160 ネズ燃しの儀4
開催の式辞を受けて、各員がチャルマーズ執政の指揮のもとそれぞれの配置場所へと向かう。
現地での細かい指揮について、ルディは介入するつもりはなかった。あくまで自分は客分とあり、助勢しているに過ぎないのだから。
神経に触れてくるものもない。
「ハハハッ、こいつはいいや、俺も楽しむとするか、ネズミ狩りをよ」
高笑いをあげて、兵士のグラムが告げる。本職が兵士だからか、大勢で何かをする、というのが楽しくてならないようだ。
「俺等は祭りってわけにはいかないだろ。殿下の護衛なんだから」
珍しく真面目な顔でジャクソンがたしなめる。いつもなら調子に乗るのは、ジャクソン自身だという印象がルディにはあった。いつもは澄ましているのだが、すぐに笑って話し出すのである。
グラムと話をしているところを見ると、良識ある人間に見えるから不思議だ。
「その殿下がどうせ先陣切って突っ込んでくんじゃねぇか」
笑ってグラムが言い返している。
「私は弓手だから数歩後ろだよ」
ルディは2人の会話に割って入ってやった。自分の実戦での位置取りには一応の考え方を持っているのである。
「姿勢の問題ですよ、殿下、姿勢の」
屈託なく笑ってグラムが返してくれる。ここで、畏れ入った、という感じを出さないのが良いところだった。話をしていて楽しいのである。
「確かに。そもそも殿下なのですから、このような荒事に自ら参加する段階で前のめりなのです」
グラムに触発されたのか、ジャクソンも遠慮のない言い方をするようになった。
「こんな楽しそうな行事を私が逃すわけないだろう?」
笑ってルディも返すのだった。自分にはこういう場所のほうが合っている、となんとなく思う。
「殿下、我々本隊は地下管理室を目指します。そこまでの道のりが一番の難行となるでしょうから」
見るからに屈強な兵士20名ほどを引き連れたチャルマーズ執政が真面目な顔で言いに来た。
「では、我々もそちらに同行しようかな」
難行と聞いてルディは自分も行きたくなった。わざわざ提案して主催した上で、楽なところで満足するつもりもないのである。
「そ、それはあまりにも心苦しいです。殿下は安全なところでご観覧頂ければ」
チャルマーズ執政が申し出てくる。
「私も腕には覚えがある。実績もあげたつもりだが?」
鉱山都市ビクヨンでのことをルディは持ち出して告げる。そもそも地下での戦いをどう観覧しろというのだろうか。
「そりゃ山の魔獣を下から狙撃するのと地下に潜るんは別じゃねえですか」
グラムがボソッと指摘するのを、ルディは当然に無視する。
「腕利きの護衛に脇を固めてもらいながら、私も持ち味を活かして貢献するよ」
ルディは機嫌良くチャルマーズ執政に告げる。
極めて断りづらいだろうことが、その顔色から覗えるものの、断らせるつもりもルディにはないのだった。
「こういうときだけ、我々を便利に使うのだから」
ボソッとジャクソンもぼやくのだった。
チャルマーズ執政が救いを求めるようにジャクソンやグラムを見るも決定権はこの2人にはない。
ルディはただ渋々了解する返事だけを待つ。
「分かりました。では、我々の方でしっかりと護らせて頂きます」
チャルマーズが何度か頷く動作をしていた。
「すまないね」
全く悪いという気持ちもなくルディは告げて、ジャクソンとグラムを引き連れてチャルマーズの隊に混ざった。
チャルマーズ執政が腹心と思しき兵士に何事かを指示してから向き直る。
「では、我々とともに水路へ入る正門入り口へ向かいましょう」
チャルマーズ執政が言い、先頭に立って歩く。決めると迷いなく、またキビキビとした動きを取り戻す。精鋭だというだけあって、兵士たちの動きもよく統率が取れていた。
(まったく)
そしてルディは水路入り口へ着く頃には苦笑いをさせられてしまう。
いつの間にか少しずつ増援がやってきて、当初20名だった部隊が40名ほどとなっていたからだ。自分が来るとなって少しでも安全を期すために人手を手配したのは明らかだ。
「殿下、かえって、手間、増やしてるじゃねぇですか」
グラムがニヤニヤと笑って言う。肩にはいつもの鋼鉄製の槍を担いでいる。
「いつもそうさ。気を使うのは周りばかり、さ」
ジャクソンも同調した。いつも不満を持っていたのだろうか。
「ははっ、あまりいじめないでくれ。いざとなれば自分の身は守れるし、腕前の程を見せてやるさ」
平原都市リンドスの道には、脇を水路が流れていることが多い。大概、水路は道よりも低いところにあり、ところどころ降りるための階段が設けられている。
ルディたちのたどり着いた地下水路の入り口、というのは降りた水路脇の通路から、地下へ流れ落ちる水路脇を歩いて進めるようになっている場所だ。
「こりゃ、でけぇな」
グラムがアーチ状に石組みされている入り口を見上げて告げる。
「今回のように大勢が入ることも想定されておりますのでね」
チャルマーズ執政が答えた。
大人5人ほどが並んで歩けるだけの歩道が地下管理室まで通っているのだという。通路自体は水路の左右を通っている。
水の流れが地上の段階でかなり速いため、あえて水に入ろうとはルディも思えなかった。
整列してしばらく待機する。
何かを待っているようだ。
(では、なにを?)
ルディは思っていたところ、すぐに答えを知る。
「けーむりをー、たーくぞー」
間延びした叫びが町のあちこちから聞こえてくる。
「けーむりーを、たーくぞー」
呼応するかのように何度も響く。
「では、参りましょう」
こともなげにチャルマーズ執政が告げて、もって、ネズ燃しの儀が開催されたのであった。