186 防衛と足止め2
するするとヒックスが梯子を使って矢倉の上を陣取ろうとしていた。矢による援護が上からあるのは助かる。せっかくある矢倉を活かすのには上からの攻撃が最適だ。上からの攻撃が出来るから矢倉を足止めの拠点としたのである。
(そこまで腐ってないか)
矢を弓に番えたヒックスの姿を見上げて、ペイトンは安堵した。
「ここでツリークイッドを食い止めるっ!マーカスッ!ブレントッ!お前達も上をとれっ!俺の補助だっ、上れっ!」
ヒックスが自分以外に弓を遣える2人を呼んだ。更には指示まできっちりと飛ばす。
(もともと隊長格だったんだからな)
改めてペイトンは思う。
長くガウソルの下にい過ぎたから腑抜けたのだ。荒事を全部やってもらっていて、他が仕事だと長年言い聞かせていれば、仕方がないのかもしれない。
自然、ペイトンが下の面子を率いる立場となる。
(望むところだ)
長剣で迫る触手を薙ぎ払う。先頭で剣を振るい続けていた。大振りであり、対人の決闘などでは不利なのだが、大きな魔獣と戦う分には利点も多い。
自分の身体に触れそうな攻撃も仲間が助けてくれた。
(触手ならまだいい。問題は本体の方だ。なんとか本体を止める手立てを考えねばな)
小山のようなツリークイッドの本体が近づいてくるのを見て、ペイトンは思考を巡らせる。考える間もなく触手が視界に入るので、考えることも上手く出来ない。
「どおおっ!」
横薙ぎの斬撃で切り払う。右斜め下から伸びてくるものが見えた。
回避が間に合わない。が、ビョルンが触手を切り飛ばしてくれた。
「ビョルンッ!お前、さっきのやつの他に、何が出来る?」
思いつくままにペイトンは尋ねた。
なにか飛び道具があると有り難い。ヒックスら弓手も奮闘しているが、矢の突き立つ攻撃が効果としては薄い相手だ。
「分かりませんっ!」
清々しいぐらいにはっきりとした答えが返ってくる。
(そりゃ、そうか)
神竜が絡んでいるのだろう、と類推は出来ても、なぜ、どういう原理で使えたのかが分からないとどうにもならない。
ペイトンも納得した。本来なら調練を重ねて、周囲の仲間も合わせ方を身に着けていかなければ、実戦では活かすようもない。
(せっかく、奮闘出来てるっていうのに)
ペイトンは長剣を肩に担ぎ、周囲を見回して思う。いざ触手が接近してくればすぐにでも横薙ぎを払う事のできる体勢だ。
(練度は高い。こんだけ触手が迫ってきてるのに危なげなく切り払ってるんだから)
飛び道具も魔術もないものの、各隊の精鋭が集まったのだ。また、弓手であるヒックスの伝手なのか、先のブレントやマーカスといった狩人上がりの人材が混ざり込んだのも第2部隊の特色ではあった。
(つまり、ヒックス長が思うような、第1部隊のでがらしで終わる俺たちじゃない)
気概としてはペイトンはそう思うのだが。
(ツリークイッド相手なら火が欲しいな)
燃やせば早い。火に弱いのだ。他の面では極めて強固なのだが、身体の組成が樹木に近いのだ。なんとか燃やす手立てを講じなくてはならない。
「相互に連携しろっ!捕まりかけた奴がいたら、無事な人間がすぐに助けるんだっ」
ヒックスからも適切な指示が飛んでくる。本人も下方へ矢を速射しては触手を怯ませて援護していた。
鋭い眼光をツリークイッドの本体に向けている。
(まだ、遠いんだな)
考えていることがある程度は分かる。本体への攻撃手段をヒックスも考えているはずだ。いくら触手を切り払っても解決には至らないのだから。再生される一方である。
(だから、本当に本体さえなんとかなれば、勝てるんじゃないのか?)
ペイトンは思い始めてすらいた。
ガウソルも魔法剣士マイラもジェイコブも要らない。集団の力で強力な魔獣を撃退出来るのだ。
近くに人の気配を感じた。長剣を大振りするので戦闘中、あまり仲間が近付いてくることはない。
振り向くと小麦色の髪をした、先の弓手ブレントとマーカスが立っていた。髪色が同じなのは従兄弟同士だからだという。背中の矢筒にはまだまだ矢が残っている。
「どうした?」
ペイトンはまだ上で奮闘しているヒックスに目をやって尋ねる。
「ヒックス長が本気です。副官に発破かけられて、目を覚ましたみたいです」
年長であり、ゴツい身体をしたマーカスの方がニヤリと笑って答えた。
本当にそうなら、この場で数少ない嬉しい報せである。
「油矢に火矢、他に何でもいいから、燃やせる手立てを講じるよう、伝令に走れ、と」
対して優男のブレントが後を引き継いで説明した。
まだ伝令を送っていなかったことにペイトンは気付く。きっちりと戦況や相手を見極めて、あえて伝令を遅らせたのだ。
(確かに有効だ。考えることは同じ、か)
思い切ったものだ、とペイトンは思う。
山火事の危険性もあれば、それまで自分たちがここに踏み止まり、危険に身を晒し続ける、ということでもある。
(だが、俺等が完全に離れたら)
また擬態したツリークイッドを探し、斥候部門や他所の部隊が奇襲を食らう恐れがあった。
「行ってきます」
元狩人なだけあって、警戒しながら山を走るのもブレントとマーカスが速い。
「分かった、ここは俺等に任せろ」
山火事になろうと危険であろうと、他人に戦いを任せるよりは遥かにマシだ。
ペイトンはヒックスを見直しつつ、再び触手との格闘に励むのだった。




