211 試し撃ち〜エフィルス山道2
小休止を自身も取りながらルディは思考を巡らせる。
(神竜ならば、かつてのような強力な結界で魔獣を寄せ付けないのだろうが)
面で守る、ということでルディは神竜のことへと考え始める。
まだ幼い神竜、リベイシア帝国のものとしたい気持ちもあるが、ティダールから魔獣が雪崩込んでくるのも問題だ。
「ふむ、正直、神竜は魅力だが、ティダールにいてくれた方がいいか」
ルディは矢筒に矢を補充しながら呟く。袖箭にも金属製の小さな矢を装填し直した。ルディにとっての小休止というのは、次への備えも兼ねているのだ。
(そもそも竜というのが、私は苦手だ。たとえ神竜であっても)
ルディにとっては『竜』というのは婚約者だった大聖女レティの仇でもある。さすがに神竜を邪竜と同じ扱いをしようとは思わない。
だが、考えることを無意識に避けてしまっていた。
広大なリベイシアの本土から、どの程度、結界で守ることが出来るのか、ルディにとっては未知数のままである。
「殿下」
文官のジャイルズが声をかけてきた。知らぬ間にカレン・メルディフと何やらやり取りがあったらしい。ティアや神竜の迎え入れに反対するようになった。
それでも事務処理については有能であり、巡視でも各都市で精力的に働いてくれている。ルディへの目配りも怠らない。
ルディは自身が立ち上がり、森の中を凝視していることに気づく。ただ木々が並んでいるだけに見える。
木々の間から見えない緊張感が立ち込めているような印象だ。
「どうやら、それなりの敵らしいよ」
ルディは苦笑いして告げる。
言葉ではあらわしきれない感覚なのだった。強いて言えば漠然とした違和感を感じる。そして肌に刺さるかのようなヒリヒリした感覚だ。
ジャクソンとグラムも自分たちのやり取りを聞いていたのか、ルディの前を固めてくれる。
(そういう段階の相手ではないようだ)
なんとなくルディは思い、馬車の客舎から紫色の矢筒を取り出す。
一矢を抜き出した。
黒く硬い光沢を放つ鏃。鉱山都市ビクヨンから謝礼として送ってもらった、魔鉱石の矢だ。数十本が納められている。
「試してみるか」
ルディはポツリと呟く。
今までは一矢たりとて使ってはこなかった。ただでさえ貴重な魔鉱石をわざわざ小さな鏃として仕立て上げるのはとんでもない贅沢なのである。
一国の皇太子であるルディにとってすら、惜しくて使えないほどだった。
(だが)
ルディは愛用している、黒塗りの長弓を見やる。
風の魔術の施された、特別性だ。特別な弓で特別な矢を射るとどれほどなのか。
1人の射手として、ルディはとても興味深い。まして自分の腕前でどれほどなのか。
楽しみですらあった。
(だが、もう一工夫居る)
魔鉱石の矢といっても、魔術や魔力を施さねばただの石である。そのままでは鉄より弱いかもしれない。
ルディは束の間、思案する。
「ジャイルズ、リンドスで得た聖水を」
更にルディは平原都市リンドスからもらった聖水の瓶を持ってくるよう、ジャイルズに命じた。
すぐさまジャイルズが一本の瓶を手に駆け戻る。
「殿下、本当にどうされましたか?」
訝しげな顔でジャクソンが尋ねてくる。愛用の片刃剣を抜き身で手にしているが、まだ戦闘態勢ではないようだ。
「何か出てくるってんなら、教えてくだせぇ」
グラムも短い槍を手に告げる。持ち手まで鋼鉄で出来たものだ。敵を打ち据えるのにも有効な得物である。
身体能力を強化する後背兵装も未だ起動させていない。
2人共、紛うことなき腕利きではある。この巡視では戦闘の度、何度も立証してきた。
(何か、相性のようなものが良くないのか)
自分でも感覚の正体など正確には分からないのだ。
「少し、試しをやる。もういないとは思うが、小物が迫ってきたら守ってくれ」
ルディは告げるや梯子を上って高台代わりにしている馬車の屋根に立った。
高所を取ったことで迫る脅威も視認する。
かなり離れた木々の合間、ネブリル地方の方角に茶色いうろこ状のものが見えた。さらに顔を上げると、木々より頭一つ抜きん出たところに、トカゲのような顔があらわれる。
(竜種かっ!)
珍しくルディは瞬間で血の沸騰するのを感じた。
さらに思考を巡らせて記憶をたどる。
「ガルムトカゲだな」
ルディは頭の形状や鱗の色から判断して告げる。
名前は『トカゲ』だが陸生の竜に近い生き物だ。ネブリル地方ではありふれた大型の魔獣である。
「なんと、殿下、危険です。それは毒のある炎を吐くという」
ジャイルズが足下から慌てた様子で、ルディも知っていることを言う。
「敵襲!」
ジャクソンが短く告げる。ガルムトカゲのことで警句を発したのかとルディは思ったのだが。
ジャクソンが剣を一閃させた。山猫のような魔獣の遺骸が転がっている。小物の魔獣も現れ始めたのだ。
「ふん、まるで雜兵と総大将だな」
ルディは呟き、鋭い視線をガルムトカゲに向けるのであった。