134 新しい日常3
昼休みになると、いつもどおりリドナーがティアのもとを訪れる。
「ティーアちゃんっ!」
ノックもなく部屋に入ってくるようになったリドナーである。ニコニコしながら駆け込んできて自分の前に座った。いつ調達してきたのか、ティアと自分の分の昼食も手にしている。揚げたお肉にタレをふんだんにかけたご飯だ。
(いつもだけど、お昼の重量感ってすごい)
魔力と体力を使うということで、栄養価の豊富なものを食べさせられているのである。
「リド」
ティアはリドナーの姿を見て一度腰をあげかけたのだった。すぐに自分も座り直して向かい合う。
「ピッピッ、ピィッ!」
リドナーの登場にドラコもはしゃいで飛び回る。
「あ、でぶ竜!今日は食べ過ぎてないだろうな」
リドナーがドラコを捕まえると抱っこしてやって尋ねた。魔力を与えすぎて栄養過多となったドラコをリドナーも心配している。
「ピッ〜」
ティアの方にお腹を向けて抱っこされているドラコ。ご満悦という風情で目を細めている。
「うわっ、たぷたぷたぞ、お前」
太り過ぎとジェイコブに診断されて以来、リドナーのドラコに対する態度は完全に砕けたものとなっていた。ドラコの方も妙な距離を置かれなくなったことで、より懐くようになっている。
柔らかいお腹をもみもみしながらリドナーが言う。ドラコの方もされるがままである。
(いいなぁ、ドラコ。楽しそうで)
結果、1人除け者のようになってしまったティアである。自分も抱っこされて腹をどうかされたいわけではないのだが、なんとなく羨ましかった。
「ティアちゃん、どうかした?」
挙げ句、二人がかりで無邪気に問いかけてくる。言葉を発しているのは当然リドナーなのだが、ドラコも一緒に見上げて問いかけるようにしてくるのだ。
(ずるいよ、もう)
笑うしかなかった。リドナーといられて本当に嬉しい。ルディの話をした後ならばなおさらだ。ささくれだった心を癒やしてくれるかのよう。
自分もドラコ越しに飛びつきたいぐらいなのだが、恥ずかしいので出来ないのである。あまりに幼稚な動作だ。
(殿下のときはこんなの、考えられなかった)
相手の方が5つも上であり、姉の婚約者で犠牲になるはずだった相手だ。嫌だった祈りも強要された。
(私、今、祈らなくてもこんなに幸せだもの。ドラコだって、お祈りなんかしなくても力を貸してくれる)
余計なことをされなければ自分は今のままでいいのである。
(私は、あの人には前から、なんの興味もない。嫌いだった。今も変わんない)
ティアは自分の内側を見つめて再確認した。ティダールの人々に感謝されても自分の抱く心象は変わらない。会いたくない相手だ。
(ドラコのことだって、何を言われるか分かったもんじゃない)
ライカからはドラコに必要なことだからということで、ティアの帰還を遠回しに拒むつもりなのだという。
(いま、ティダールはリベイシアの国土で、ティダールの人は国民。その人達がドラコを必要とする。私はそのドラコに必要)
なんとなくティアは話の筋道を追って確認する。いかに正論だとしても、ルディ皇子という人が納得、理解してくれるかは別問題だ。
ティアとしては信頼できないのである。
「はぅっ」
ティアは声を上げてしまう。さらには反射で立ち上がる。
おもむろに、リドナーに頬をふにふにと弄ばれ、ドラコからは首筋をザラザラとした舌で舐められた。
「随分前に質問したのに、まだ返事をもらえてないよ。ずっと一人で難しい顔ばっかしてさ」
代表してリドナーが尋ねてくる。ドラコも『そうだよ、どうしたの?』という目で自分を見つめていた。ちょっと首を傾げる仕草も可愛いのである。
「元婚約者が少しずつ、この町に近づいてきているから、どうやって追い返そうかって、悩んでたの」
素直にティアは言う。
「あぁ、それで、いつもならすぐご飯にかぶりつくのに悩んでたんだ」
なかなか心外なことを言うリドナーである。
「私、いつもそんなご飯にがっついてないよ」
ティアはぷりぷりと怒って返した。
「仕方ないよ。ドラコの分もあるし、ティアちゃんは魔力をすごい使うんだから」
残念ながらリドナーの中にある自分の、ご飯にがっつく印象を払拭することは出来なかった。
(だって、お腹、すごい減るんだもの)
ティアは憮然とした顔を作ってドスンと椅子にお尻を落とした。
「ほう、色気より食い気なのか。やはり御子様なのだな」
思わぬ声に割り込まれた。
ジェイコブである。いやらしい視線を向けてくる、ということは自分にはない。失礼な変態なのだ。
「なんのようですか」
硬い声でティアは応じる。
「神竜様の様子をついでに見に来た。レンファ殿やネイフィ殿を見ながら、昼食を、と思ったのだがな」
一緒に食べようという発想がないのも、かえって気色悪いのだった。
「せめて、逆にしてくださいよ」
リドナーもボソッと指摘するのだった。
「ふむ、相変らずの栄養過多のようだ。足りないよりは遥かに良いが」
しげしげとドラコを眺めてジェイコブが言う。
先日の定期検診のせいか怯えたドラコがティアの背後に隠れようとする。確かに魔力供給を終えたあと、ドラコがけぷぅっと満足気にげっぷをすることが多かった。
「まぁ、何があるかわからん。1日2回のルーティンを崩さないようにだけしておけば良い」
ジェイコブが結論づけた。
「それとリベイシアの皇子など、ティダールでならどうとでもなる。放っておけばいい」
言い捨ててジェイコブが事務受付の方へと歩いていく。すでにレンファが避難したあとであることに、ティアは安堵した。
「まぁ、あの人のことはともかく。ティアちゃんには俺がいるんだから。勝手なことはさせない」
力強くリドナーが宣言してくれた。本当に力の限り抵抗してくれるだろう。信頼をしてはいても、権力に差がありすぎる。
「うん」
故にティアとしては、ただ頷くしか無い。
「ほんとに、大丈夫。俺がなんとかするからね」
リドナーがドラコの頭も撫でてから、治療室を出ようとした。いつの間にか昼休みが終わろうとしている。
(あ、大変)
ティアはまだ昼ごはんを食べ終えていない。あわてて食べ始めると部屋を出かけていたリドナーと目が合う。少し笑っていた。
気恥ずかしさを覚えつつ、リドナーの背中をティアは見送る。なぜだか外へ出たリドナーの後を追うように、ジェイコブも歩いていくのが見えたのであった。