148 邂逅
マイラたちが到着したとき、赤炎虎と神竜ドラコとの戦いは当然ながらドラコのほうが劣勢であった。頭を前足で押さえ込まれて、今にも噛みつかれようとしている。
(あのまま食べられちゃえばいいのに)
マイラは思い静観しようというところ。
魔獣のようにガウソルが赤炎虎に襲い掛かり、殴り飛ばしてしまった。
勝利を確信していた赤炎虎には完全な不意討ちであり、ひとたまりもない。あえなく落命し、そのまま投げ捨てられてしまった。
赤炎虎と神竜ドラコとの戦闘で見る影もなく破壊された治療院。
「ふふ、ざまぁないわね」
自然、不謹慎にもマイラは口元を綻ばせてしまうのだった。
「もう、いないか」
群青色の狂化装甲に身を包んだガウソルが呟く。どこか物足りなさそうで、脱力した様子である。
(私ぐらいになると、鎧越しでも分かるのよ)
マイラは手頃な瓦礫に寄りかかって思う。
「そうねぇ、黒いのもいたと思うんだけど」
暴れたがりのガウソルを慮ってマイラは告げる。頭の中で勘定するに、自分たちだけで3匹倒していた。もう一匹どこかにいるはずだ。
(でも、戦ってる気配が全くしないのよね)
さすがに一匹ぐらいは守備隊の誰かが倒したのかもしれない。
ふと、瓦礫の下に潜む、幼体に戻った神竜ドラコが見えた。
(ふふ、賢明ね。おチビちゃんのくせにやるじゃないの)
ガウソルが来るなり、幼体に戻って縮こまったのであった。
(あのままでいたら、あんたもシグに放り投げられてたかもね)
突き詰めれば神竜ドラコだって魔獣なのである。ガウソルの目には投げる対象と映るだろう。
「さて、どうするかな。好きにしようと思うんだが」
ガウソルが狼を模した兜の顔をこちらに向けて尋ねる。
「え、私をってこと?」
我ながら大胆なことを口走ってしまい、マイラは赤面する。かなりガウソルも照れることとなるのではないか。
半ば期待しつつ、マイラはガウソルの反応を待つ。
「いや、身の振り方のことだ」
変わらぬ声の調子で、ガウソルに返されてしまう。狂化装甲を身にまとったままなので、顔色の方は分からない。多少なりとも、実は動揺しているのなら嬉しかった。
「まさか、留置場に戻るとかは無いでしょ。それと、この町のために戦ってやるとかもごめんよ」
マイラは瓦礫に寄りかかったまま告げる。さらには腕組みをした。
「私、お人好しみたいでさ、嫌でも直接頼まれるとつい、戦ってやっちゃうのよ」
深い反省をにじませて、マイラは続けた。思い浮かぶのはヒックスの妻ユウリや大聖女レティの顔だ。
「優しいからな、マイラは。美点だ、と俺は思うが」
ガウソルが手放しで褒めてくれた。
身を捩りたくなるほどの歓喜に耐えかねて、マイラは狂化装甲姿のガウソルに、ピトリと身を寄せてしまう。
このままいつまでも寄り添っていたい、とマイラは思っていたのだが。
「ガウソルさん、マイラさん」
邪魔者もとい養子のリドナーがあらわれて声をかけてくる。
変態のジェイコブも一緒だ。無愛想な顔ながら、右手を挙げて振ってきた。
マイラもガウソルとともに、ジェイコブには右手を振り返して応じる。なんだかんだ、古い友人なのだった。
(多分、一匹はジェイコブが仕留めたのね)
変態だが魔術の腕前は間違いない。
(つまり結局、この町は人任せで情けないってことかしら?)
またマイラは内心でせせら笑うのだった。
「脱獄したんですか?まさか、この町を、俺たちを助けようって」
なんとも虫の良いことをリドナーが言う。
「あまり情けないことは言わないことだ、君も一匹はあれを仕留めたのだからね。肩を並べるつもりで話しなさい」
思わぬことをジェイコブが口にした。
(あら意外、ま、あんたが助けてやったんだろうけど)
マイラは目を見張りつつも、そうとらえていた。ただ、ジェイコブを助けるつもりにさせた、というだけでも大したものだ。
「魔獣がいたから倒しただけだ」
そっけなくガウソルが答えた。兜を外そうともしない。
「町がどうとか、そういうことは考えなかったな」
肩をすくめてガウソルが加えた。
自分も似たようなものなのでマイラも頷く。自分の場合は直接頼まれたから倒した、だが。
(ま、町のことを考えたなら私もシグも、もうちょっといろいろ配慮したわよね)
破壊の痕跡を随所に放り投げてきたし、少なくない割合で建物の倒壊はガウソルと自分によるものだ。
(ま、どうでも良かったしね)
マイラは少なくとも未然に何かを防ごうというつもりも、遠慮をしようという気持ちもなかった。
「本当に甲冑狼に戻ることに、したんですね」
しんみりとリドナーが言う。
「リドッ」
今度はティアと治療院の面々があらわれる。
「ピィーー」
すかさず、隠れていたドラコが飛び出してティアの腕に飛び込んだ。
その気になればマイラなら簡単に斬れる。ガウソルもかつては容易く鷲掴みにしていたものだが。
二人して特に反応はしない。
もう、どうでもいい存在なのだ。
「あっ」
ティアが甲冑狼姿の男がガウソルであると遅れて察して固まった。
「今更、どうこうするつもりもない」
淡々とガウソルが切り出した。どこを見ているのかすらも兜のせいで分からない。
「養父だとか分隊長だとか、らしくないことをしたせいで、余計なことをした。悪かったな。竜だ、聖女だ、なんて、俺の首を突っ込むことじゃなかった」
淡々とまるで悪びれない口調でガウソルが言う。
ティアがきまり悪そうな顔で神竜ドラコを抱きしめる。
(心なしかたっぷりしてない?その小竜?)
マイラはどうしてもドラコのお腹の膨らみが気になるのだった。ただでさえガウソルに謝らせて気に入らないところ、ぬくぬくとしていた、というのが垣間見えて腹立たしい。
「別にシグが悪いことなんてなにもないのよ。そいつらが自己都合で法律を持ち出しただけ。ね、拘留されてやるいわれもない。もう行きましょう」
マイラはこれ以上、不愉快になる前にガウソルに促す。
自分としては魔獣も何もないところで、ただガウソルと平和に暮らしたい。
「待ちな、マイラの言うとおり、すぐに拘留も解ける。だから」
ティアの背後に治療院のライカ院長もいた。口を挟んでくる。
「前科者だって、シグが後ろ指さされちゃうじゃないの。私はそんなのごめんよ」
マイラはガウソルの腕を引いて告げる。
「俺もだ」
どうせ戦うのなら好きなように戦いたい、というのがガウソルの本音だろう。
しっかりと理解できている自分にマイラは満足した。
2人で治療院を後にする。
誰もとめないし止められない。
ようやく本当にガウソルと二人になれたのだ、とマイラは痛切に思うのであった。




