140 治療院襲撃2
赤炎虎が襲う治療棟を後にし、ティアは食堂に避難してきていた。まだ、ドラコと赤炎虎の争う音と震動が響いてくる。
「院長っ!」
ネイフィが食堂に駆け込むなり声を上げる。
治療院院長のライカ自らがヒーラーに医師、事務職員らの点呼を取って無事を確認していた。かたわらにはレンファも控えている。
怪我をしている人も多かった。
「まったく、守備隊は何をやってるんだい。治療院が魔獣に直接、襲われるなんて前代未聞だよ」
ティアを見るなり、ライカがぼやく。
「ドラコがいてくれて良かったよ。じゃなけりゃ、あたしらなんか、あっという間に皆殺しにされてたね」
恐ろしいことを厳しい顔で告げるライカ院長。
(でも、本当にそうなんだ)
ティアは周囲を見回して納得していた。
治療院には戦力などいない。もともと城壁を越えようとして魔獣が襲って来ることを想定して山岳都市ベイルは造られている。だから、治療院に限らず都市の主要な機関は、高い位置に固まっていた。
「そもそも、魔獣に攻められたときの避難場所がここなんだから」
レンファもまた硬い声で付け加えた。
「いきなり、治療院から先に攻められることは想定してないのよ。空から来るにしても前兆はあるわけだし」
シャドーイーグルの時にも守備隊の何割かが治療院に配置されていたものだ。
思い出して、またティアはコクリと頷く。
「しかし、ドラコはどうなんだい?あの赤炎虎には勝てそうなのかい?」
ライカがネイフィのほうを向いて尋ねる。赤炎虎のことは同じく知っていたらしい。
「勝てるって、私は信じたいんですけど」
ネイフィが俯いて告げる。
最後に見たときには互角の戦いを繰り広げていた。だが、自分がいても戦況が良くなったかは分からない。
ティアも俯いてしまう。
「ドラコはまだ子供で。おっきくなったけど、相手はもっとおっきいし」
ティアも口を挟んだ。
(やっぱり、私も)
出来ることが何か有ったのではないか。ヒールで傷を癒やすことも、魔力を供給することも出来た。
「馬鹿なこと、考えちゃ駄目」
硬い声で、レンファからも釘を差されてしまった。
「命は一つしかない。そして人間は脆弱なの。ドラコとあの魔獣が戦って崩れた、瓦礫なんかに巻き込まれるだけでも、あなたは死んじゃうのよ?」
さらにネイフィも再度、説得してくる。
正論を突きつけられて、ティアは言い返すことが出来なかった。
(そうだ、お姉ちゃんだって)
大聖女と呼ばれた姉のレティですら、生身に魔獣の攻撃を受けて命を落としたのだから。
自分はもっと弱い。
「ヒーラーはまず、自分が生き延びることを考えなくちゃいけない。その上で、人を助けるのよ。ま、院長からの受け売りだけどね」
本人を目の前にして、ネイフィが告げる。
「あたしの言う事がないじゃないか。まったくあんたたちは先輩風を吹かせて」
苦笑いして、ライカが告げる。
話をしている間にも負傷していた人たちの治療も終了していて、皆、動けるようになった。
「さて、とここから逃げるのが良いか、それとも助けが来るのを待つのが良いか。判断に困るね」
ライカが皆を見渡して言う。ティアも首を傾げる。自分の希望だけならば、少しでもドラコの近くにいたい。戦っているドラコを尻目に逃げるというのは気が引ける。
(でも、それとは別に、良い悪いなら、どうなんだろう)
判断が自分はつかない。勉強とはまた別の知性が、判断するということには必要なのだ。
「ドラコと赤炎虎の戦いがどれだけの規模になるか分かりません。ここだって、巻き込まれちゃうかも」
レンファが意見を述べる。
「だが、移動すれば敵の目にもつくかもしれないよ」
険しい顔でライカが言う。
「いきなり、ここをベイルの急所と見なして、あれを送り込んできた、何者かがね。だったら、逃げ出すようにあたしらは仕向けられているのかもしれないよ」
ライカの言っているのはとても恐ろしいことだ。
ドラコを目掛けてシャドーイーグルが飛びかかっていたとき、魔獣自体が本能的に脅威と見なして襲いかかっているのだという話だった。
(誰か、黒幕がいて、策略を練っているの?)
ティアはなんとなく食堂内を見渡してしまう。知った顔以外がいるわけもないのに。
本能だけで襲ってくるであろうことが、魔獣を防ぐうえでは救われている点でもあった。だから、今も城壁を越えた魔獣がいないのに、治療院が襲撃されているという異常に対処できていない。
「逃げ出した先から、また別の魔獣が襲ってくる、そんなことだって、あるかもしれないんだ」
ライカがさらに難しい顔で続けて言った。
少しずつ話し合いに気づいて、周りに人が集まってくる。最終的な決定を下すのはライカであっても、自身の命運が絡んでいるのだから、皆にとって他人事ではない。
「それなら、ここにずっといたほうが良いのでは?」
誰か男性医師が声を上げた。マルケンという医師の中では筆頭株の冷静な男だ。
「神竜様の力の及ぶ範囲にいるほうが、我々のことだけを考えれば、安全です」
マルケンが言葉を足した。
ティアとしては、素直に頷けない言葉ではあるが。
「確かにね。出た先で襲われる危険も考えりゃ、ここで助けを待つか、ドラコの勝ちに賭けるか、の方が分の良い賭けだと思えるね」
ライカも頷いていて、他の面々も同様だ。
「問題は、ここが本当に安全なのか、ということですよ」
新しい声が前触れなく、割り込んできた。
赤いローブを着た男が食堂の入口に立っている。




