182 第1部隊隊長ジェイコブ2
裏路地の中で、ジェイコブはディオン、スタッダの双子とともに激論を交わしていた。
どうしても年齢が近いということで、双子がティアを魅力的な少女として論ずるせいである。ジェイコブとしては論破したいのだった。
「いずれ、もっと年頃になりゃ、レンファさんみてぇになるさ」
期待を込めてスタッダが言う。
「いんやぁ、今だってお人形みたいだからなあ。もぉっときれいになるぞ」
ディオンがもっと熱を込めて言う。
「残念ながらあの娘は、得た養分を全て魔力に変換してしまう。発育には期待が出来んな。レンファ嬢やネイフィ嬢のようにはなれん」
首を横に振ってジェイコブは断言してのけた。学術的な知見に基づく予測である。まず間違いない上、実際、そのとおりなのだから間違いない。
「顔が可愛いからいいんだ」
それに対して、双子が声を揃えて断言した。何を言っても最後はそこに行き着くのである。
(駄目だな、これは)
相手のどこに価値基準の軸足を置くかは極めて難しい。他人がそこを動かすのもまた極めて難しい。
「分かった、分かった。だが、惚れ込むあまりくれぐれも変質者的な覗き見はしないようにな」
ジェイコブは双子の説得を諦めて告げた。
「ダチの恋人のうちは手を出すことはねぇ」
憮然とした顔でスタッダが断言する。
「そもそも。あんたにゃあ言われたくねぇなぁ。あの娘は俺等の目の保養だぁ」
どこかで聞いたことのあるような言い回しをディオンも返してきた。
ティアのことはもういい。リドナーもいるのだからよく守られていると言えた。さらにはティア愛好家である双子が陰からも守るのである。
「他に、シグやマイラの動向を掴んだのなら教えてくれたまえ」
ジェイコブは友人2人についても依頼した。これは命令ではなく依頼である。私事なのだ。
「重大な戦力だもんな」
何か勘違いしてスタッダが頷く。
「そうではない。あの2人は昔からの友人だから頼んでいるのだ」
邪竜王との戦い前後からの友人は決して多くない。癖のある2人だが、自分も似たようなものだ。せっかく再会出来たのに、あんな姿のくらまし方をされては、ついつい気にはかけてしまう。
「頼まれてる気がしねぇな。まぁ、いいさ」
ディオンが珍しく短く告げて、自分に鋭く一瞥をくれてから闇の中へと姿を消した。
翌日、ジェイコブは通常の調練に顔を出す。
もともと外部の人間だったジェイコブである。ともに訓練で汗を流す、ということはしない。
(身体を動かすのは不快だ)
だが、皆がどういう動きをするのか、どれほどの仕事が出来るのはきっちり把握しておくべきだった。
総じて動きが機敏で鋭いように見える。
(だが、なぜ皆、同じ武器、同じ装備なのだ?双子たちは短い剣を使っていたが)
ジェイコブは首を傾げる。何人かは武芸に疎いジェイコブが見ても、剣に向いていないように見えた。
「ジェイコブさん」
「ジェイコブ師」
ひょろりと背の高い2人が早速、声をかけてきた。
「イーライ君に、ジェクト君ではないか。どうしたのかね」
ジェイコブは難無く名前を思い出して尋ねる。優秀な自分にとって、20人の顔と名前を一致させるぐらいは造作もないことだ。
「ちょっとお話が」
落ち着いた口調でイーライが言う。双子やリドナーとも親しい。腕も確かだ。手足が長くて、ゆえに間合いも深い。
(地方ならではの強さを持つ若者達だからな)
実戦慣れもしていて、よく見る魔獣などの対処では大いに安定感を発揮するのだ。
(だが、何かが足りない)
密かにジェイコブは思う。
もう一つ何か良い特徴があれば、リドナーとまではいかなくとも双子と同じぐらいには働けるのではないか。
恵まれた体格を活かす何か、である。
(いかに私が優秀でも、背丈と手足は伸ばせんからな)
2人の長い手足を見るにつけジェイコブは考えるのだった。
(いや、私なら身体を伸ばす魔術も開発できるのではないか。身体強化の応用でなんとかならんか)
ジェイコブは考えを巡らせる。甲冑狼などは鎧を纏うため、身体を大きくしても利点がない。発想として今までは抱くことがなかった。
「あのー、ジェイコブさん?」
イーライに言われて、ジェイコブは我に返る。
「ふむ、どうかしたかね?」
ジェイコブは何事もなかったかのように尋ねる。会話の途中で思考してしまい、止まっていたから驚いたのだろう。よくあることだ。
「いえ、俺もジェクトも盾と鎧を装備して戦ってみようかな、と。俺たち、身体が大きいから敵を引き付けることも多いので」
イーライがジェクトと頷き合いながら告げる。
確かに他の隊員よりも2人が頭一つ分は背が高く、目立つことは間違いがない。
「ふむ、面白いではないか」
統一されていて、均一な守備隊の中にあって、特徴を持たせるというのは決して悪いことではない。
鷹揚にジェイコブは頷く。
(せっかく腕利きを集めたのだからな)
魔獣討伐に特化した集団であるべきなのである。武器なども意見具申があれば得意な武器をどんどん使わせたい。
(ヒックスとか言う男も弓を使っているではないか)
赤毛の同世代だ。
だが、考える頭こそあれ、ジェイコブ自身が武芸の使い手というわけではない。
「賛同はする」
ジェイコブの言葉にイーライとジェクトが嬉しそうな顔をする。
「だが、武器はいいのか?」
両手で剣を使う者が多い。イーライとジェクトも同様だったはずだ。思い出しながらジェイコブは問う。
「俺たちもずっと剣だったので、そこはまだ使い慣れた得物のほうが良いかな、と」
今度はジェクトの方が口を開く。
1から槍や斧などの戦い方を学ぶことがどうかというところだ。
「カンテツ老人に私から話をして盾を作らせよう。だが、鎧はどうか」
ジェイコブはさらに問題提起した。
「守備隊はこれまで初動対応を重視してきたのだろう?手練れをバラけさせていたのもそのためだ。鎧を着込むとなると脱着のため君等だけが遅れかねん」
軽装であったことにも今での編成にも、それはそれで理由があったのだ。
「そうですよね」
ジェクトも考える顔をした。考えることを人任せにしない姿勢というのはいつでも好ましい。
「いきなり重たい鎧を着て、君等が今までのように動けるのか、という疑問もある。ゆえにまずは盾のみを試用したまえ」
試用してみることで見えてくるものもあるだろう。
「そして、盾を持つつもりである以上、君たちは今からでも片手で剣を使う修練に励むのだ。細かい点はリドナー君と詰めなさい」
まずはたった2人でもはっきり盾の役割をしよう、というのは前向きで面白い意見具申だった。
(私が魔術を放つまでの盾ともなりうる)
付け焼き刃の連携、戦法となるかもしれない。だが、最初はなんでも付け焼き刃なのだ。
やってみる、ということはなんでも大事なのである。
「すいません、結局、考えていただいて」
イーライもジェクトもすまなそうに言う。
「なに、考えるのが私の仕事だ。構わない、どんどん提案したまえ」
風通しの良い組織づくりも大事だ。軽くジェイコブは告げて、再び鍛冶屋へと向かうのであった。
冒頭、とてもどうでもいいところからスタートしてしまい、申し訳ないです。




