを言うガウソル。
マイラも特に言い足すことも出来ない。ガウソルが自らの過去についてどこまで明らかにしているのか未知数だからだ。
(それこそ、甲冑狼にいたことすら、話してないんじゃないかしら)
もし話していたなら、もっと違う立ち場で人々から頼られているはずではないか。
マイラも大聖女レティとともに、その護衛として、ティダール王国の王都デイダムでの戦いに参戦した。そこで当時、同い年で16歳のガウソルと出会ったのだ。
(あなたは何度も、命を投げ出して、私とレティ様を助けてくれた)
邪竜王と大聖女レティが相打ちだったのは、そこまで持ち込めたのは、ガウソルが邪竜王と命懸けで殴り合いをしていたからだ。マイラ自身も命を何度も助けられている。
本当はもっとあのときのことを語り合いたい。
(それにティア様も少しは考え方を変えた方がいい)
神の加護が足りないから姉が死ぬ羽目になったと言っているらしい。それは、実際あの場にいたマイラからすれば、とんでもない、神への言いがかりだ。
ガウソルや自分が死にものぐるいで戦ったから、相打ちではあっても、大聖女レティが邪竜王を倒すところまで持ち込めた。結果は手放しで喜べるものではなくても。皆が懸命に戦った末、邪竜王を倒し、王都デイダムを魔獣の手に落とさずに済んたのだ。神の加護が十分だったから、せめてそこまでは持ち込めた、となぜティアは考えられないのか、とマイラは思うのだ。
(全てが悪い方には進んでない)
マイラは懸命にリドナーにヒールをかけるティアを見下ろして思う。また、ガウソルに視線を戻す。
(そして、また出会えて、これからのことも)
勝手に惚気けた思いを懐きつつ、マイラは再会できたガウソルの顔をひたすら見つめ続けるのであった。