131 兵士グラム2
「だが、殿下には私がいる。メルディフ公爵の差配は余計事ではないか」
硬い声で護衛と思しき手練が告げる。多少、殺気を発してすらいた。
「まぁ、そのとおりではあるか。私にはこのジャクソンという護衛がいる。腕は間違いないと思う。先は遅れを取っていたが」
苦笑を浮かべてルディが告げる。護衛の剣士、名前をジャクソンというらしい。向き合っていて隙は見当たらなかった。
(あんた、分かってんじゃねぇのかい)
だから苦笑いなのではないか、とルディ皇子に対して、グラムは内心で盛大に指摘した。ジャクソン本人も気まずそうではないか。
「確かにジャクソン殿と俺が戦えば、勝つのはジャクソン殿だと思いますが。魔獣から殿下を守るのには。魔獣の、人間とは違う動きに翻弄されてしまうから、俺も必要じゃねぇかと。ティダールを回られるなら、人間相手ではなく、対魔獣なので」
難しいことを話すのは苦手だ。まして丁重でなくてはならない。神経を使いながら、グラムは説明した。
「言っていることは分かるが」
自分を受け入れることに難しい顔をするルディ皇子。ただジャクソンのほうは素直に強さを認めてやったので少し表情が緩む。
「兵士1人でも、ともに来るなら経費のこともあるし。そもそも私には護衛が要らず、その分を文官に割いているから」
挙げ句、自分とは関係のないことに苛立ち始めた。弓の腕前は凄かったが、しょうもないことに悩みだす人物らしい。
「そんな小難しい顔をされなくとも、俺はただついていって地べたで寝りゃ済むんで、なんの邪魔にもなりませんぜ」
我慢できず、とうとうグラムは口を挟んでしまった。生半可な鍛え方をしていない。兵士などしていれば野営ばかりなのだから。
「くくっ」
険しい顔をしていた護衛のジャクソンが噴き出した。ここで笑い出すなら、悪い男ではないようだ。馬が合うかもしれない。
「大体、なぜ、私がカレン・メルディフやその父親にこうも世話を焼かれねばならんのだ」
まだルディ皇子が妙なことを口走っている。
「そりゃ未来の旦那のことなんだから、心配して世話焼くのが女心ってもんでしょ」
首を傾げてグラムは告げた。
「なに?公爵の領地ではそんな話になってるのか?」
なぜだか色をなすルディ皇子。見れば見るほどに端正な美男子であり、主のカレンとは似合いだろうとグラムは思うのだが。
「そういや、直接仰ってるのを見たこたねぇですが。公爵閣下とご息女様ですから」
直接、問答など出来るわけもない。だが、それにしても思えば今、成り行きとはいえ自分は次期皇帝、第一皇子殿下と会話をしているのであった。
「でも、カレンお嬢様は大聖女様が亡くなって、殿下の妃の最右翼だ、ってどこで呑んでても聞きますぜ」
ここ最近、何軒か回った居酒屋での噂を思い出してグラムは告げる。
「酒飲みの噂話かよ」
ジャクソンが思わずという様子で口を挟んできた。
「それに、君の地元ならメルディフ公爵領だろ?メルディフ公爵領ならそういう噂になるのは当たり前だ」
さらにジャクソンが加えて告げる。
(まぁ、領民の俺等はお嬢様を贔屓目に見てるとこはあるか)
グラムも正論ではある気がした。ただ気になるのは別のことだ。
「やめろよ、君、だなんてこそばゆい。背中がムズムズしてくんぜ」
俺、お前のほうが話しやすいのである。
「一応、俺も貴族なんだけどな」
ジャクソンが言い返してきた。今更である。
「じゃあ、今からでも地面に這いつくばっててやろうか?」
嫌味ったらしくグラムは平伏する真似をしてやった。
「それこそ、こそばゆいから止めてくれ」
苦笑いを浮かべているであろう、ジャクソンが言うのであった。
頭を上げてやるとルディ皇子が相変らず難しい表情で、だが苦笑いである。
「2人が気が合いそうなのだけはよく分かったよ」
苦笑いのままルディ皇子が言う。
「だが、カレンが私を気にかけていた、というのは腑に落ちないよ、やっぱり」
長弓を背負ってルディが言う。魔術をかけられているらしく、改めて見るとなかなか恐ろしい弓である。
「惚れた男のこと気にかけるのは当たり前でしょう?」
美男子であり、皇族ともなれば女性に困ることがない。だから恋愛の機微にも疎いのかもしれない、とグラムは考えつつ告げた。
「カレンが?私はレティを亡くしてから、彼女には小言しか言われた試しがないよ」
苦々しげにルディ皇子が返す。
「心配してるからじゃねぇんですかい。どうでもいいやつにゃ、女はなんにも言いませんぜ」
自分も若いながら、そして平民ではあっても、いろいろあったのである。
「お前、どこぞで女に愛想でも尽かされたことがあるんだろう?」
ニヤニヤと笑いながらジャクソンが尋ねてきた。
「どっかで一緒に呑むことがあったら、いろいろ話してやるよ、お坊っちゃん」
皮肉たっぷりにジャクソンにグラムは返してやった。
「分かった、分かった」
ルディが両手を挙げて話の間に入ってきた。
「兵士グラム、メルディフ公爵領からの援助には感謝する。行き先は山岳都市ベイルだが構わんね?」
あくまで自分の意志を確認しようとするルディ皇子だが、そもそも自分に決定権はない。拒まれれば遠めに距離を置いて、ついていくだけなのである。
「ええ、もちろん。粗相のねぇように気をつけますんで」
グラムは槍を置いて跪き頭を下げた。
「ははっ、すぐにボロを出させてやるさ」
ジャクソンがまた茶々を入れてきた。
「ボロまみれの野郎がずっと仕えてられんだから、俺は安心だ」
グラムは混ぜっ返すのだった。
ルディ皇子らについて、鉱山都市ビクヨンに戻る。東門の前に執政と思しき初老の男が立っていた。
「殿下っ!なんと感謝を申し上げるべきか」
キャメルと名乗る執政が感激した様子で跪く。
「なに、犬を片端から射殺しただけだよ」
事もなげにルディ皇子が告げる。
東門に至るまでに聞いた限りでは233頭の重装ジャッカルを233矢で倒したのだ、とのこと。
(しかも全部、額を抜いて殺ったらしい)
魔術が施してあるとはいえ、補正がかかるのは射程や威力までだろうから、ルディ本人の狙いと視力が尋常ではないのだ。
「なんと仰っしゃろうと、我々はこの大恩を忘れません。鉱夫もこれで、明日からにでも作業を再開出来ます」
職場に入れない、というのは働く人間としては最悪だろう。なんとなくグラムにも理解できた。
「大袈裟にも思えるが、やったことにそう言ってもらえるなら、私も素直に嬉しいよ」
親しみ易さすら滲ませてルディ皇子が返す。
「私どもも頂いてばかりでは心苦しい。頂いたものには遠く及ばず、心ばかりの品ですが、お収めください」
キャメルの言葉とともに従者と思しき若者がルディ皇子に布で包んだ細長いものを渡す。
「なんだろう。見てみてもいいかな?」
ルディ皇子が尋ね、キャメルに頷かれてから解く。
濃い紫の矢筒であった。
「魔石の鏃をした矢でございます。並の弓手でも、竜の鱗を貫けます。殿下の腕前なら」
竜王級の鱗でも貫くことが出来るだろう。
「ははっ、勿体なくて使い処が逆になさそうだけどね、ありがとう。ティダールの地のために役立てることを約束する。有効な武器だから、有り難く納めるとするよ」
下手に遠慮するより余程、相手にとっては嬉しい返しだろう。
弓の達人に矢筒を送る、執政の心尽くしも粋である、とグラムは感じた。
(はは、思ったより面白いことになりそうじゃねえか)
正直、命令を受けたときは皇族の護衛など面倒だ、と感じていたのだが。
グラムは満足して思うのであった。