205 甲冑狼と魔法剣士の近況1
「また、山岳都市ベイルが襲われたってよ。あんたらも気をつけな」
布や縫製品を扱う行商人が笑顔で告げて背中を向ける。
「あなたもね」
魔法剣士マイラは布を脇に抱えて返事をした。腰には愛用している業物の片手剣を吊っている。今日は赤いボタンシャツに灰色のズボンという出で立ちだ。
相手の商人もそれなりに武芸の心得はあるらしい。そうでなければ、魔獣の巣窟であるネブリル地方に食い込んだ、この地にまで単身で商売には来られないだろう。
(シグのおかげで、この辺はむしろ魔獣が少ないぐらいなのにね。むしろ、安全なくらいかも?)
さらにマイラは思うのだった。実は山岳都市ベイル近郊よりも安全なくらいだ。
また、自分が金払いの良い客だから、商売に来るのだろう、とも。
(大概のことは出来るけど、さすがに布製品とかそういうのを自作は出来ないからね)
人間は一人で全てを賄えない。思いつつ、マイラは買い取った布を抱えて家の中へと入る。
木造の小屋もだいぶ人間の住まいらしくなった。居間の中央ではガウソルが胡座をかいて瞑想している。狂化装甲ではなく、黒いシャツに黒いズボンという服装だ。
(ふふふ、これからは私がおしゃれに彩ってあげるからね?)
派手な原色ばかりの布地を手にマイラは思うのだった。
一方で、研ぎ澄まされていくガウソルの殺気を感じ取ってしまい、マイラも背筋がゾワリとする。
「そんな風に気配を探ってても、むしろ、あなたの殺気で魔獣はみんな、ベイルの方へ逃げちゃってるみたいよ?」
マイラは笑顔で語りかける。
恋人が敵を探し求めていることぐらい、マイラにはお見通しなのだった。
「本末転倒だな」
目を開けて、顔をしかめるガウソル。
「逆にベイルの方は襲撃されたって。あなたを追い出すから、そうなるのよね」
マイラは薄く笑って告げる。壁に寄りかかって腕組みをした。壁まで綺麗に磨いておいたから、背中をつけることにも抵抗はない。
居間の窓から外を眺められる立ち位置だった。木々を薙ぎ払って作った広場に小屋が2つ並んで見える。一軒にはハリソンという若者が一人暮らしをし、もう一軒にはエルズレイという一家が四人暮らしをしていた。
ともに住んでいた村が魔獣に襲われ、逃れてきたのだという。ネブリル地方に迷い込んでしまったところ、魔獣を探して回っていたガウソルに保護されたのである。
「むしろ、ベイルに行けば敵に出会えるかもしれない」
真面目な顔でガウソルが言う。ガウソル自身とマイラのせいで、この近郊にはほとんど魔獣がいなくなってしまった。強い生物を魔獣は本能的に避ける。
(シグったら、敵が出てきてくれるのを、もう何日待ってるのかしら?)
思うにつけ、マイラは可笑しくなってしまうのだった。
本当に耐えられなくなってしまうと、自らネブリル地方の奥へと出向き、強力な魔獣を幾らか駆除して帰ってくる。食料についてはお互いに何かしらかを捕えては捌いていた。
(だから、あなたの暴れっぷりに怯えて、追い出された魔獣がベイルの方へと逃げるのかもね)
マイラは思うのだった。
「ここも私達以外の人が住み着いちゃったし、あんまり遠出はしないでね」
肩をすくめて、マイラは告げる。
「確かに、ここはネブリル地方の外縁だからな。女性のマイラ1人にするのも、申し訳ない」
ガウソルが素直に頷く。
「強敵が出てきても、連携すれば大概は仕留められるんだが」
マイラとしては自分を守ろうというガウソルの姿勢だけでも幸せいっぱいなのである。
「他にも力仕事ぐらいなら、連中も助けてやれる、か」
ガウソルが窓の外へと目を向ける。
ちょうどエルズレイ夫人が洗濯物を干しているところだった。
彼らのところへも商売をする者がやってくる。食料については今のところ、お裾分けにしていた。いつかなにかで貸しを返してくれればいい。
「だが、山岳都市ベイル、羨ましいな。俺が出てしまってから、盛り上がってるみたいじゃないか」
本当に羨ましげに言うから、マイラとしてはガウソルの発言が可笑しくてしょうがない。
つい笑みをこぼしてしまう。
「相手がいないと戦えないってことを、俺は知ったよ」
ガウソルが告げて立ち上がる。瞑想していたのは敵を感知するためと魔力を練り上げるためなのだろう。
(シグ、身体能力任せに見えるけど実は魔力でやってるのよね)
マイラは自身も壁から背中を離す。
「そりゃあね、しかも、魔獣相手じゃ生かしておけないから、その場で始末するしか無いもんね」
マイラは相槌を打つにとどめておいた。
頭の中では別のことを考えている。
(シグはあまり、魔獣との戦闘のこと以外は考えたくないだろうから)
それでも視界に入ってくれば気になってしまう。ガウソルの視界に入ってしまった人間を、どうしていくかを考えるのが自分の役割だ。
(最寄りの人里とここを繋ぐ道が完全に開通した。行商人も来られるようになった。つまり、ここも人里になりつつあるってこと)
新しいものを築き上げていくというのはいつだって楽しい。どうなるのかが分からなくてワクワクする。
「エルズレイさん宅とハリソン君の家はもう完成したのかしら?」
なんとなくマイラは尋ねた。
「特にもう、木はいらないし、石材なんかも十分らしい。外観はもう、仕上がっているよ」
穏やかにガウソルが告げる。
エルズレイ一家の家長ビクトルが大工なのであった。ガウソルとマイラの小屋もまともなものに仕立て直してくれている。
(私らが彼らを助けることもあるし、逆のこともある。いいわね、こういう人間関係の基本、みたいな感じ)
マイラは穏やかな気持ちのまま思うのであった。




