154 平原都市リンドス3
「単刀直入に訊きたいのだが、グラム殿は何か特別な用向きで我々に合流したのではないのか?」
向かいのソファに腰掛けたジャイルズが難しい顔で尋ねてくる。神経質そうな眉間に皺が寄っていた。
「この一行に加わること自体が特別な用向きじゃねえんですか?」
おかしな質問にグラムは首を傾げる。
本来なら自分もメルディフ公爵の私兵隊としてティダール西部の各地を回るか、或いはメルディフ公爵領で通常の仕事をしているか、なのだから。
(一人でここにいる時点でおかしいっちゃおかしいんだよな)
命じられた当初も腕を見込まれて、のことだから、そこは嬉しかったものの、奇妙な任務に首を傾げていたものだ。
やはり『次期皇帝の下で仕事をしてこい』というのは兵士として鼻が高かったのである。
「いや、そうではなく」
何度か見せるきまり悪げな顔をまたジャイルズがした。
判断が早くて何でも頭に入っている、というのがジャイルズに対するグラムの印象である。仕事ではあまり悩んでいないように見えた。
(ほんとになんだってんだ?俺になにか文句でもあるんなら、スパッと言えってんだ)
ジリジリしながらグラムは思うのだが。
「カレン・メルディフ様の特命で、殿下との仲を取り持つような、そういうことではないのか?」
思わぬことをジャイルズが口走った。
「あぁっ?そんなことしねえでも、カレン様なら自分で殿下の一人や二人、どうにかするだろっ?」
さすがに奇抜な質問をされて、グラムも通常の話し方をしてしまう。
兵士の自分を前に、『皇子殿下と公爵令嬢の仲を取り持つ』など具体的にどうしろというのだ。
「カレン様が自分で話したほうが早えって」
更にグラムは加えるのだった。
「いや、それは、そうかもしれないが」
動揺もあらわにジャイルズがおたおたと返す。自分の方が身分が上だ、などとは思い至らぬらしい。
「だが、時期的にどう考えても。それにメルディフ公爵領の人間はカレン様と殿下とのことは」
いかにも色恋沙汰とは無縁そうなジャイルズである。自分でもおかしなことを言っているとは気付かないらしい。
(大体がなんで、この人がそんなことを気にするんだ?)
最初のところからグラムとしてはわけが分からないのだった。
「とりあえず、俺が派遣されることについて、そんな話は全く無かったですよ」
先に落ち着きを取り戻して、グラムは丁寧な口調でジャイルズに告げる。
「単純に戦力として見込まれたんだって、俺は嬉しかったですね」
旧ティダール王国の試作品だった後背兵装を使いこなせていたことも大きいのかもしれない。
「俺のことを、カレン様や公爵閣下が腕利きだって見込んでくれたんだったら。そんな俺を送り込んだっていう意味の好意はあるのかもしれねぇですけど」
グラム本人の口から言うと自惚れが強いように思えるので言わせないでほしいのだった。
「この巡視の出立前に、カレン様から私は、自分と殿下との婚姻はリベイシア帝国のために必要なことだ、と仰られているんだ」
少し、誤解の原因がうっすらと見えるようなことをジャイルズが述べた。
「そのカレン様は極めて冷静、冷徹で。恋愛というよりは理性として、あくまで必要なことだ、という印象だったんだが、私は」
いかにも頭の硬そうな男である。
自分とは少しカレンにせよルディ皇子にせよ、その見え方が違うのではないかとグラムは感じた。
「いくらなんでも、年頃の娘が、全く好きでもねぇ相手と結婚なんかしねぇでしょう?そりゃ、皇族の人と貴族の人じゃ、俺みたいな庶民には分かんねぇ、なんやかやがあるのかもしれねぇけどさ」
ルディ皇子もカレンも人間なのだ。政略というものにそこまで冷淡に徹しきれるものなのだろうか。
(そういう人たちじゃないように思うんだがなぁ)
父親の後について、柔らかく微笑みながら領地をよく回っていたものだ。とても綺麗なお嬢様としか見えなかった。
「だが、御本人が私にはそのように」
ジャイルズが言い淀む。どうやらジャイルズも自分とは違った観点でカレンとルディ皇子とをくっつけたいのだろうか。
「結局、ジャイルズ殿、あんたは何が言いたいんです?俺になにかしろってんですかい?」
努めて落ち着いた口調で、グラムは尋ねる。
「先の話で好き嫌い云々があったが、殿下は確かにそうかもしれない。政略云々ではなく、かつての婚約者である大聖女レティ様を忘れられないらしい。だから、その妹のティア嬢をまた婚約者に戻そうと、今回の巡視を」
意を決したように思わぬことを、ジャイルズが告げる。
本来ならば、メルディフ家の兵士である雇われの自分は激怒すべきなのだろうか。
不思議とルディ皇子も直接目の当たりにしていて、そういうこともあるだろう、と。言われてみれば、と腑に落ちてしまった。
「そう、ですか。だが、その人はあまり良い評判が無いんじゃ?」
グラムは思い出して尋ねる。大聖女の妹であるのに聖女としては落ちこぼれなのだという。挙げ句、ティダールの辺境に追放されたのだ。
(あぁ、それでこの巡視は、ティダールの奥を目指してんのか)
これもまたグラムは腑に落ちてしまう。
「そこがまた、ややこしい。ティア嬢は神竜の卵を孵した。必ずしも落ちこぼれという評価は正当ではないかもしれない」
難しい顔をして、ジャイルズが言う。
「つまり、ルディ皇子殿下はそのティア様にご執心だから、カレン様とはってことですかい」
腕組みしてグラムはソファにより掛かる。
「もっとややこしい。殿下はティア嬢に惚れているのではない、と私ですら思う。大聖女レティ様を忘れられないのだ。その妹だから、という理由でティア嬢を戻そうとしている」
ティア嬢本人にとってはたまったものではないだろう。
グラムですら分かった。
ただルディ皇子の気持ちもわかるような気がする。
「私としてはティア嬢を戻すのは殿下の今、為している努力をすべて放り投げるような行為だ。あなた達、メルディフ公爵領の人々も思うとおり、カレン様でないと、殿下の治世は」
つくづくルディ皇子の周りには頭の硬い、真面目な人材が多いのだろう。
「少し、そっとしておいてみたら、どうですか?」
ルディ皇子本人も少しゆっくり落ち着いたほうが良い。
「なんと?」
ジャイルズが驚いた顔をする。
「長くかかるかもしんないけど、要は大聖女様の死をルディ皇子殿下が乗り越えられるかどうかって問題でしょ?」
おそらくまだ難しいのだろう。5年経ってもまだ。
「相手の中に昔の、それも死んだ女がいるから、カレン様も前に進めねぇってことじゃないんですか?」
さらにグラムは重ねて言葉を投げかける。
対するジャイルズが深く考え込んでしまう。
お互いの気持ちが向き合うのはいつなのか。いつまでも来ないこともあり得るだろう。
(男と女のことは難しい)
話していて、グラムは思う。
突き詰めてしまえばルディ皇子が未練がましいというだけなのかもしれないし、実際にそうなのだろう。
(だが、俺は嫌いになれねぇな。簡単に好いた相手を忘れられるようなのが、次の皇帝でいいのか?)
自分の価値観ではそうなのだった。
「だが、ティア嬢を連れ戻しては殿下は物笑いの種だ。それにティア嬢もろとも神竜をティダールから取り上げるのは、民の反発を呼ぶ」
また難しいことを考え出すジャイルズ。
ややこしいことを考えるから脇道にそれるのだ。
「それはまた別のことで、殿下がティアって娘に振られておしまいってこともありえる。周りがやいのやいの言うのは違いますよ」
本当にそうなるかもしれない、とグラムは思う。聞いている限り、実のところ姉の死を乗り越えて次の人生を一番楽しんでいるのはティア嬢なのではないか。
「下手すりゃ、もう恋人の一人も作ってて、殿下はただのおじゃま虫かもですぜ」
笑ってグラムは告げた。
「確かに、そうなら話は早い」
ようやく、力なくジャイルズが笑う。いずれにせよこの男は悩まずにはいられないのだろう、とグラムは思うのであった。




