135 マイラの皮肉
山岳都市ベイル守備隊第26分隊の詰め所をマイラは訪れていた。いつもなら留置場へガウソルの面会に行く時間なのだが、今日だけは譲った。成り行き次第では面会しなくとも今日中に会えるかもしれない。
「あらあら、珍しい組み合わせね」
思わず魔法剣士マイラは呟いていた。
養子のリドナーがジェイコブとともに詰め所を訪れ、何事かを守衛に告げ、さらにジェイコブともやり取りをしてから1人、奥へと入っていく。
ジェイコブの方はぼんやりと正門の前に佇んでいた。
(ま、男ばっかのとこに入っていくやつじゃないわよね)
マイラは一貫している旧知の変態について思うのだった。
歩み寄っていく。
「あ、あなたは」
告げた見張りが泡を吹いて倒れた。所詮、ただの民兵である。
(ただ殺気を向けただけなんだけどねぇ)
マイラは冷ややかに情けない生物を眺め、見下ろす。
「相変わらず色気の無い女だ」
ジェイコブが静観していた。さすがに殺気ごときで気絶するような醜態は晒さない。
「あんた、女は服の上からでも分かるぐらい胸が膨らんでないと駄目だもんね。変態すけべ」
マイラはうんざりしつつ指摘してやった。体質と体型で女性を見るのは下劣である。
「そんなことはないが、今のところ、そそられるのはそういう女性が多いな」
表情を変えずにジェイコブが肯定した。
「しかし、なんだ。シグの古巣を皆殺しにしようとでも思い立ったのか?」
マイラの手にした抜き身の剣を見て、ジェイコブが尋ねてきた。
なかなか魅力的な推察だが外れである。
「その剣、変わらず魔力が凄まじい。貴様本人よりも美しい」
剣を褒めるが自分を褒めないジェイコブ。いっそたたっ斬ってやろうかといつもマイラは思うのだが。
「おい、どうした?」
どうやら警らに出ようとしていた一団が、気絶した見張りに気付く。
「あ、あなたはマイラさん、これは」
最後まで言えなかった警邏隊の隊長格である。同じく泡を吹いて倒れた。場にいた面々は皆、同じ末路である。
ジェイコブだけは涼しい顔のままだ。
「ちょっと、シグを逮捕したバカどもが今、どんな顔してるか見に来てやっただけよ」
肩をすくめてマイラは告げた。
「少しはシグの有り難みが身にしみてないかしらってね」
ガルムトカゲごときに手こずるような町なのだ。今まではガウソルのおかげで事なきを得ていたに過ぎないというのに。
すたすたとマイラは詰め所の奥へと向かおうとする。
止めようとも一緒に来ようともしないジェイコブ。
「マイラ、お前が結婚して他所で暮らしたいと言えば、おそらくシグは靡くぞ。嫌いならそもそも近づけない。そこは、実にはっきりしているからな」
長い付き合いの友人ではある。ジェイコブが今度は有り難い助言をくれた。
「そうね」
マイラは背中を向けたまま立ち止まる。
「でもね、私、そこも大事だけど、ちょっとシグを逮捕したってのがもう、腹立つみたい」
自分の内側をシラフの時にとっくり眺めて出した結論だった。
「なら、止めない」
あっさりと元の位置に戻ってしまうジェイコブ。分かりやすい友人であった。
マイラは1人、剣を握ったまま詰め所の執務室に向かう。
途中、すれ違った相手はすべて殺気を向けるだけで泡を吹いて倒れてしまう。
執務室の前にあっさりと到着した。
「昔みたいに隊長の力を借りられれば、って思うがな。それは虫が良すぎるのかな」
ヒックスという裏切り者の副官もどきが言っているのが聞こえた。自分に背中を向けたままのリドナーに言っているようだ。
「そりゃそうでしょ」
マイラは思わず口を挟んでいた。
弾かれたようにリドナーが振り向く。剣を抜かない。賢明だ。抵抗されれば攻撃するぐらいの腹積もりはマイラにもある。
「何をしに、来たんですか?」
試しに睨みつけてやったが、持ちこたえてリドナーが尋ねてくる。
「ふぅん」
余裕を見せてマイラは鼻で笑う。
「思ったより平静ねぇ。ちゃんと修練積んでるのね、お義母さんは感心しちゃう」
冗談めかしてさらに言う。確かにガウソルと結婚できたなら、一応、リドナーとは義理の親子になるのだった。
(剣だけなら、結構、良い勝負できるかも。ジャクソンさんとどうかしら)
辺境の剣士としては破格の腕前にリドナーもなっている気がする。ティアを守りたい一心なのかもしれない、そう思うと健気ではあった。
「もし、このあと、ティアちゃんのところへいく気なら」
リドナーがさらに言う。いざとなれば剣を抜くつもりはあるらしい。
「なんで、私が、調子こいてるお嬢ちゃんと小竜のとこにわざわざ、いちいち行かなきゃなんないのよ。あなたも交際してるんなら、よく言っときなさいな。腕前もないのに、なんでもやれる気でいるなら、吠え面をかくことになるからね、って」
その気が自分にあるのなら、ティアとまだ幼体の竜ぐらいは、纏めてたたっ斬ってからここに来るのである。
「ご、ご用件は?」
丁寧な口調でヒックスまで口を開いた。
なかなか驚くべきことだ。実はなかなか肝が据わっているらしい。
「別に?シグを逮捕した恩知らずたちが、いま、どんなざまかを見物しにきてやっただけ。ざまぁないわね?ガルムトカゲごときに手こずったって?」
なかなか満足の行く情けなさであった。この分だと、いずれ頭を下げてガウソルに助けを求めるかもしれない、と期待してしまうぐらいには。
「でも、ジェイコブさんがそいつらは」
リドナーが答えた。情けないことを言ってしまった自覚ぐらいはあるらしい。気まずげではあった。
自分に接触してきた予言者という存在のことを報せる気にはなれない。直接、会ってみてどう感じるのか。自分を試すようなつもりでいたのだが。
(特に何も思わないわね)
怒りや憎しみも強くはならかなかった。どこか無機質な感情が渦巻いている。
「結局、頼る相手が変わっただけでしょ」
マイラは言い捨てて詰め所を後にするのであった。