174 祈ることの是非2
「まぁ、手っ取り早くするなら、狂信的なまでに神の信奉者とでもなって、他者を排斥するような、まぁ、そんな人物に君がなればいい。ただでさえ身体が小さい上、心まで狭くなるというわけだな。私に言わせれば」
それでも腹の立つことを止めないジェイコブが言う。
ただ話自体はティアにも分かった。失礼で無礼で変態であること以外は、話をしてもらえて良かったとも思う。
「だが、理屈はそうでも、人の心はそう簡単に根本から変わるのか?と私は思うがね」
さらにジェイコブが言い加える。
(そんなのは無理)
ティア自身も思うのだった。もとより頑固だと言われることの多かった自分である。そう簡単に人格ごと器用に切り替われるものではない。
「無論、少しずつでも変わろうと。そのための第一歩、ということなら私も分かる。だから、あながち間違いとも言えんのだ」
こうジェイコブが長い説明を締め括った。
だが、もともと勉学が苦ではなく、医療の専門書に目を通し始めたティアからすればまるで苦にならない。
ティアはこくん、と頷いた。
「それに君は、魔力量こそ膨大だが、燃費が悪い。魔力操作をするに際して、信仰という形を取れないからだな。同じことをするのにも、他の何か信仰している人間よりも、多くの魔力を要するのだろう」
さらにはっきりとジェイコブが言う。
疲れやすい、という自覚は自分にもあった。またしてもティアは納得である。
「ゆえに、神への信仰を今からでも抱いて神聖魔術を極めることと神竜様の養育。これらの両立は出来ないだろう、と私は思う」
珍しく優しげな視線をジェイコブがドラコに向けていた。
かつて王都デイダムで神竜に仕えていたと聞いている。実は愛着が強いのかもしれない。
「確かに両方、私には」
ティアもドラコに目線を下ろす。
「つまり、君にとっては赤いローブの男の言う通りにするのは、神竜様の養育を諦めることと同義ということだ。無論、かねてから言っているとおり、魔力の質が変遷することも起こり得るから、なおのことお勧めできないというわけだ」
手をひらひらとさせてジェイコブが言う。
神竜ドラコの養育を諦めるなどティアにはありえない、と分かっている態度だった。
「君も自分の感覚で、同じように強くなれると思い始めていた。魔力量が増えているようじゃないか。そこまで含めての巧妙な罠だな、これは。リドナー君の言う、たかが甘言というのとは、この側面でも違う」
罠、という単語の響きが重い。狙い撃ちされたのだ。
(もともと、言いなりになるつもりはなかったけど)
心の中を揺さぶられた、だから罠なのだ。
自分を陥れようという悪意もまた怖かった。
「でも、なんで、そんな」
ティアは疑問を抱くのだった。相手の意図が、目的や利益というだけではなく、手段の面でも。
(私の前に一度は簡単にあらわれた。簡単に危害を加えられたのに)
回りくどいことをしなくても良かったのではないか。ドラコがいなければ自分などただの小娘なのだから。
「私の聞く限り、その者は魔獣使いだな。例えば神竜様を欲しているのではないか?そして、神竜様を得るのに君から譲り受ける、という儀式的なものが必要なのかもしれん」
腕組みしてジェイコブが言う。
「魔獣使いと魔獣の契約とは他者には窺い知れんものがあるからな」
ジェイコブにも知らないことがあるのだ。ティアには意外だった。
「君からの魔力供給が絶たれれば、神竜様は生きるため、誰にでも何にでも縋るだろう。魔獣を操る者につく、ということは十分に起こり得るね」
淡々とジェイコブが告げる。
「そんな」
ティアは絶句するも、その場合、酷いのは自分の方だ。幼いドラコを放棄して、自らが力を得ることを優先した、その結果ということになるのだから。
「危なかった、んですか?私」
ドラコのたてがみにそっと手を置いて、ティアは呟く。
自分が裏切るなど思ってもいないような安らかな寝顔だ。
「はっは、君はシグの件と言い、今回と言い、まるで逆の信仰心を、いかに祈らないか、その頑固さを試されているかのようだな」
ここで意味不明に大笑いしてしまう不謹慎さがまさにジェイコブなのであった。
(どこに笑えるところがあるのよ)
ティアはつい睨みつけてしまう。
「じゃあ、私はドラコに魔力を食べてもらって、神聖魔術を使ってもらって戦うしかないってことですか?」
むくれてティアは尋ねる。
「神竜様を戦いに使おうということかね?いやはや、そこはリベイシアの人間だな。まさか神竜様を戦いに使うような発想はティダールの人間では思いつかない」
面白がるような顔でジェイコブが告げる。
不謹慎な口調ではあっても、その発言にティアは胸をつかれたような気分になった。
「神竜様を守りたくて魔力云々の話をしていたのに、その神竜様を戦いに出して危険に晒すというのは、私には本末転倒ではないかと思えるがね」
さらに皮肉たっぷりにジェイコブが加えるのだった。
言われてみれば、ぐうの音も出ない。
(そうだ、私は)
誰かを攻撃することも、神に祈ることもしたくはない。
(自分の気持ちを見失いかけてた)
思い出させてくれたジェイコブに感謝をしそうになってしまった。
「はっはっは、君は祈るよりももっと、そもそも、もっとよく食べて肉をつけたまえ」
おもむろにまた笑い声をあげてジェイコブが言う。指さしているティアの身体の部位がなお不快だった。
再度の大笑いにドラコが目を覚ます。
「君は本当に細身で小さ過ぎる。女性というよりも女児だよ。何をするにも不便ではないか」
一体、太ったところで誰に便利だというのだ。
いい加減、人の身体について言及するのをやめてほしい。
ティアはさすがに本気で腹が立ってきた。
「クルルルル」
ドラコがティアの怒りを察した。
「ピッ!」
まだ笑って戯言を何か口走っているジェイコブの鳩尾に、ドラコが突進した。
「ぐぅわっ!」
独特の悲鳴とともにジェイコブが昏倒するのであった。
「失礼以外は参考になりました。本当にありがとうございます。じゃっ」
ティアは立腹したまま、ジェイコブに背を向けて、午後の治療のため部屋に戻るのであった。




