165 不在世帯を訪ねる2
ため息をついて、リドナーはジェイコブの分別する『値打ち物』と『ゴミ』とを分けていく。
自分なりにただ置くのではなく、分かりやすかったり、分かる範囲で種類で分けてみたりと一応の気を使う。
「ふむ」
いちいちジェイコブが評価するかのように声を出すのも煩わしかった。適当に置いていたなら文句の嵐だったのかもしれない。
(それはもっと面倒臭い)
リドナーは思いつつ、翼のような2つで1対の何か部品のような器具を受け取った。
「これは、なんだろ」
思わずシゲシゲと眺めてリドナーは声を上げてしまう。
「これは後背兵装の追加部品だな」
事もなげにジェイコブが明かしてくれる。
「コウハイヘイソウ?」
聞き慣れない単語にリドナーはそのまま返した。
「甲冑狼を外付けの器具で作れないか、という試みがあった。甲冑狼は体内に魔術で直接関与する分、人格に影響を及ぼしてしまったからな。装備で同じことが出来れば画期的ではないかと思ったのだが」
なんてことはない。ジェイコブ自身が発案して作った部品がガウソル宅に転がっていたのであった。
訊かれてもいないのに淡々と説明をしてくれる。
「凄いですね。魔力があれば誰でもガウソルさんみたいに動けるってことですもんね」
それでもつい、リドナーはしっかり受け答えをしてしまうのだった。
「そのとおりだ。そここそが後背兵装計画の肝なのだ」
勢いよく頷いて、ジェイコブが言う。手を止めてしまった。しばらくは話が続くということだ。
「だが、そう、上手くはいかんのだ」
ジェイコブが首を横に振った。
「後背兵装は使用者の魔力を青白い粒子に変換して、外から直接筋肉等に働きかけるというものだ。さらにこの追加部品は魔力を推力に変換して飛ぶことも出来る、のだが」
熱を込めて説明してくるジェイコブに対し、リドナーは返事をしたことを後悔していた。
「聞く限り凄そうですけど」
リドナーはまだ『上手くはいかん』の部分について、説明を受けていないのだった。
「残念ながら幾つか難点があってな。まず高い。金がかかる。それに後背兵装を使うには魔力の調整が必要でな。使用者は他のことに魔力を使えん。つまり身体能力を高めるための器具を、使いたいであろう身体能力の低い魔術師は使えないのだ」
ティダールにはもともと魔術師が多かった。身体能力に弱点を抱える魔術師の劣等感を払拭するために甲冑狼が生まれ、さらには後背兵装が生まれたということだ。
(でも、当の魔術師が使えないんだ)
あまりに根本的な問題にリドナーは苦笑いである。
「それに、ガウソルら生粋の甲冑狼ほどの身体能力を現段階の技術では再現できなかった」
悔しそうにジェイコブが言うのであった。
「結局は素直に魔術師は攻撃魔術を覚えたほうが良いと、そういうことになって計画は頓挫したのだ。まったく。金や技術力の課題は根気と知性と努力でどうにでもなるというのに、あの俗物どもは」
あげく、ジェイコブがぶつぶつと文句を言い始める。
確かにリドナーも同じ考えに至った。ティダールの魔術師ならば攻撃魔術を使ったほうが手っ取り早いと感じるだろう。
(俺も、魔術はないけど。使えればドカンッ!てやってみたいもんな)
この調子で説明が長々と入り、時には自身が関与したものなどがあると自慢話も入るので遅々として作業が進まない。
ジェイコブが水色の小さな小箱を渡してきた。
「これは?」
今度は何なのか。思いつつリドナーは尋ねる。
「それは誰か適切な美女に私が贈るので、美しく包装しておくように」
何食わぬ顔でジェイコブが理不尽を言った。『適切な美女』という言い回しをリドナーは生まれて初めて耳にした。
「自分で包装はしてください」
一応、分けては置きつつもリドナーはつれなく拒むのだった。
自分がこの泥棒じみた作業についてきたのは、『君にとっても間違いのない利益。そうさな、つまり、強力になれるのだから来るように』との有り難い助言があったからだ。
今のところ自慢と説明しかされていない。
「ふむ」
考え込むような顔をして、だいぶ減ってきたガラクタの山をまさぐる手を止めた。
さすがに不満が空気で伝わってしまったのだろうか。
「この町に腕の良い鍛冶屋はいるかね?」
背中を向けたままジェイコブが尋ねてくる。
「一応、守備隊御用達のカンテツ爺さんがいますけど」
高齢だがいつも元気な人だ。白髪だが皺くちゃの笑顔をいつも見せてくれる。
「とりあえずはそこに頼るしかないか。私も助言はするがね。シグは本当に物の価値を知らん」
どうやらお宝を見つけたらしい。それも鍛冶屋の必要なお宝だ。
知らずリドナーは身を乗り出してしまう。
ジェイコブが手に細長い棒のようなものを手にしている。埃を被っているが、どう見ても剣だ。刀身が鈍く光っているようだが、汚れがひどい。
「これは魔剣だな。見たところ、氷の魔術が組み込まれている。研いでみれば、魔法陣が見えるだろう」
さらりとジェイコブが告げる。
「王家の蔵にでもあったところ、邪竜王騒ぎで蔵のほうが崩れたのだな。そこをシグが引っ張り出した、というところだろう」
経緯などどうでも良かった。
「俺にも使えるんですか?」
リドナーは気になる点を尋ねる。
「使えるかもしれんし、使えないかもしれん。だが、本来、魔術を使えない剣士に飛び道具を持たせるための武具が魔剣だ。優れた魔術師の私が調節すれば、君の剣技とこの魔剣の力とが合わさるということも起こり得る」
ジェイコブがさらりと自画自賛をした。つまり、氷の魔術を使いながら戦うことも出来るようになるということだ。
「剣である部分をカンテツ翁とやらに直してもらい、私が魔法陣を調節しよう。そして、遣う前に私か誰か魔術師が魔力を込めれば、君は魔術師でもないのに、氷の魔術を使える」
魔剣にどのような魔術が籠められているかまでは、『優秀』なジェイコブにも現段階では分からないらしい。
だが、有り難い申し出ではあった。
「いいんですか?でも、なんでそこまで」
リドナーは筋金入りに曲のある性格であるジェイコブに尋ねる。
「今更だな。君は話していて愚かではないから、気に入ったし、何より私の数少ない友人であるシグの養子ではないか。それに前途ある若人を助けるのは、優れた先達の務めだよ」
何食わぬ顔でジェイコブが淡々と言う。自身もそこまでの年齢ではないだろうに、先達気取りなのであった。
(でも、素直に嬉しいな)
ジェイコブのおかげで、自分が少しでもガウソルの穴を埋められれば、とリドナーは思い、古びた抜き身の剣を見つめるのであった。