155 ジャイルズの思考
ジャイルズは山岳都市ベイルやティア・ブランソン及び神竜の現状について、知りうる限りの情報を集めてはいた。
(不思議とあまり表には出てきていない。まだ幼体だから、か?)
ガルムトカゲ数匹に襲撃される事案があったときも、神竜による撃退ではなかったようだ。
(かつてなら、神竜が出るまでもなく、その加護によって力を得た魔術師たちが各都市のまもりを固めていたようだが)
引いてはその守りがリベイシア帝国をネブリル地方の脅威から守るものでもあった。
リベイシア帝国にとっては今、ティダール王国の消失により直接ネブリル地方と隣接してしまったという格好である。
(神竜はティダールにいたほうが良い。どこにいてもネブリル地方への防波堤となってくれるのだから)
かつてはティダール西部のデイダムにあってなお、山岳都市ベイルのような東の都市にも影響を及ぼしていたのだから。
「この街はパンがうめぇ。ジャイルズ殿も気晴らしにうまいもんでも食った方が良い」
話が済んだと言わんばかりに、気さくに告げて颯爽と兵士グラムが去っていく。気のいい男である。
ルディ皇子の后たる人物、とジャイルズ自身が思ったものの、どこか冷たいカレン・メルディフの送り込んだのとは思えないほどだ。
(実際、いかにも好漢、という印象だが)
武芸に秀でた面のあるルディ皇子本人やジャクソンらとも上手く接しているように見えた。
「他にも美味い小麦料理をいくつか知っているので。私も夕飯時は楽しむとします」
ジャイルズも素直に楽しもう、と返せるのだった。
自分でも考えすぎたり頭が固かったりするとはグラムの背中を見送りつつ思う。
(放っておくしかない、か。正しいのかもしれないが)
一見粗野なグラムだが、カレンにせよルディにせよ遠い人物のことだから客観的に見られるのかもしれない。的はずれなことを言われた、とはジャイルズも感じなかった。
(問題は時間があるのか?そして、殿下はどんな判断を下されるだろうか)
ジャイルズとしては、どうしても心配になってしまう。
だから、カレンから告げられた神竜のことも、ルディ皇子に伝えることは出来なかった。自分が知らせない、ということはルディ皇子も知らないということだ。
信頼はされている。今までなら裏切ろうと思ったこともなかった。
「まさか、本当にただ、兵士として送り込まれてきた、というのか」
応接室に独り残されたジャイルズは呟く。
きっと、ティアとルディ皇子との距離を縮めたい、というカレン側の工作のため、送り込まれてきたのだ、とジャイルズも思い込んでいたのだ。
(といって、一介の兵士に何をさせるつもりなんだろう、と思ってはいたが)
なんのことはない。本当に兵士として戦い、ルディ皇子の懐を守るため、グラムが送り込まれたのだ、と。実際に腰を据えた話をしてみて、ジャイルズはそう思わざるを得なかった。
グラム自身が大きな手柄を立てた、ということはまだない。
だが、良い雰囲気をルディ皇子やジャクソンとも作ってくれてはいて、他の文官にも気さくに挨拶を交わし、会話を良くしている。
着々とルディ皇子の行ってきた巡視も奏功して、ここまで訪問した都市については、巡視前よりも状況は好転しているとのこと。
(それ自体はとても喜ばしい)
ジャイルズは膝に力を入れてソファから立ち上がる。
グラムではないが、平原都市リンドスを散策してみようと思った。
「考え過ぎだ。私はいつも。神竜だ、なんだ、の前に男女のことではないか」
言い聞かせる。
宿舎を出て、ジャイルズは平原都市リンドスの主要通りを目指す。中央に十字の大通りが交差しており、店屋も集中していた。
「鉱山都市ビクヨン製の刀だ、どうだいっ!」
露天商の叫ぶ声も聞こえる。
鉱山都市ビクヨンの生産が復活し、無事に流通の波に乗り始めたようで、ジャイルズとしても嬉しい。
他の町が活気を取り戻しているので、流通の盛んな平原都市リンドスも活況にあるようだ。少なくとも、自分の目には問題があるように見えない。
(だが、殿下は問題があると仰っていた。よくもまぁ、分かるものだ)
先に答えを言ってくるルディ皇子の発言。その答え合わせや裏取りをするのが、自分たちなのだった。
調べ尽くした今、平原都市リンドスの悩みのタネは割り出せてはいるのだが。
「普通なら、知らなくては分からないことばかりだ」
ルディの巡視は魔獣を道中で倒すため、待ち時間も長い。その間に調べるのだった。
「ティダールの人々もよく奮闘してはいると思うが」
やはり神竜の不在が大きいようだ。かつてと同じ程度の力では魔獣を駆逐しきれない、というのが微妙な齟齬を産み、その齟齬が次第次第に大きくなってしまった、という印象だ。
(そうすると、神竜を孵したティア嬢、その存在はいずれ、ティダールにとってはもちろんのこと、リベイシアにとっても大きくなる)
ややもすれば希望の星かもしれない。
ただ、ジャイルズが調べても把握出来ないのが神竜の成育についてだった。
リベイシアとしては神竜を利用したい。そのためには神竜が成長しなくてはならず、そこにティアやティダール王国の知識が必要となる。
頭の中で思考をまとめつつジャイルズは足早に平原都市リンドスの十字大通りをさまようのであった。




