212 試し撃ち〜エフィルス山道3
眼下では、なし崩しにガルムトカゲの先鋒のような役割を果たしている小型の魔獣たちと、ジャクソンやグラムたちとで乱闘になっている。
「いい動きだが」
ルディは呟き、跳躍してきたマウントキャットの喉元に袖箭の矢を撃ち込んだ。威力はないが、我ながら当て所が良い。一撃で仕留めた。絶命したマウントキャットの死骸を高台から蹴り落とす。
背筋に寒気が走った。見るとガルムトカゲが大口を開けていて、ちろちろと中に炎が揺れる。
「まずいっ、ガルムトカゲの火球です。まともに受ければ」
ジャイルズがうるさい。
ルディは魔鉱石の矢を瓶に入った聖水に浸す。
「ほう」
魔鉱石が聖水をみるみる吸い込んでいく。やがて瓶が空になった。
何か鏃が目を覚ましたかのように青白い光を発する。
「殿下っ!」
またしてもジャイルズがうるさい。
今にも火球をガルムトカゲが吐き出しそうになっているのだった。
(そんなもの、ねじ伏せればいいだけだ)
火球が飛んできた。毒々しい紫色に変ずる。
ルディは構わず青白く光る矢を、黒弓に番え、ガルムトカゲに向けてひょうっと放つ。
「おおっ!」
戦う手を休めてグラムが告げる。
群がってくる小物も今更、さしたる脅威とはならない。
空間を圧するかのように、矢が一本の太い光の線となって飛ぶ。
正面から火炎球に激突して消し飛ばし、そのまま貫いて尚もガルムトカゲへ向かっていく。
光の線がガルムトカゲの頭部へと激突した。
「お見事です」
生じた結果に対し、ジャクソンが乾いた声で賞賛してくれる。木々の上部すらもなぎ倒してかなり間引いているので、地面に立っているものの視界も開けたのだ。
高台に立つルディには最初からよく見えている。
かなり離れたところで、巨大なトカゲ型魔獣が頭部を失って横倒しになろうとしていた。そして倒れたことで地面が震動で揺れる。
「ほーうっ」
ルディは自らの放った一射、その威力に満足して声を上げた。
(無論、道具に頼らずとも、鱗ぐらい貫いて見せる気概はあるが)
思ったとおりの箇所を、思ったとおりに力技で貫くことも可能になったということだ。
ビクヨン執政キャメルに、リンドス執政チャルマーズ、2人の執政にルディは感謝を内心で述べるのだった。
「ありゃぁ、ガルムトカゲか?矢の一撃で仕留めちまうとこなんざ、生まれて初めて見たぜ」
グラムが褒めるのを通り越して呆れて告げる。
既にマウントキャットなどの小物も全て仕留めているようだ。生き残っていたものも逃げた。
「いかにも硬そうだな」
ジャクソンも相槌を打つ。また返り血を乾いた布で拭いている。これをしないと斬れ味が悪くなるのだという。
「俺の槍も下手すりゃ折れる。あんたの剣でもどうかな?」
グラムが首を傾げて告げる。
硬くても鈍重な魔獣のほうがジャクソンとは相性が良いかもしれない。腰を据えれば剣で鉄を斬ってしまうような男だ。
「試しのつもりだったが、なかなかすさまじいではないか」
ルディは再度、周囲を見回して告げる。嫌な気配は完全に消えた。
「聖水の神聖魔力を魔鉱石が増幅して、私の黒弓で射ると、強力な神聖魔術を使用したのと、ほぼ同じ効果を出せるということだね」
ルディは自分の攻撃について総括した。
篭める魔力によっては、もっと別の効果をもたせることも可能だろう。
「神竜の放つ光線を矢でもって再現した、ということだね」
自身も神竜の放つ神聖魔術を目の当たりとしたことはない。多少は想像による部分も入ってしまう。
「これで、私は通常、矢の通らぬ相手にも効果的な一撃を見舞うことが出来るようになったわけだ」
ルディは呟いて自身の両腕を見つめる。
やはり今の自分が当時の大聖女レティについていたなら、死なせることはなかった。そう思えてならない。
「しかし、まさかこんなところでガルムトカゲに遭遇するとは。山岳都市ベイルの状況は思っていた以上に良くないのかもしれません」
顔を曇らせてジャイルズが告げる。
「今までの町とは違い、情報も少なかった。主要な山道ですら魔獣に襲撃される危険があったからだ、とわかれば納得もできる」
ルディは道中に寄った村でも、あまり山岳都市ベイルから来たという者と出会わなかったことを思う。もともとは通っていたが魔獣の多さに慎重にならざるを得ない、という者が多かった。
「我々も現に襲われていましたからね」
ジャクソンも相槌を打った。
だが、いよいよ旅の目的地である山岳都市ベイルに辿り着くのである。
(山岳都市ベイルを越えればネブリル地方との境目だ)
ルディは東の空を見やって思うのだった。
ネブリル地方、魔塔の巣窟だという。どれほどのものか、と為政者として見ておきたいのであった。
「ジャイルズ、先触れを出してくれ。いよいよ山岳都市ベイルにたどり着く。私の名前を出して、その巡視団であることを知らしめておいてほしい」
急に自分が訪れて、街の為政者たちを刺激しないようにという心配りだ。
「了解しました」
頷いてジャイルズが後方の一団へと向かっていくのであった。
(それでもまだ数日はかかるだろうが)
大物を仕留めたのである。現地の守備隊が処理にあらわれ、それにも付き合わなくてはならない。
「ははっ、さすがネブリル地方が近いだけはあるな」
グラムが乾いた笑い声を上げた。
早速、ガルムトカゲの死骸に別の魔獣が群がっているのだ。レッサードラゴンだろうか。地走性の竜である。
「あぁ、なかなかすぐに町というわけにはいかないね」
また一休みしたら掃討せねばならない。
ルディは矢の残数を気にし始めるのであった。




