199 討伐部門会議〜ビョルンについて2
ジェイコブが自分たちの用意した椅子に我が物顔でふんぞり返っている。
(なんでこの男は、新参で他所者なのに、こうも偉そうなんだか)
内心、ペイトンは呆れ返ってしまうのだった。
「敵はどちらでも良かったのだ」
ジェイコブがまた口を開いた。
「我々が陽動に乗って、治療院を無防備にできればよし。陽動に乗らずともツリークイッドが山岳都市を蹂躙できればそれでよし。次の襲撃で神竜ドラコやティア嬢を、どうとでも出来る素地が作れるのだからな」
他人事のようにジェイコブが言う。隣で恋人を『どうとでも出来る』と言われた部下のリドナーが顔を歪めていた。
「どちらも本命だったのなら、ツリークイッドの方も陽動ではなかったのではありませんか?」
思わずペイトンは揚げ足を取ってしまっていた。自分たちの対処していた方を『陽動』と言われてばかりでなんとなく気分が悪かったせいもある。
「ふむ、そのとおりだな。君は愚かではない」
無表情な顔が自分の方を向いて真顔で告げる。
(褒められたのかもしれないがまるで嬉しくない)
腕利きの魔術師とのことだが、かなりの変わり者だとペイトンも聞いている。
特に若い美女に目がなく凝視してしまうのだという。
「第2部隊も捨てたものではない。私もそう感じたな。もろもろ、諸般の経緯を聞いて。特にビョルン君」
今度はジェイコブの無表情がビョルンの方を向いた。
見られたビョルンがビクッと身動ぎする。
「君は初級の初歩の初歩とはいえ、神聖魔術ライトリバーを使ったと聞く」
ジェイコブの話が思わぬ方向に飛んだ。
(最初から、その話をするつもりだったな)
なんとなくペイトンには察しがついた。嫌な感じがする。
「ただ単に光を川のごとく奔流として放射するだけの、単純な魔術だが、元来、魔術を一切使えなかったはずの君が使った、というわけだ。少し話が変わってくる」
やたらと初歩であることを強調しながらジェイコブが説明を続ける。
褒められているのか謗られているのか判然としないことでビョルンも微妙な顔だ。
「それについては、第2部隊の隊長として俺もジェイコブさんから話を聞きたい」
ヒックスが口を挟む。
(ヒックス長も慎重だ。『第2部隊の隊長として』にジェイコブ師を『さん』づけか)
言葉の一つ一つにペイトンは細かな配意を感じた。こういうものも、ツリークイッド戦前には見せなかったヒックスである。
(第2部隊の隊長として、渡り合おうってことか)
つまりヒックスもジェイコブの行き着くであろう不穏な話を予期して、予防線を張ったのだ。
総隊長のヴェクターも興味深げに話の行く末を眺めている。
「ビョルン君はかつて、ガルムトカゲの毒炎により重傷を負った。そのとき、ティア嬢の魔力をもととして、神竜様が高位の神聖魔術リカバーを使った」
ジェイコブが気にする様子もなく淡々と説明する。
「リカバーはライトリバーなどとは比べ物にならない高位の神聖魔術だ。今のビョルン君では、想像もつかないような量の、膨大な神聖かつ清純なる魔力を生身に注ぎ込まれたわけだ」
なんとなくペイトン自身もその時の経緯とビョルンの現状とを結びつけて考えていたから、頷いてしまうのだった。ヒックスなども同様だ。
「大事な点だから繰り返すが、神聖魔術リカバーに伴う魔力量は大変に膨大だ。おそらく今より当時、さらに幼かった神竜様は力の加減が上手く出来なかったのだ」
ジェイコブが『極めて大事なことを言ったぞ』と自分たちを見渡す。
残念ながらペイトンなどはピンと来ないのだが。
「加護」
ハッとした顔でジェイコブの部下であるリドナーがビョルンを見た。
「さすがに鋭いな、そのとおりだ。神竜様はビョルン君を救うため、ただリカバーで救うだけでは飽き足らず、加護まで与えてしまったのだ、と思われる」
ジェイコブが満足げに頷いて告げる。
ビョルンがびっくりした顔で自分の両手を見つめていた。
「ガルムトカゲの毒は人間の生身にとってはたちが悪い。未だ幼い神竜様にとっては、他に手がなかったとも言えるかもしれんが。幼いながらも神竜様だ。その加護を得たビョルン君は聖なる魔力を生成し、操作する術を得たというわけだ」
ジェイコブが肩をすくめて加えた。
「ある意味、恐るべきはほんの数日の魔力供給で、ただ1人とはいえ、加護まで神竜様に使わせしめたティア嬢の方かもしれんがな」
ペイトンはなんとなく緑がかった金髪の小柄なヒーラー少女を思い出す。自分も遠目には見たことがある。小柄で可愛らしく斥候部門の若い隊員たちの中でも人気があった。
(ちょっと、俺は幼すぎるように思えたけどな)
ペイトンとしては一回り下の世代の騒ぎに同調できなかったのであった。
「神竜様の加護ですか。早速、そんな人材もあらわれるとは」
ヒックスが慨嘆した。
先代神竜を失いつつ信仰を維持してきた人々にとっても朗報だ。
(ヒーラーや聖女も力を取り戻すかもな)
ペイトンもなんとなく思った。
「まぁ、ビョルン君は当然、若い美女ではない。聖女ではなく聖者とでも言うべき存在かもしれんな」
ジェイコブが鷹揚に頷く。
そして、一同は一様に驚愕と期待するような眼差しをビョルンに向けてしまい、本人を戸惑わせてしまうのであった。