196 ツリークイッド討伐2
出迎えてくれたマーカスとブレントの背後から、いかつい顔の総隊長ヴェクターもあらわれる。
(つくづく、血の気の多い総隊長殿だ)
思い、ヒックスは戦闘中だというのに笑みをこぼしてしまう。
「あれか。たしかにでかいな」
対して、険しい顔でヴェクターが接近してきたツリークイッドを見上げて告げる。
責任感が強いは強いのだった。現場に出てきたくてたまらないのだ。平素は困ったものだが、今回のような戦いでは心強くヒックスは感じるのだった。
「総隊長自ら、それに火の準備も。ありがとうございます」
ヒックスは油の樽や矢筒の束を見遣って頭を下げた。矢筒の中身は当然に火矢だろう。
(それに魔術師まで数人連れてきてるなんてな)
ヒックスは黒いローブ姿の魔術師を見て、改めて人を集める時のヴェクターの行動力に感服するのだった。
「いろいろ懸念はあるが、とにかくツリークイッドは倒さねばならん。後のことはそれをやってからだ」
決然とした顔でヴェクターが告げる。
総隊長自らが出張ったことで全体の士気も高い。
「分かりました」
ヒックスは頷き、自らも火矢を受け取った。鏃に油を染み込ませた紙を挟み込んである。マーカスとブレントも自分に倣う。2人ともに狩人達の中から引き抜いてきた腕利きの弓手だ。守備隊に参加する以前、ヒックスは若い時分には狩人だったのである。
「俺等もご一緒しますよ」
手頃な見張台に上ろうとするヒックスに、マーカスとブレントが言う。3人で油樽を1つと矢筒を幾つか確保して見張台に上る。
(準備は万端ってことか)
いつでも火矢の鏃、油紙を燃やせるよう、松明が煌々と焚かれている。他の見張台も同様であり、弓手がそれぞれ配置されていた。
「俺も暴れたいが合図を出さねばならん」
不満げなヴェクターも上がってくる。皆が皆、暴れるのでは困るのだった。
「そういう役割が大事なんですよ」
笑ってヒックスは告げる。
前衛を張る部隊が再び迫ってきた触手を迎え討っていた。
ここでも討伐部門、第2部隊の動きが良いことにヒックスは満足する。
「よくもまぁ、あれを相手にたった20名で何時間も粘れたもんだ」
全体を指揮するため退がってきたヴェクターが言う。
他の一般部隊の中には触手に捕まる者も散見された。ヒックスの部下である第2部隊隊員たちがすかさず助けているから、死者までは出ていない。
「感謝していますよ。腕利きを揃えていただけて」
ニヤリと笑ってヒックスは返す。
ツリークイッドへの恐怖や戦いへの緊張よりも部下たちへの誇らしさが強い。
(部下を持つっていうのも、悪くはないな)
ヒックスは思うのだった。
当然、腑抜けていると隊長であろうと自分も尻を蹴り飛ばされる。長剣を最前線で振るい続けるペイトンの動きを目で追っていた。
ずっと暴れ続けていたというのに、底なしの体力で今なお水際立った働きを見せている。
「士気も高いのが良い。あっちにはジェイコブもリドナーもいるからな。補欠みたいな気になるんじゃないかと危惧していた」
ヴェクターがツリークイッドに視線を向けたまま告げる。
まだ合図を出さない。
周辺を見渡すと木々を切り倒している部隊が見えた。燃やす地点をあらかじめ決めてあるのだ。野放図に燃え広がることのないよう、燃えそうな木を大急ぎで斬り倒しているのだろう。
(総隊長はその準備が終わるのも待ってる)
ヒックスは正確にヴェクターの意図を理解していた。
「少なくとも俺はそうだったんですよ。ペイトンが怒鳴るわ、部下は逆らうわ、で、無理矢理、目を覚まさせられました」
自戒の念とともにヒックスは告げる。
そもそも弓を使っているのは後ろめに控えていたいからだ。今更ながら恥ずかしい気持ちになる。だが、一方でせっかく磨いてきたものである以上、この場では活かそうとも思う。
「ある意味、一番、ガウソルに荒事を任せてきたのが、ヒックス、お前なのかもしれない。だが、あの逮捕はそれを踏ん切る第一歩だった。あれがあったから、俺は討伐部門の隊長にした。あの、ジェイコブと並べて良いと思った」
淡々と木々を切る部隊に視線を移してヴェクターが言う。
「部下たちに尻を蹴り飛ばされたなら、それは第二歩だ」
さらに唇の端を吊り上げてヴェクターが笑う。
マーカスとブレントも苦笑いだ。ヒックスの尻を蹴り飛ばしたというなら、張本人のうちの2人なのである。
「出来ることを出来る限りやる。当たり前のことが再確認出来たんですよ」
自身の不甲斐なさを呑み込んで、ヒックスは言うにとどめた。あまりグチグチ言っても見苦しいだけなのだ。
「そうだな」
ヴェクターも余計ごとを言わない。
いよいよ木々を倒し切って、安全圏を作れたように思う。
ツリークイッドの巨体。話している間、木々を切り倒している間にも、かなりの距離にまで迫っていた。
(さらに減ってる。触手の数も。動きも鈍くなってる)
ヒックスは気づいていた。魔獣の生命力も底なしではない。当然、限界があるのである。
(これだけ、戦い続けてきて、消耗していないわけがなかった)
これもまた第2部隊の戦果なのである。自然、誇らしくてヒックスは胸を張った。
そろそろだろう。
ヒックスは火矢の鏃を油に浸し、松明の火を点けた。
マーカスとブレントも倣う。
「弓手っ!構えろっ!」
ヴェクターが大声をあげた。よく通る声に他の見張台でも弓手たちが鏃を油に浸して火を点ける。
「放てぇっ!」
ヴェクターの叫びを受けて、弓手たちが一斉に火矢を放つ。
燃え盛る矢がパラパラとツリークイッドの木のような身体に吸い込まれるようにぶつかっていく。
燃え上がる炎の中で、ツリークイッドの巨体がもがき苦しんでいる。ヒックスはさらに燃え盛る火矢を番えてひょうっと放つ。
「死ぬまで燃やせぇっ!」
ヒックスは火矢を放ちながら叫ぶ。
炎に飲まれたツリークイッド。次第次第に身体が灰となり、欠損していく。
そして火矢を何発打ち込んだのか。自分でも分からなくなるほどの攻勢のまま、ヒックスはツリークイッドが動かなくなったことを見て取る。そして、勝ったのは自分たちであることを悟るのであった。