166 頑是ない幼竜
リドナーとジェイコブがガウソル宅を訪れていたのと同日、ティアは昼休みの時間に治療室を抜け出していた。
ドラコも一緒である。
「むう」
ティアは両手を膝上に置いて、ふてぶてしくも欠伸をしているドラコを睨む。少し大きくなったものの、まだ子犬ぐらいの大きさしかない。
対するティアは、いつもどおりの白地に金縁のローブを身に纏う。あくまで昼休み、仕事中なのである。昼休みが終わったらまた、治療室に戻って怪我人を治療しなくてはならない。
「ピィ」
無邪気な青い瞳が自分を見上げる。さらに甘えて身を擦り寄せようとしてきた。
「ドラコったら、もうっ!」
ティアは愛らしい幼竜を抱き上げて言う。そして自身に正対させた。
「そりゃ、無闇に大きくなるのもダメだけど。今日はレンファさんとか院長からも許可もらってるし。私がやってって言ってるんだから、いいんだよ」
屋内では危ないので、わざわざ神殿になりかけの公園、緑の残る芝生に座っているのだった。大きくなったりホーリーライトぐらいなら発射したりしても大丈夫なはずだ。
「ピッ?」
不機嫌なティアに今更気づいたふりをするドラコが首を傾げる。
「私、ドラコがどれぐらいいろんなことが出来るのか、ちゃんと知りたいんだよ」
頑是ない幼竜にティアは耳元で言い聞かせる。
四色の虎と戦った時に自分は逃げた。残って頑張ったドラコは偉かったが、危うく頭を齧られてしまうところだったのだ。
(もし、私が魔力をあげたり、回復したりしてたら違ったかもしれない)
痛恨の後悔が自分に重くのしかかっている。同じ後悔をもう、したくないのであった。
ティアはドラコを地面に下ろす。もう一度、大きくなるよう視線で促す。
「ピィ」
ドラコが後ろ脚の間に尻尾を挟み込んでしょげた声を出す。やはりどういうわけか大きくなりたくはないらしい。
「むぅ」
可哀想なふりをしてもダメである。ティアは腕組みをした。ドラコが強いということまでは知っているのだ。
「だめっ、いっぱい魔力あげたよ?ちょっと大きくなって」
重ねてティアは告げる。自分なりに厳しくて怖い顔も作った。
魔力を使うのが嫌なのか。それともたとえティアであっても言われて何かをするのが嫌なのか。そもそも魔術を使うための大きな姿にすら、ドラコがなろうともしない。
ここ数日、何度も試そうとしているのだが、甘えたりしょげた声を出したりして、やり過ごそうとするのである。
(昼休み中しか私が厳しくできないのも、ドラコったら、わかってるんだもの)
本当にまだ幼いながら賢いのであった。少し憎たらしく思うにつけ、言われてみれば、ドラコのお腹がタプタプであることにも気付く。このお腹も大きくなると引っ込むから不思議だ。
「ピィピィ」
またも憐れみを乞う声でドラコが泣きついてきた。『遊んでよぉ』と青い目が言っている。この試しをしようとし始めてから自然、一緒に遊ぶ時間が減ってしまったのだった。
思うとティアもほだされそうになってしまうのだが。
(だめだめ。可愛いけど、また、ドラコ自身が魔獣に狙われちゃったら?あの預言者って人が、いつ、何をけしかけてくるか、知れたもんじゃないんだよ?)
ティアは自らに言い聞かせる。
「また、怖くて強い敵が来たらね、私、次こそはドラコを助けてあげたいの。だから、お願い。ね?」
今度は優しく諭すように耳元で囁いてみる。
「ピッ」
しかし、今度はドラコにそっぽを向かれてしまう。
「ドラコッ!だめっ、ちゃんとして!」
心を鬼にしてティアは言う。しつこいかも知れない。でも、知るというのは大事なことなのだ。
「ホーリーライトを使ったり、リカバー使ったり、あと障壁を作れるのも、私、知ってるけど。どれぐらいの時間とか回数とか。ちゃんと私に教えて」
多分、魔力を使うのが嫌なだけなのだろう。つまりはドラコの我儘だ。
ティアはとうとう腹を立てた自分を自覚しつつ告げる。
「ピッ!」
また反対側にドラコがそっぽを向く。
「だめっ!」
ティアもドラコを、抱き上げて無理矢理、自分の方を向かせる。
「ピッ!」
しかし、またもドラコがそっぽを向く。
「もう〜〜っ!」
ティアはドラコを睨みつけて唸る。
「ピィ〜〜ッ!」
するとドラコもまた『どうしようもないご主人だ』と言いたげに可愛らしく唸るのである。
「もうっ!魔力、あげないよ!使わないんだもん、あげなくても一緒でしょ!」
とうとうティアは最後通告である。売り言葉に買い言葉のようなものだ。
「ピィピィピィ」
すると今度はまたドラコがしょげてしまう。自分の胸にすがりついて情けを乞うのだ。
いつもなら何もなくともそんな可愛いことをされれば、ティアは抱っこして撫で撫でするのである。
だが、結局のところ、ドラコが力を見せようとしてくれていない現状は変わっていない。
(ううっ)
自分は酷いことを無駄にしているだけなのではないか。
ともすれば思ってしまうのだが。
(でも、やっぱり考えると必要なことだよ。なんで、ドラコ、手伝ってくれないの?)
ティアはティアで悲しくも疑問にも思うのだった。
「リドがいたら、何て言うんだろう?」
ティアは口に出して呟く。
自分ともドラコとも良好な関係のリドナーである。中立的に公平な意見をくれるはずだ。
(会いたいのに)
今までは毎日のように昼休みに顔を見せてくれた。
だが、四色の虎を倒したあとから来なくなっている。配置変えで忙しくなり、また、何か思うところもあったらしい。真面目で凛々しい顔をして『ごめんね、しばらく来れないんだ』と言われてしまったのだ。
「リド、頑張ってくれてる。私たちのためだよ」
ティアは横を向いたままのドラコに告げる。
「だから、私たちも頑張らなくちゃ」
ドラコが自分の方を向いた。
「ピッ!」
しかし、そのまま逆側へそっぽを向くだけだった。
(はぁ、どうしたらいいんだろ)
途方に暮れている内に、今日も昼休みが終了してしまい、ティアは肩を落とすのであった。