188 あえて動かない利点2
「でも、ツリークイッドってかなりの強敵だったはずですが我々抜きで大丈夫でしょうか?」
遠慮がちにジェクトが発言した。ジェイコブほどではないが、色々なことに詳しい。そういう人間も点在していたのだった。
「ヒックスが火の手配も応援要請のついでにしていた。これは正しい。ツリークイッドは強力だが、とにかく火に弱いのだ。正しく手を尽くしていることに、無理矢理、我々が加わる必要もない」
ジェイコブが戸惑う面々を見渡して説明を続ける。
「まぁ、私ぐらいに優秀なら、最初から弓手に火矢の携帯ぐらいは標準装備させるがね、ハッハッハ」
そして何が面白いのか、ジェイコブが哄笑するのだった。
笑いどころはともかくとして、言っていることの筋は通っている。
「しかし、町に肉薄されてしまうと」
尚もジェクトが言い募る。何人かは他の隊員も頷いていた。
「今までのことを踏まえると、ツリークイッドに力を傾注し過ぎた隙をついて、町中を攻められるのが定番ではないか。第2部隊もよく分かっていて、山中で食い止めているのだ。すぐに何でも助けるのは、ただの甘やかしだと思いたまえ」
厳しいことをさらりとジェイコブが指摘する。
言われていることはしかし、リドナーにも分かった。今後、すべてを第1部隊の20名だけでこなせるわけもない。第2部隊に任せるという判断も大事なのだ。
「それに、ティア嬢や神竜様を何度も狙い撃ちにされたことを度外視してはならん」
リドナーを見据えてジェイコブが言い切った。
自分としては反対もするはずのない見解だ。リドナーは深く頷いて、第1部隊の面々を見渡す。さすがにもう、全員がジェイコブの方針に納得していた。
「じゃあ、俺たちは町の守りを?」
皆が納得したのを見計らってリドナーは問う。
「そうするべきだな。総隊長のヴェクター本人が自ら突っ込んでいってしまったからな」
肩をすくめてジェイコブが言う。『向けるつもりでいた』という微妙な言い回しは本人が既に応援として突っ込んでいったことを指していたらしい。
(まぁ、いずれにせよ、今、うちの指揮官はジェイコブさんだ)
リドナーは思いつつ、ジェイコブの差配により、2人一組で班分けされる隊員たちを眺める。少人数で町中を警らすることとなったのだ。何かを発見すれば呼子の笛を鳴らすこととする。
「さて、私と君は本営として、治療院に入ることとしよう。もし、敵がいるとして、物もきちんと思考出来るのなら、それが一番嫌がる手だろうからね」
自分と組むこととしたジェイコブが告げる。リドナーとしてもティアを直接守ることの出来るところに置いてもらえるのは願ったり叶ったりだ。
(でも)
リドナーには腑に落ちない点もあるのだった。
なぜだかズルして、トレイシーまで伴っているのだ。自分たちだけ3人編成なのである。トレイシー本人も決まり悪そうだ。
イーライやジェクトなどの世代に至っては露骨に恨めしげな顔をしている。
「あのう、誰か、私も別の人と」
遠慮がちにトレイシーがリドナーの方を見ながら切り出す。リドナーがいるのならジェイコブの相手をしたくないということだ。気持はよく分かった。
「何を言っているのだ。君は私の目の保養だ。私とともに治療院の警護に入りたまえ」
ジェイコブが予想通りのことを言う。リドナーはげんなりとさせられてしまった。だが、今回は一味違うようだ。
「というのは冗談で君のようなうら若き美女を、粗野な守備隊員の面々と二人きりにするのは危険だ。他に女性隊員がいない以上、同性の多い治療院に詰めるほうがいいだろう」
正論のような正論ではないような考えをつけ加えるのだった。
そして、反論など許さないとばかりにジェイコブが歩き始める。
「放っておくわけにもいきませんよ」
年長の女性に対し、リドナーは礼儀正しく告げる。
「ええ、そうですよね、ほんと」
やむを得ず、2人でジェイコブの後に続く。他の面々も三々五々、準備の整った者達から警戒へと出発していった。
気を張って町の中を3人で歩く。
(一応、布告は出ているもんな)
人の出歩きは少ない。すれ違う人の顔も一様に強張っている。四色の虎による攻撃で受けた恐怖を忘れるにはまだ、あまりに短い時間が経しか経っていない。
商人など外からの人の流れも一時的にせよ止めるので、町の人々も一層の異常を感じることとなる。
「ふむ、今回は敵の場所を把握できているので、外出禁止までは必要ない、か」
平常どおりの調子でジェイコブが言う。
3人で治療院のある上層地区へと上っていく。上り坂を抜けた。既にかなり復旧の進んだ治療院の向かいに、神竜ドラコの神殿予定である、臨時の治療院が立っている。
「静かなものだ」
一言だけ告げてジェイコブが訪いも入れず、本来は患者や負傷者のために開け放たれている正門から、ズカズカと待合室へと足を踏み入れる。
人の出入自体が少ないながら幾人かの来院者が待合室の椅子に座っていた。
「魔獣の襲撃だ。ゆえにここを、臨時で守備隊討伐部門第1部隊の本営とする」
そして、高らかにジェイコブが宣言した。
「ちょっ!」
止める間もなかったリドナーとトレイシーは慌ててしまう。
「何ですかっ!急にっ!」
ジェイコブの姿を目にした途端、裏に隠れていたであろう水色の髪をした美人の事務員レンファが飛び出してきた。
詰め寄られたジェイコブが実に嬉しそうである。
(あぁ、この人、これを狙ってわざとやったな)
リドナーは確信し、再びげんなりとさせられるのであった。