200 討伐部門会議〜ビョルンについて3
ジェイコブの話は続く。
「ビョルン君は現在、山岳都市ベイルでは希少な神聖魔術の使い手ということになった。だからビョルン君、君は第1部隊に異動して私の部下となり、神聖魔術の腕前を磨きたまえ」
とんでもないことを偉そうにふんぞり返ったまま、ジェイコブが言い放った。
「そんな馬鹿な話があるかっ!」
思わずペイトンは怒鳴って立ち上がっていた。
少しでも強力になれそうな人材と見るや引き抜かれるのではたまらない。
「うちは第1部隊の下請けじゃねえんだぞっ」
冷静なときの丁重さをかなぐり捨ててペイトンはジェイコブを怒鳴りつける。そうすべき時だ、と判断した。
「ふむ」
もっとも、変わり者のジェイコブには動揺など見られなかった。腹の立つ顔をしたままである。
きちんと指導者のもとで学んで使える魔術を増やし、他の隊員との連携も練り上げれば第2部隊はもっと強くなるだろう。その機会を奪われてしまうのだ。
「そんなつもりはない。だが、魔術、ことに神竜様由来の神聖魔術ならば正に私の専門分野だ。私の指導が最適ではないか」
そこは間違いではない。反論しているペイトンですら思う。きちんとした指導者のもとで学べばビョルンも使用できる神聖魔術を増やせる可能性が高いのは正論だ。
だが、なぜ人事異動まで必要なのだ。騙されてはならない。
「俺が言ってるのは戦力の問題だ。第1部隊にばかり魔術がらまりの人材を固めたら、こっちがやっていけねぇ」
それでもペイトンは言い返していた。
初歩の初歩というライトリバーですら、ツリークイッド戦では有効だったのだ。
「その戦力を私が育て上げれば、討伐部門全体の戦力が向上するではないか」
ジェイコブも負けじと言い返す。水掛け論になりかけている。
「詭弁だ。あんた、引き抜いたきり戻すつもりなんてないだろ。それじゃ、うちの戦力が後退する」
代わりの人材を寄越すなりしてくれればまだいいが、それを言うのも、『ビョルンじゃなくても良い』というふうにビョルン本人に取られかねない。
ペイトンは言葉を飲み込む。
「ビョルンはうちの隊員で仲間だ。そうホイホイ簡単に引き抜かれるのは納得がいかない」
ダメ押しのつもりで、ペイトンは補足した。
「ペイトン、落ち着け」
ヴェクターが落ち着かせようと口を挟んできた。
「まだ一戦、共闘しただけではないのか?仲間だ、などと何を大袈裟な」
呆れた口調でジェイコブが言う。この変わり者には人情など分からないのだ。
「あんたみたいな変わり者に言われたくない」
ペイトンは怒りのままに言い返していた。自分たちにも第2部隊としての矜持が出来つつある。それをいきなり出鼻をくじかれるのではやり切れない。
(せっかく戦闘部隊に回されて、これからだってときに)
ペイトンとしては、さっそくのビョルン引き抜きなど絶対に頷けないのであった。
「やめろ、ペイトン」
いつになく低い声でヒックスが言う。
よく働いてきたからか、自分を割合に尊重してきた上長である。まだ短い期間だが、今まではこんな声など出されてもいない。
思わずペイトンも頭が冷えた。
さらにヴェクターの方も見る。
(総隊長もこっち寄りなのか)
苦虫を噛み潰したような、いかつい顔のヴェクターにペイトンは気づく。頭に血が上り、ジェイコブ以外は目に入らなかったのだ。
(そうだな、ジェイコブ師が言い出したからって何でも話がとおるわけじゃない)
ペイトンは気付き、話をヒックスに任せることとした。腕組みして椅子に座る。
「ビョルン、お前はどうしたい?」
まずヒックスが尋ねる。
「そりゃ、まだ短い時間だけど、赴任して頑張り始めた第2部隊には愛着があります。それにここから、第1部隊にも負けないぞって話を、頑張ろうって話をしたばかりだから、もし、希少な力があるってことなら、俺、第2部隊の力になりたいです」
ビョルンがはっきりとヒックスと自分、更にはジェイコブやヴェクターにまで視線を向けて宣言した。
「でも、神聖魔術を磨いて強くなれるならなりたいって気持ちも当然あるので」
つまり迷っているようだ。
ペイトンはじりじりしつつ、腕組みを継続していた。
「では、第1部隊、私の下の方が良いだろう。なに、第2部隊には私ほどではないが、優秀な人材を手配しよう。ハッハ、私ほどではないがね」
腹のたつ笑顔でジェイコブが言う。
「いえ、第2部隊にビョルンを置いたままでいいんじゃないですか?」
ヒックスが穏やかに、しかしはっきりとジェイコブの言うことを却下した。
「なに?」
意外そうな顔でヒックスをジェイコブが見る。
「定期的に出向させますので、教養や訓練を施してやってください」
言われてみれば、ビョルンを強くするのなら、第1部隊に異動する必然性がないのであった。当たり前のことだ。
「それでは、私はただ知恵と技術を授けるだけになるではないか。ビョルン君が強く優秀になった恩恵が」
ジェイコブが色をなす。とても自分本位な物言いだ。
「討伐部門全体の戦力の向上です。第2部隊隊員のビョルンが神聖魔術を磨けば、第1部隊にとってもお役に立てますよ」
ヒックスが皮肉たっぷりに返した。
「そもそも俺、ジェイコブ師のために、強くなりたいって気は全くないです」
小さな声でビョルンも当然のことをつぶやく。
「俺も、第2部隊が強いほうが有り難いです。町の外とかを今回みたいに固めてもらえれば、俺がティアちゃんに直接張り付けるんだから」
ジェイコブの部下であるリドナーまで賛成してくれた。
恋人のティアが治療院にいるのであれば、当然の感覚だ。
「守備隊の人事異動というのはジェイコブさんが思うよりも煩雑で本人にとっても大きなことです。きちんと上長として、俺が訓練には向かわせますので」
ヒックスが頭を下げた。
「ただ、徹底的に厳しく頂いて構いませんから」
さらに、顔をあげると冗談めかしてヒックスが加えた。
「ええっ」
ビョルンが困惑した声を上げる。
「まぁ、それは当然ですね。遠慮なくやってください」
ペイトンも並んで頭を下げた。
「ふむ、そうか。まぁ、美女ではないのが無念だが、仕方ない。第2部隊の隊長に副官が並んで頭を下げたのだ。その顔に免じるとしよう」
どこまでも偉そうにジェイコブが言う。
(まぁ、これで納得してくれるんなら、そこまで悪い人でもないのか)
ペイトンはなんとなく思い、話の至った落着点に安堵するのであった。