161 ネズ燃しの儀5
一定の間延びした呼びかけを背にルディ達は暗闇の中、口を開けた水路の入り口へと進んでいく。
「へぇ、灯りがあるのか」
グラムがいちいち声に出して言う。感心しているようだ。
言葉どおり、入り口を抜けてしばらくすると、通路の各所に設けられた魔導灯が煌々と辺りを照らしている。
視界は悪くない。弓手のルディとしても有り難かった。
(これがドネルの枝の臭い、か)
だが、すえた独特の匂いについ、顔をしかめてしまう。ネズミが嫌がるのも納得できる、人間にとっても嫌な匂いだった。
「えぇ、しばしば中に入る想定のもと、作られた地下水路ですから」
グラムに対しても丁重な態度を崩さないチャルマーズ執政。一方では見た目とは裏腹に、剣を握ることも辞さない猛々しさも併せ持つのだった。
「さて、そろそろ出てきますよ」
微笑みを浮かべたまま、チャルマーズ執政が剣を抜いた。
ジャクソンや他の兵士たちも倣う。
「そこか」
ルディは手にした弓に矢を番えて速射する。
狙ったのは天井近くの石壁だ。狙い過たず、石の間から出て来ようとしたベグラッドに矢が突き立つ。
更に首筋がゾワリとした。
「ほっ」
ルディは素早く矢を番えて振り向きざまに放つ。
通ってきた場所からもまた、ベグラッドが這い出てきていたのだった。
「ヂッ」
断末魔の叫びとともにベグラッドが射殺されて転がる。まるまると肥っているその容姿に、ルディは嫌悪感を催す。魔獣というだけあって、大きさもネズミの割にはかなり大きい。小さな猫ぐらいはあるのではないか。
(なんでこの大きさで石の間に潜めるんだ?)
ルディは首を傾げる。
「大きいでしょう?ですが身体は柔らかいようで、思いの外狭いところにも、身体をねじ込んで入り込むのです。まったく厄介な奴らですよ」
落ち着いた口調で、チャルマーズ執政が告げる。その剣にはベグラッドの体液が付着している。
(愛用を置いてきておいて良かった)
ルディは穢らわしい体液を前に思ってしまう。
手にしているのはいつもの黒い長弓ではない。一般の兵士が使うような短いものだ。長弓では取り回しに大きな不安があった。暗所や狭いところでは極力短いものを現地で借り受けるようにしている。
ともに一矢で正確に頭の真ん中を射抜いていた。
次には矢を弓に番えて、一呼吸置く。予想通り、真ん前の石の間からベグラッドがまた現れたので、3匹目の頭部を射抜いてしまう。
「すごい」
手放しで兵士の誰かが賞賛してくれた。
「まったく、殿下がいつもの調子じゃ、俺等の腕の見せ所がねぇや」
グラムがぼやいていた。ジャクソンも頷いている。いつもは護衛ぶって澄ましているのだが。
「なに、心配ご無用ですよ。嫌でも出番が訪れます」
ニコリと笑ってチャルマーズ執政がグラムに告げる。
その言葉通り、グラムの心配は杞憂であった。
「うおっ」
石の間から飛びかかってくるベグラッドを慌てた様子でグラムが躱す。
突進が空を切って、床に着地したベグラッド。
「イーッ!」
独特な雄叫びとともに、その腹にグラムが槍を突き出した。
鋭い一撃がベグラッドを貫いて仕留める。
また横合いからベグラッドが現れた。
「イーッ!」
またしても甲高い叫びを上げてグラムが仕留めてしまう。反応が早いのだった。
自分やジャクソンはグラムの奇声に慣れているものの、守備隊の兵士たちは初めてである。戸惑いをあらわにしている者も何人かいた。
ただ、すぐに自分を取り戻して、近くに現れたベグラッドから順に、それぞれが剣で切り倒していく。
ベグラッドの数も多い。束の間、乱戦となってしまう。
「イーッ!」
叫ぶグラムの槍を掻い潜った個体がいる。
「イーッ」
すかさず槍の柄でグラムが打ち払う。
宙を舞うベグラッド。
「でぃっ」
そこをジャクソンがすかさず剣で斬り倒してしまう。
(良い連携だ)
2人に任せておけば自身の身の回りには危険がほとんどない。『イーッ、イーッ』うるさいこと以外は、落ち着いて周囲をルディは見ていられた。
前方では既に這い出してきていたベグラッドの一群と、守備隊の兵士10名ほどが乱戦となっている。
(ふむ)
ルディは弓に矢を番えて続けざまに放っていく。
乱戦であっても、自分であれば誤射して味方に当てる懸念もない。人の動く中を縫って正確にベグラッドを一匹一矢で撃ち抜いてやった。
「殿下、ビビるやつもいるから、その技は止めてくだせぇ」
近くに寄ってきたグラムが告げる。
「当てない自信はあるのだが」
苦笑してルディは答えた。
「兵士ってのは場馴れも大事でね。いつでも特別な技があるってえのも良くねえんですよ」
一理あるような気がして、ルディも納得できる言葉だった。
「では、私は自分に降りかかる火の粉だけを打ち払えばいいか」
ルディは矢を番えておいて頷いてみせた。
だが、足下にあらわれたベグラッドをすかさず薙ぎ払うような斬撃でジャクソンが仕留めてしまう。
「殿下に降りかかる火の粉は俺が切り払いますよ」
ジャクソンがニヤリと笑って宣言した。
「魔獣にちったぁ、慣れたみてぇじゃねぇか」
同じくニタリと笑うグラム。
(たまにはいいか。任せきるのも)
自分の技や武器は閉所暗所、乱戦には不向きだ。ルディはため息をつく。
チャルマーズ執政も自ら剣を振るっている。守備隊もまた士気高く戦っているように思えた。魔獣との集団戦というのが実はルディにとっては初めての経験だ。
(今までは私が一方的に射殺していくだけだったからな)
魔法剣士マイラですら、長距離狙撃の出来る戦闘では自分に任せてくれていたものだ。だが、連携して戦うということではなかった。強敵と出会わなかった、ということでもある。
(マイラは仲間によって戦い方を大きく変えるからな)
自分との共闘ならば前衛を張ってくれるし、例の一目惚れの相手、甲冑狼の男性とならば後衛に回ることも出来る。
「我々全員があのとき、今の腕前で邪竜王と戦えていたなら、どうだったのか」
つい呟かずにはいられない、ルディなのであった。




