153 平原都市リンドス2
平原都市リンドスが見えてきた。鉱山都市ビクヨンなどとは違い、平原に造られているため、黒く立派な城壁が見えるばかりなのだが。
(久しぶりに来たなぁ)
グラムは接近するにつけ大きく見える城壁を見上げて思う。
自分も現メルディフ家当主のロイズについて、護衛の兵士団の一員としてティダールの各地を回ったことがある。旧王都デイダムはもちろんのこと、平原都市リンドスや鉱山都市ビクヨンも同様だった。
「結構な大都市だからな、ここは」
誰にともなくグラムは告げる。西の王都デイダムと東の大都市リンドスが旧ティダール王国の両輪だったのだ。
「この城壁だものなぁ」
同調したのはジャクソンだった。少し圧倒されているようだ。
ティダール地方に比べ、魔獣の脅威が遠いリベイシア帝国には、高い城壁で四つ足の獣を防ごうという意識が薄い。
(こんなでけぇの、あんたは見たことねぇだろう?)
名前の通り、平原に城壁を丸く巡らせた平原の大都市である。昔からティダール王国内の流通・商業の中心地だった。
(それでいて、農業も盛んだ。うまいもんが喰えるな)
グラムは思い返していた。
都市機構も充実しており、平地の貴重なティダールであるから小麦などの生産が盛んだ。特にパンが上手い。香ばしいあの味は忘れられない。
王都とならなかったのは、ネブリル地方にかなり近いからだった。
「前もって調べた限りでは、ティダール東部の中心都市だそうだ」
ルディ皇子も馬車の中から応じた。
「あの城壁の上からなら、何一つとして見落とさずに済みそうだ」
なぜだかとても嬉しそうにルディ皇子もまたおかしなことを口走るのだった。
「殿下、お出迎えが」
ジャクソンの言葉どおり、街道の先、平原都市リンドスの城門に至ると大掛かりな一団が待機していた。数十名からの集団であり、身分の高い初老の男女とその護衛のようだ。
「出迎えは不要、と先触れに言わせておいたのに」
苦笑いしている顔が思い浮かぶ。ルディ皇子がこぼす。
「そういうわけにもいかんのでしょうよ」
グラムもまた苦笑いである。評判が評判を呼んでいるのだ。大都市であっても、重装ジャッカル200匹を仕留めた皇太子の巡視を無視は出来ない。各都市の有力者にも面子というものがある。
「よし、始めるかな」
自分に言い聞かせるようにして、ルディ皇子が場所から降りて出迎えに応じる。初老の男女の集まった一団が遠目にもピシッと居住まいを正していた。
(ああしてると、本当に殿下なんだよな)
両者がお互いに丁重な挨拶を交わしているのをグラムはただぼんやりと眺める。
(今回は俺の出番はないか?だが、殿下は不穏なものを感じているようだったな)
自分に仕事があるときは荒事のときなのだ。
グラムはなんとなく思いながら、一行とともにあてがわれた宿舎へと向かう。
すれ違う町の住民たちも自分たちに注意を払い、騒ぎこそすれ疲弊しているような様子は見受けられない。
町の中心部にある白い立方体の建物が宿舎だった。各部屋が割り振られた後、ルディ皇子がジャクソンを護衛に伴って町の役場へと向かった。
特にグラムには今のところすることがない。
「グラム殿」
町を散策でもしようかと宿舎を出たところで文官のジャイルズに声をかけられた。
「ありゃ、あんたも殿下と一緒じゃなかったのか」
意外に思ってグラムは返した。
「今日はただの有力者への挨拶回りだけですから。私含め事務的な監査は明日以降が本番です」
少しきまり悪そうにジャイルズが説明する。
かといって、珍しく話しかけてきた理由にはならない。
「ちょっと話をしたいのだが」
内密な話なのだろう。辺りを見回しつつ、ジャイルズが告げる。
「構わねえけど何か?」
グラムは訊き返す。話すべきことに心当たりがなかった。ジャクソンなどとは違い、自分とはあまりに毛色の違う人間に見える。
(強いて言えば俺の態度なんかが気に入らねぇのかもな)
新参どころか自分は余所者だ。話し方などもジャイルズらよりも粗雑だろう。普通にしているつもりでも、知らず、反感を買うことはあるかもしれない。
「いや、大したことではないのだが」
言いながら困った顔をするジャイルズには何の他意も無いように見えた。
ますます分からなくなる。グラムは首を傾げながらひょろりと痩せたジャイルズの後に続く。
宿舎の中に戻って、連れてこられたのは一階の応接室だった。革張りのソファがいかにも立派そうなテーブルを囲う部屋であり、グラムの感覚では豪奢である。
(ここで、内密の話をしようっていうのかい)
グラムは苦笑させられてしまう。
自分であればいかにも人気のなさそうな倉庫などを選ぶのだが。
「いや、職員の動線や殿下のご予定などを鑑みて、ここに誰かが近づくことは皆無なように調整はしてあるのですが」
苦笑の意図を察してか決まり悪そうにジャイルズが言い訳する。
「俺にゃそんな調整は無理だから。信用しますよ」
ジャイルズ相手だと自分も口調が堅くなってしまう。
使う頭が自分とは違うのだろう、とただ思った。
「だが、俺みたいな武骨な余所者に何の話で?正直、あんたから俺に用件があるとは、なかなか思えねぇですよ」
はっきりとグラムは告げる。
内密に何か仕事を頼みたいのだとしても、ジャクソンのような手練れなどとは違い、ただの兵士なのだ。
「考えようによっては、とても重大なことだ。腹蔵なく話し合いたい」
とても硬い言い回しで切り出すジャイルズに、グラムもまた緊張してしまうのであった。