201 元斥候部門の名うての双子1
自分は双子の兄ディオンと比べて、実はあまりにも平凡だ。スタッダはいつもそう思っている。
「レッタ、よくやったなぁ。あれのおかげで、俺たちはなんとか間に合った」
のんびりとした口調でディオンが手下の少年を一人、褒めちぎっている。赤いローブの男が治療院近くで着替えているところを目撃し、すぐに報せに走ってくれたのだ。
(おかげで、俺等はすぐに駆けつけられた)
スタッダも納得の手柄である。
使われなくなった町工場の廃墟に30人ほどで集まっていた。集会をするのにちょうどいい大きさなのだ。人目にもつかない。
(この連中をまとめ上げたのもほとんどディオンだもんな)
今は30人ほどの少年がいるばかりだが、実際は100人近い仲間が山岳都市ベイルで暮らしている。いずれも10代の少年ばかりだ。当然、年を経て20代に差し掛かった者もいるはいるのだが。
鋭さを隠すようにして、のんびりした口調で話すのが双子の兄ディオンのやり方であった。
「今回はお前が一番、偉かったからなぁ。ご褒美だぁ」
ディオンが言い、懐から白い小袋を取り出した。拳よりも小さい。
慎重な手付きで、レッタと呼ばれている少年に手渡す。
受け取るレッタの手が震えている。
「こ、これはっ?」
うやうやしく受領したレッタが震える声で尋ねる。なにか期待するような眼差しをディオンに向けていた。
「リドのやつがよく、今、神殿を建ててる最中の公園でティアちゃんとデートしてた。ベンチに並んで座ってな」
ディオンの説明に皆がうんうんと頷いている。リドナーとティアの馴れ初めぐらい、この場に知らない人間はいないのだ。
「その袋の中身は、取り壊したベンチの破片だ。それもティアちゃんが座ってた部分の」
スタッダはディオンのあとを引き継いで告げた。
つまり、ティアのあの小さな臀部を乗せていた板なのである。どういう経路で入手したのかは誰にも言えない。
「おおっ!」
レッタが感嘆する声を上げた。
「つまり、俺はもう直接触っているのと一緒!」
とてつもなく下品なことを言い出したレッタ。
「あんまり妙なこと言ってるとお、その袋と木片ごと燃やしちまうからなぁ」
自分から『褒美』として渡しておいて、物騒なことをディオンが告げるのであった。
だが喜び浮かれるレッタの耳には届いていない。
他の面々も一様に羨ましげだ。
「俺、これ、家宝にします!一生、大事にしますっ!」
高らかにレッタが宣言する。小さな袋と木片とを握りしめ、涙ぐんですらいた。
「家庭もねぇのに、よく言うなぁ」
ディオンがさすがに呆れた口調で言う。家宝とは家に伝わる宝なのだ。
(そういうディオンのが)
スタッダはかつてを思い出して苦笑いだ。他ならぬディオンもまた狂信的なまでにティアに執心していたのだから。任務での負傷を優しく治してもらったのだという。
(多分、ティアちゃんは覚えてねぇだろうが)
完全に一目惚れをしていたが、既に当時からリドナーの恋人だったのである。そうと知るなり、潔く身を引いたのだった。
「ティアちゃんを見てられるんなら、家庭なんて要らねぇっ!」
別の誰かが何やら阿呆なことを叫ぶ。何人かも同調して声を上げた。
客観的には相当に愚かな集団だろう。
(無理もない)
ここにいるのは皆、ティアの可愛らしさに魅了された『親衛隊』の面々なのである。
山岳都市ベイルに暮らす少年たちの少なくない数が加入していた。そしてディオンが腕っぷしと、どこからともなく手に入れてきた『ご褒美』とで纏め上げたのだ。
「リドの奴が、魔剣を完全にモノにしたって話だぁ」
少し大きめの声でディオンが切り出した。
声を聞き取れたものから順に口をつぐみ、やがて、完全な沈黙が廃工場を支配する。ディオンの話を聞く流れなのだ。
「神竜様の卵を孵した美少女ヒーラーちゃんに、魔剣使いが付き合ってるんだぁ。俺はお似合いだと思うけどなぁ」
ディオンが皆を見渡して告げる。
今更、嫉妬をする者もいなかった。むしろ、『親衛隊』の誰かが奇跡的にティアと交際するというほうが、非難囂々となるのではないか。長い時間と手間とをかけて次第次第に『リドナーならば』という雰囲気をディオンが作り上げたのであった。
(ま、自分を納得させるために言い聞かせてたようなことなんだろうな)
双子ということだけではなしに、なんとなくスタッダにも察しがつくのであった。
ディオンの面白いところは、『神竜様の巫女』とも呼ばれているティアの恋人はそれ相応の男でなければならず、ただ可愛い女の子、というだけの持て囃し方ではいけない、と考えている点だ。
「リドナーさんの魔剣っていうのは、凄かったんですか?」
誰かがディオンに尋ねる。
「俺等は直接見ちゃいないが、ジェイコブさんの話では小屋ぐらいある大蜘蛛を一瞬で氷漬けにしちまったらしい」
ディオンの代わりにスタッダは答えた。あくまでジェイコブの又聞きなのである。
「なんでも氷の巨人があらわれて、なかなかの迫力だったらしい。くだらねぇ嫉妬なんかすりゃ、バチが当たるな。俺等も氷漬けにされちまうよ」
さらにスタッダも釘を差しておくことを忘れないのであった。ティアがあまりに可愛らしいので、いくら抑えていても限界はある。とち狂う者もこの先、現れかねないのである。
「ああいう2人がいて、この街の未来が明るいってなりゃあ、俺等の未来も明るいってもんさぁ」
ダメ押しのようにディオンが告げるのであった。