162 ネズ燃しの儀6
ルディは皆に戦闘のかなりの部分を任せつつ、後ろめを歩いていた。油断はしていないつもりなのだが。
「殿下っ!」
ジャクソンが鋭い声で叫ぶ。
ルディは立ち止まって一歩退がる。さらにちょうどいい塩梅に落ちてきたベグラッドを弓で叩いて水路に落としてやった。同じことが、なぜだか剣では出来ないのである。
「お見事、ですが」
もう一匹現れたものをジャクソンが斬り倒してくれていた。さすがに2匹同時の至近距離での対応は難しい。
「今回は任せようと思ってね」
肩をすくめてルディは告げる。
順調に行程を消化していた。現れるのはベグラッドばかりである。
「他に手強いのが出たら、私が仕留めてみせるがね」
ルディはさらに屈託なく笑って宣言した。口ではこう言いつつも、仲間と連携して戦うというのも悪くない気がしている。
「この連中が増えると、他の魔獣や生き物は数に押されて生息出来なくなるのですよ」
笑ってチャルマーズ執政が説明してくれた。
単体ではそれなり程度の強さしかなくとも、同種が集まるというのはそれだけで力になる。チャルマーズ執政の説明はルディにも理解できた。
(人間も同じだからね)
なんとなくルディは思うのだった。
「イイイィィッ!」
雄叫びを上げて暴れ続けるグラム。後背兵装の青白い光が地下水路の中でもよく目立つ。故にベグラッドからも狙われやすい。グラムに引き寄せられたベグラッドを横合いから皆で仕留めていく。
(たまにはいいか)
戦闘の中心的役割をグラムやジャクソンに任せつつ、ルディは歩を進める。
やがて分岐に着いた。
「こっちへ行こうか」
後ろから、ルディは進む方向を指示して告げる。右へ行こうと思った。チャルマーズ執政なども頷いているから揉めることなく進む。
「殿下は道が分かるので?」
つかの間、ベグラッドの襲来が途絶え、グラムが話しかけてきた。
覚えているは覚えているのだが、道を決めたのは別の理由だ。
「なんとなく、こっちにたくさんいそうじゃないか」
ニヤリと笑ってルディは告げる。
なんとなく比較的に肌の粟立つ方向を目指すべきだと思う。せっかくチャルマーズ執政直下の精鋭部隊を引き連れているのである。
「ハハッ、そいつぁいいや」
グラムが楽しそうに笑う。見るとジャクソンも殺気をあらわにして笑みを浮かべていた。いつになく怖い、ジャクソンの笑顔だった。
自分の言葉どおり、またベグラッドたちが石の合間から現れ出す。
「イーッ」
疲れ知らずのグラムが再び暴れだす。槍を細かい相手にも実に上手く遣う。ただ突くだけではない。槍の柄で打ち払う技なども見せている。
「その雄叫び、なんとかならないのか」
さりげなく今まで大振りにならざるを得ない槍のグラムを援護してきたジャクソンが苦笑いで言う。
小休止である。
「なんだよ、今日に限って」
指摘されて決まり悪そうにグラムが応じている。槍に付着したベグラッドの体液などを落としているところだった。
今までにもまったく戦ってこなかったわけではないため、グラムの奇特な叫びについて、ルディもジャクソンも知らないわけではない。
「水路の中じゃいつもよりも響くからな。周りがどうしても気になるし、他所の部隊が敵と間違ってしまうかもしれない」
肩をすくめて、ジャクソンが返した。
「こんな大声出す魔獣はいないよ」
笑ってルディは口を挟んだ。
「なんでぇ、殿下まで。気合入れるとつい出ちまうんですよ」
グラムが言うと、聞こえていた人間の顔から笑みがこぼれる。
なかなか過酷な行程だが、気持ちを阻喪している者はいない。むしろ始まりと同じく相変わらず楽しそうだ。
「この街の人間なら当然なのです。水路の中はどうしても気になる。街の根幹を足下から支えるものですから」
チャルマーズ執政が歩きながら説明してくれる。
「ネズミどもに住まれると、とても気分が悪いのですよ」
少し水路が広くなった。
広いところに出ると、かえってベグラッドの出現が減る。隠れ潜むことを好む性質によるのかもしれない。
「あの大きな灰色の扉が見えますか?あれが地下管理室の扉です。ここまで、すべての部隊がベグラッドを駆除しながら来れれば、ほぼ殲滅できたと見るべきでしょう」
チャルマーズ執政がさらに説明してくれた。
片付けをする班も最後尾を回っているとのこと。目的はあくまで水路の安全確保と清掃なのだ。
「なるほどね」
ルディはなんとなく空返事をするに留める。
ここまでと似たような戦闘を経て、やがて地下管理室扉の前についた。
鉄の扉、重たい持ち手を頑丈な鎖で固定し、さらには南京錠で封印している。
「では、ここであとは後続を待ちましょう」
チャルマーズ執政が扉に背を向けた。どうやら地下管理室の中というのはネズ燃しの儀では対象となっていないらしい。
ルディはじっと扉を見つめる。
(いるな。それも今までで一番だ)
凶々しい気配をルディは察知した。中で何かが潜んでいる。それも息を殺して、自分たちをやり過ごそうとしているのだ。
「中はやらないのかい?」
ルディは扉に目を向けたまま尋ねる。
「地下管理室の石の間には溶かした鉄を流し込んでおります。一番重要な場所ですから。この中にはベグラッドどもは入れませんよ」
チャルマーズ執政が微笑んで告げる。
「いや、いる。しかも強いぞ」
ルディは譲らずに告げる。自分への信頼なのか、チャルマーズ執政の表情が変わった。考え込む顔をしている。
「中も確認したほうがいい」
何か異常なことが起きたのだ。ルディは確信している。
「殿下がそこまでおっしゃるなら。鍵は私の管理ですから」
ガチャガチャと音を立ててチャルマーズ執政が南京錠を開ける。
そして、数人がかりで扉を開けるのであった。